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【完結】このたび、雑草メイドは冷酷殿下の毒見役になりまして  作者: 葉南子@「ツキヨム」コン大賞受賞
第三章 社交界デビュー!?

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第26話 王族という地位


 ほどなくして、給仕がグラスにワインを注ぎにきた。

 弾ける琥珀色の液体──シャンパンが、灯りを受けてゆらゆらと揺れている。リゼッタとヴィルフォードは互いに黙ったままグラスを眺めていた。


 ──あれ。こういうときって、目上の人が先に飲むんだよね。


 パトリシアに叩き込まれたマナーのひとつが脳裏をよぎる。でも、毒見役ならヴィルフォードより先に飲まなければならない。

 どっちが正しいんだ、とリゼッタがグラスを前に固まっていると、


「彼女は舌が利く。まずは彼女から先に試飲させてもらう」


 ヴィルフォードが給仕に向けて、さらりと言った。給仕は「さようでございますか」と腰を軽く折り、一歩ほど下がる。


 ──ああ、なるほど。そういう方便を使うのか。


 さずがというか、計算高いというか、抜け目がないというか。感心もほどほどに、リゼッタはさりげなくグラスに手を伸ばした。

 王宮以外の場所で毒見をするのは初めてだ。いつもと同じことをすればいい──そうわかっていても、指先にわずかに力がこもった。

 でも、ここでぎこちない真似なんてしようものなら、今までの苦労が水の泡になる。ヴィルフォードにも示しがつかない。

 

 ──大丈夫。いつも通り、できる。


 短くふっと息を吐き、手の震えを悟られないようにグラスを手に取る。香りをたしかめて、ひとくち、口に含んだ。

 弾ける泡と一緒に広がる青くて若い味。舌の上で転がすように味わっていると、渋みが追いかけてきた。

 さらに意識を集中させる。毒は──ない。


「とても美味しいです。前菜はナッツや生ハムより、チーズを使ったもののほうが合うかと」


 流れるように、あくまで自然な淑女の調子で言葉を紡いだ。背後から給仕がほっと小さく息をついた気配がする。どうやら不審には思われていないようだ。

 この場でのリゼッタは、「メイド」ではなく「王族の随行者」として迎えられている。そんな彼女の悪くない反応に、給仕が安堵するのも無理はない。

 それと同じく、リゼッタもひそかに胸を撫で下ろしていた。さりげなくマリアージュにまで言及するなんて。毒味の後、毎晩のようにヴィルフォードに酒の種類や味、香りの違いを覚えさせられてきた甲斐があったというものだ。我ながら、ずいぶんと様になったのではないだろうか。

 

「そうか」

 

 ヴィルフォードが頷く。端から見れば、だだの主人と従者のやり取りだ。誰もリゼッタの仮の役目を疑ったりはしないだろう。


 ──うまいものだなあ。


 リゼッタはヴィルフォードがグラスに口をつける姿を見つめていた。


 .。゜:*:✼.。


 ひとり広間に降りたリゼッタは、配膳台の前で思わず目を輝かせた。

 ずらりと並んだ、ひと口サイズの料理たち。彩りよく盛られた野菜と海鮮のマリネ、具材が透き通った層の中で積み重なる艶やかなテリーヌ、じっくりと香ばしく焼き上げられた赤身肉に──と、毒見として様々な料理を口にしてきたつもりだったが。これだけの数が一斉に並んでいるのとなれば話が違う。

 端から端まで全部取りたい。そんな本音をぐっと押し込める。ここは夜会の場だ。淑女らしく、控えめに。


 ──とりあえず、チーズかな。


 リゼッタは皿に取り分けていく。小さなキッシュ、それから数種類のカナッペ、あとひとつは──いや、ここで止めておこう。

 皿に数点だけ乗せたリゼッタは席に戻った。


「なんか……すごく見られますね。ここ」


 ちらちらと視線を感じる。数段下の広間から見上げるように向けられる視線が、思った以上に多い。それになんだか、目には見えない大きな壁を(へだ)てて見られているような気がする。

 

「王族を招き入れた、と見せびらかせるための席だからな」

「見せびらかせる……」

「ああ」


 阿呆らしいと言わんばかりのため息をつくヴィルフォード。

 なるほど、とリゼッタは内心で頷いた。ここは自分たちがくつろぐための席ではない。サイラスが“王族を迎えた”と示すための席。ここに通されたときに目立つ場所だと思ったのは、あながち間違いではなかったようだ。

 王族を招けたという実績が一種の箔になるのだろうか。貴族様の考えることは、やはりよくわからない。


 ──それにしても。


 ヴィルフォードは、日々こんな視線を浴びているのだろうか。敬意や畏敬(いけい)、関心に興味。でも、それだけではない。値踏みするような視線や、どこか品のない好奇も混じっている。全部が混ざりあった視線は、べったりと肌にまとわりつくように重く、鬱陶(うっとう)しい。

 とても慣れそうにないな、とうんざりするリゼッタ。一方で、当の本人は我関せずというように涼しい顔で広間を見渡していた。

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