第19話 手紙
六月も終わりに差し掛かった頃。
この日は非番。リゼッタは月に一度の習慣を済ませるため、昼食の毒見を終えた後に王都の郵便所へ向かった。
手には、一通の封筒。実家にいる妹──エマに宛てた手紙と、今月の仕送り分を入れた封筒だ。
書く内容はいつも少し迷う。王宮での仕事は口外できないことも多い。ヴィルフォードの毒見役になったことも教えておらず、とりあえず「仕事の都合で美味しいご飯を食べれるようになった。いつか一緒に食べよう」とだけ綴った手紙を送ったくらいだ。
これから送る手紙も普段のように、食事が美味しいこと、元気なこと、頑張っていることを書いた。一つだけ多いのは、誕生日を迎えたことだ。
初めてお酒を飲んだこと。ケーキを食べたこと。それから、芍薬の花束。書いてる間、ヴィルフォードの顔が浮かんだ。
不思議な人だ。最初は毒入りの紅茶を飲まされて、どうなることかと思ったけれど。結果的に、支援してもらっている。たまに冷酷だとは思うけれど、理不尽なことは言わない。無愛想だけれど、嘘はつかない。それに、誕生日には分不相応なくらいの施しを受けた。心根は、思いやりのある人なのかもしれない。
「よろしくお願いします」
郵便所の窓口で封筒を渡したリゼッタは、ぺりこと頭を下げて王宮へと帰った。
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王宮に戻ると、宿舎の自室の扉の下に封筒が差し込まれていた。差出人の名前を見たリゼッタの顔がほころぶ。
エマからだ。
ベッドに腰を下ろして、丁寧に中身を取り出す。王宮へ届いた手紙の類は事前に確認が入るため、封はすでに開けられている。だけど、中身はエマそのものだ。二枚の便箋には、エマの丸みのある字がびっしりと埋まっていた。
《お姉ちゃんへ
お誕生日おめでとう。今年は直接言えなくてさみしいな。だけどお姉ちゃんことだから、きっとたくさんの人に祝ってもらってるよね》
思わず、くすりと笑みがこぼれる。「おめでとう」と言ってくれたのはナンシーくらいだったけれど──代わりに、思いがけない贈り物はたくさんもらった。
《冬みたいに空気が乾いてないからか咳も少なくて、最近は身体の調子もいい感じだよ。先生にも褒められたんだ。それで、少し遠出してもいいって言ってもらえたから、裏の茂みまで行ってみたら、ドクダミがたくさん生えててね。お茶にしたり、天ぷらにしたりして食べてるよ》
ドクダミ──この時期は二人でよく摘んで帰ったものだ。乾燥させて冬に飲んだり、傷口や虫に刺されたときに塗っていた。
小さな籠を抱えて、ゆっくり歩く妹の背中。隣で祖母が見守る、穏やかな時間。もしかしたら今日も、あの頃みたいに草を摘んでいるのかもしれない。
《薬も、ちゃんと飲んでるよ。おばあちゃんも相変わらず元気だし、こっちのことは心配しないでね。
それより、お姉ちゃんこそちゃんとご飯食べてる? 前の手紙で「仕事の関係でご飯を食べれてる」って書いてあったけど、お姉ちゃんは強がりが上手だから。無理してない? 倒れたりしてないか、私よりお姉ちゃんのほうが心配です》
つい、苦笑がこぼれた。
──エマにはお見通しだなあ。
家族三人になったときから、そうだった。自分が大丈夫だと言えば言うほど、エマはじっとこちらを見てくる。茶色の瞳を潤ませて、全部見透かしているみたいな顔で。
「ちゃんと食べてるよ」
誰に聞かせるでもなく、小さく呟く。
むしろ今は、食べすぎているくらいだ。毒見役として、毎食豪華な食事を口にしているのだから。
《お姉ちゃん、本当にありがとう。借金もなくなって、以前より生活にゆとりが持てるようになりました。お姉ちゃんのおかげです。
早く会いたいな。会って、直接「ありがとう」って言いたいな。
それまでには、私も今よりもっと元気になってると思うから安心してね。
お姉ちゃん大好き。
エマより》
読み終えたリゼッタは便箋を丁寧に折り畳んで、封筒に戻した。それを胸の前でぎゅっと抱える。
──早く会いたい、か。
リゼッタも同じ気持ちだった。次に帰れるのは、いつになるだろう。盆か、年末か。故郷へ想いを馳せる。エマが元気でいてくれれば、それでいい。
ぽすり、とベッドに倒れ込む。今日は非番だ。だけど夕食の毒見はある。それまでにはまだ少し時間があった。
窓から日差しが心地よい。そよりと吹き込む風は、かすかに熱を帯びている。どこか草の匂いも混じっているようで、懐かしさすら覚えた。
まぶたを閉じると、意識がゆっくりと沈んでいった。ほんの短い、束の間の休息。
──穏やかだなあ……。
やがてリゼッタは浅い眠りに落ちていった。
少しずつ、陽光が傾きだす。気づかぬうちに、季節は日々をひとつずつ積み上げながら、ゆっくりと景色を変えていく。
暑い夏が始まろうとしていた。




