第33話 そして、日常へ
「ごちそうさまでした」
シルバーを置いたリゼッタは丁寧に手を合わせ、ほっと息を吐いた。今日の毒見は、これで終了だ。
あの夜会から数日。サイラス家の件で慌ただしかった日々もようやく落ち着き、日常を取り戻し始めていた。
「異常は?」
「もちろん、ありません。今日のポワレはとびきり美味しかったですよ。皮がパリッと、身はふっくらとしていて」
「そうか」
いつも通りの短い返事。けれど、以前より少しだけ、その声音が柔らかく聞こえる気がする。
「相も変わらず、毒見というより食道楽みたいなことを言うな」
「食道楽……?」
「食欲旺盛、ということだ」
「失礼ですね。ちゃんと仕事もしていますよ」
誇らしげに少し胸を張ってみせるリゼッタ。ふうと息をついたヴィルフォードが、おもむろに口を開く。
「そうだな。今回の件は、お前の舌のおかげだ」
思わぬ賛辞の言葉に、リゼッタはぱちりと目を瞬かせた。彼は何事もなかったかのようにシルバーを手に取り、食事を始める。
やはり、それ以上は何も言わなかった。
──まあ、ありがたく素直に受け取っておこう。
リゼッタは食後の甘味──バニラのアイスクリームに手を伸ばした。食事の余韻を甘く包んでいくような味だ。
その甘さに溶けるように、リゼッタはぼんやりと夜会の後のことを思い出していた。
.。゜:*:✼.。
あの夜。すべてが終わり、ヴィルフォードの帰りを先に馬車で待っていたときのこと。
混乱を避けるために、ヴィルフォードはサイラスの嫡男にのみ事情を説明したらしい。嫡男のほうは父の所業を知らなかったようで、青ざめながら何度も頭を下げていたという。
「契約の数が異様に増えだした辺りから、おかしいとは思っていたんです。近頃の父は……あまりにも羽振りがよすぎました」
力なくもらした言葉には、納得したような響きと、止められなかった悔しさがあった──と、後からヴィルフォードが教えてくれた。
違和感は覚えていたのだろう。けれど、まさか自分の父親がその中心にいるなんて、思いたくなかったに違いない。
夜会は、嫡男の采配で滞りなくお開きとなったそうだ。
数日後、サイラスには貴族法院で正式な裁定が下された。
毒を用いた不正な契約の数々。貴族たちの似通った証言。そして、あの晩に出されたワインを薬師が調べたところ──やはり薬草成分が検出され、それが決定打となった。
裁定の内容が貴族間で広まったのは、それからほどなくのこと。サイラス家の爵位剥奪。そして当の本人は王都から追放されたらしい。
リゼッタは、それ以上のことは聞いていない。罰としては十分すぎるほどだろう。だが、残された家族の人生は──。
騙された側の人生は、簡単に崩れてしまう。そしてそれは、騙した側も同じなのかもしれない。犯した罪は、消えはしないのだから。
「考え事か?」
不意に落ちた声に、ハッと顔を上げるリゼッタ。どうやら視線は溶けかけたアイスクリームへ向いていたらしい。
「あ、いえ。そういうわけじゃ」
「顔に出てる」
さすが、よく見てるな、とリゼッタは小さく息をついた。
「サイラス家の皆さまは、この先どうなるのかなって」
ぽつりとこぼすように言うと、ヴィルフォードはナイフを置いて淡々と口を開いた。
「嫡男が家を継ぐ」
「え?」
「今回の件に関与していなかったことは確認済みだ。領土の大半は国が管理することになったが、一部は引き継がせる方向で話が進んでいる」
知らなかった意外な事実。リゼッタは目を瞬かせた。
「そう、なんですね」
「爵位は失ったが、あの嫡男なら立て直せると、そう思っている。それに、父親の罪を全部背負う必要はないからな」
事実だけを述べる声色に、感情なんて見えなかったけれど。その言葉は、とてもヴィルフォードらしいと思った。
「やっぱり……殿下って、意外と優しいですよね」
「意外と?」
「はい、意外と。でも悪気はないですよ。殿下が天邪鬼だってことは、もう知っていますから」
わずかに眉を寄せたヴィルフォードが、ぶっきらぼうに言葉を返した。
「勝手に解釈するな」
否定のようで、否定しきれていない。だって、彼の口元はわずかに緩んでいたのだから。
リゼッタはその顔を満足げに見つめて、残っていたアイスクリームを口いっぱいに頬張った。




