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【完結】このたび、雑草メイドは冷酷殿下の毒見役になりまして  作者: 葉南子@「ツキヨム」コン大賞受賞
第三章 社交界デビュー!?

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第32話 一件落着


 弱っている人間につけ込む──そのやり方に、リゼッタは覚えがあった。遠い昔、自分の家に起きたこと。それは、母の治療費を稼ぎたかった父が騙され、借金まで背負わされたことだった。

 

 当時を思い出して、胸の奥がじくりと熱く痛んだ。

 騙す側にとって、弱った人間など格好の餌食(えじき)で、きっと記憶にも残っていないのだろう。けれど、騙された側の人生は──簡単に壊れてしまう。

 サイラスも同じだ。一度甘い蜜を吸ってしまえば、もう戻れない。相手がどうなろうと、自分が利益を得られればそれでいい。中毒のように、その甘さに溺れてしまっている。

 リゼッタは込み上げる感情ごと、ぐっと飲み込んだ。


「サイラス公。もう、やめにしませんか」


 荒ぶっているサイラスを見据えたリゼッタが、粛々(しゅくしゅく)と口を開いた。


「殿下に命じられても、あなたはワインを飲めませんでした。レイモンド様は証言を。そして、不当な契約書の束。もう十分ではありませんか」

「……うるさい! 小娘に、いったい何がわかる!?」


 リゼッタは胸元に手をやった。ドレスの隙間から取り出したのは、小さなハンカチ。丁寧に包まれていたそれを静かに開く。

 中から現れたのは、細かな葉をいくつも持つ小さな野草だった。


「あなたの指先からは、これと同じ匂いがします」


 見るや否や、その野草の名を告げるより先にサイラスの顔色が変わった。


「オジギソウか」


 呟くように言ったのは、ヴィルフォードだった。リゼッタは一度、大きく頷く。


「申し上げた通り、この席は急遽用意されたもの。準備の時間は限られていた。だから葉を擦り潰す際、手袋をつけなかったのでしょう。素手で扱えば、当然青い匂いが残ります。強く触れればなおさらです」

「なるほどな。花々の中にあった場違いな野草は、毒として使用するために意図的に残していたものだったのか」


 リゼッタは「はい」と短く頷く。


「……馬鹿げている! そんな、よくわからない匂いごときで、どうして俺が……!」

「でしたら」


 リゼッタは一歩も引かない。茶色の瞳には、静かに燃え続ける消えない火種のような熱が宿っている。


「私が今、この場でやってみせましょうか? 葉を擦れば、青い香りが指先へ残ります。サイラス公の手と、まったく同じ匂いが」


 ぴくりとサイラスの顔が引き()り、喉が激しく上下した。それでもなお、往生際が悪いようにサイラスが口を開きかける。その瞬間だった。


「三つ」


 ヴィルフォードの低い声が、場を制した。


「ひとつは、このワインに関して真実を隠していたこと。もうひとつは、他でもない俺へ毒を盛ったこと。最後に、契約の正当性を毒によって歪めたこと」


 みるみると顔が青ざめていくサイラス。


「虚偽、王族への毒害未遂、そして薬物を用いた非人道的な強制締結(ていけつ)。もはや言い逃れはできない。追って、貴公には貴族法院にて正式な裁定を下す」


 これ以上の弁解は無駄だと悟ったのか、サイラスが椅子から崩れ落ちるように項垂(うなだ)れた。積み上げてきた罪の重さが、のしかかったように。

 

「グレン」

「はっ」


 ヴィルフォードの背後に控えていた男が進み出る。

 隙のない姿勢、ヴィルフォードより少し高い声。それから、淡い赤褐色の瞳。リゼッタは、その男の姿を目で追った。


 ──やっぱり、グレンさんだった。


 黒髪、黒マスクは変装──この屋敷に紛れるためのカモフラージュなのだろう。これもヴィルフォードの指示に違いない。リゼッタが表で動いていたならば、グレンは裏で証拠を集めていたのだ。

 

 グレンは抵抗する気力を失ったサイラスを無言で立たせ、身柄を確保する。ぐったりとした身体を半ば引きずるようにして扉へ向かうと、「では、失礼いたします」と告げて扉を閉めていった。

 張り詰めていた部屋の空気が、ようやく緩む。


「ありがとうございました、殿下」


 ジョセフが深く腰を折った。それからリゼッタへ向き直り、「あなたにも。助けていただいたこと、なんとお礼を申せばよいか」と頭を下げる。


「とんでもないことです。お身体は、もう大丈夫そうですか?」


 リゼッタは微笑み、やわらかく訊ねた。


「はい、おかげさまで。……恐れ入りますが、あなたのお名前を伺っても?」

「リゼッタ・アレシュタインと申します」

「アレシュタイン嬢」


 ジョセフは感心したように目を細める。


「介抱といい、先ほどの見立てといい……とても、ただの随行者とは思えません。失礼ながら、どのようなお方でいらっしゃるのですか?」


 ちらりとヴィルフォードを見やるリゼッタ。彼は何も言わない。だけど紫の瞳が、どこか愉快そうに細められている。

 リゼッタは小さく笑った。


「ええ。私は、ただのメイドですよ」


 .。゜:*:✼.。


 ジョセフは何度も礼を述べ、最後に「いつか、きちんと礼を」と名刺をヴィルフォードへ渡して退室していった。

 静まり返った部屋に残ったのは、リゼッタとヴィルフォードと二人だけ。緊張の糸がぷつりと切れた瞬間──リゼッタはへなりと肩の力を抜いた。今さらになって、疲れがどっと押し寄せてくる。


「……ただのメイド、か」


 くつくつと、もれるような低い笑い声が隣から聞こえた。


「違いましたか?」

「少なくとも、普通のメイドは毒の種類まで見抜かん。あんなふうに、臆さず詰め寄ることもな」


 リゼッタは肩をすくめた。


「雑草の知識が少しだけあって、雑草みたいに少しだけしぶといだけです」

「犬並みの鼻もな」

「褒めてませんよね、それ」


 わざとらしく膨れっ面をしてみせる。だが内心では、もうわかっていた。ヴィルフォードが素直に人を褒めるところなど、未だに想像もできない。「犬並みの鼻」は、きっと彼なりの賞賛なのだ。

 だから、少し呆れたように笑っている彼の横顔だけで──。


「よくやった。雑草メイド」


 不意に向けられた紫の瞳は、これまでにないほど穏やかで、やさしくて。

 

「……はい!」


 とびきりの笑顔で、リゼッタは笑った。

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