第14話 不穏な気配
毒見役になって、数日が経った。
仕事の流れは掴めてきた。朝昼晩、決まった時間にヴィルフォードの食事に同席し、異常がなければ毒見は終わり。また通常のメイド業務に戻る。その繰り返しだ。
以前よりも身体が自由に動くようになった。階段を駆け上がっても、重い洗濯物を抱えても、息切れもしないし倒れたときのような異変もない。顔色がよくなった、とナンシーにも言われたくらいだ。
理由は明白。毒見役に任命されたおかげで、きちんと栄養が取れるようになったからだ。仕事にも、さらに精が出た。
雑草メイドと呼ばれていたリゼッタだったが、今では野草を口にする機会はめっきり減っていた。それでも、たまにあの青い味が恋しくなって、こっそりと摘んでは食べているのだが。
特別手当の金貨五枚は、手紙を添えてすぐに実家に送った。
もう届いた頃だろうか。祖母とエマの驚いた顔が目に浮かぶ。食費も削れているおかげで、今月は仕送りできる分がかなり増えるはずだ。リゼッタは密かに拳を握り、喜びを噛み締めていた。
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「雑草メイドの次は毒見役なんて、本当リゼッタはすごいねえ」
ベッドに潜り込んでいるナンシーが感心したように呟いた。
「たまたまだよ、たまたま」
「たまたまだって、殿下のお付き役みたいなもんでしょ。すごいって」
「ありがと。まあでも、私もこんなことになるなんて思ってなかったよ」
くすくす笑いながら灯りを落とすリゼッタ。毒見役とお付き役は、だいぶ違う気がする。だけど「お付き役」という表現がなんとなくくすぐったかった。
「リゼッタは只者じゃないと思ってたけどさ。同居人として鼻が高いよ」
「ナンシーだって頑張ってるって聞いたよ。サマンサさんだって、一目置いてらしいじゃん」
「まあね。私だって、リゼッタに負けてらんないし」
ふふん、と得意げな声がした。暗がりの中でも、ナンシーが胸を張っているのがわかる。
「明日も頑張ろうね」
「おやすみ、リゼッタ」
「おやすみ」
狭い部屋に、心地よいくらいの夜が満ちた。
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周囲の反応が全員ナンシーのように好意的かといえば、そうでもなかった。
最初は、すれ違いざまに向けられる視線が少し刺さる程度で、直接何かを言われるわけではなかった。だが、空気が変わる瞬間は、いかに鈍いリゼッタでも察知できるほどのものだった。
そのうち、声が届くくらいの距離で、わざと聞こえるように嫌味を言われるようになる。
「雑草メイドのくせに」
「身の程ってものを知らないのかしら」
それは同じ下級メイドからではなく、中級や上級のメイドたちからだった。入って数ヶ月の新人メイドが、殿下の食事に同席している。それが面白くない人間は、確かにいるらしい。
リゼッタはそういう視線や言葉に気づくたびに、まあ仕方ないか、と思っていた。自分が逆の立場でも、少しは思うかもしれない。それにメイドは女社会だと知っていたのだ。この世界に飛び込むと決めたときから、ある程度は覚悟はしていた。
だから、リゼッタは特に気にしていなかった──のだが。
飄々としたリゼッタの態度が、さらに火に油を注いだのかもしれない。
ある日の休憩中、トイレから戻ってくると壁のフックに掛けておいたエプロンに一筋の切り込みが入っていた。明らかに、刃物で切られた跡だ。
それをしばらく眺めたあと、リゼッタは「うーん」と呟いた。犯人の見当はつかなかった。というより、つけようとしなかった。誰かを疑ったとろこで、何もいいことはない。
──まあ、使えなくはないしね。
リゼッタは、すぐに縫い合わせた。我ながら丁寧に縫えたな、と満足げにエプロンを身につけて業務に戻った。
その日の夕方、サマンサに呼び止められる。
「リゼッタ。そのエプロン、どうしたの」
「あ、ちょっと引っかけてしまって」
咄嗟に口から出た言葉だった。嘘はつけない性分なのに、これはなぜかすらりと出た。サマンサを余計な面倒に巻き込みたくなかったのかもしれない。
サマンサはリゼッタのエプロンをじっと見てから、大きなため息をこぼした。
「ずいぶんと都合よく裂けるものね」
「ですね」
へらっと答えるリゼッタに、またため息をつくサマンサ。
「仕事が出来すぎるのも困りものだわ」
それだけ言って、「ここで待ってなさい」と踵を返した。
数分後、戻ってきたサマンサの腕には予備のエプロンが掲げられていた。
「支給品は大切にしなさい」
「……はい! ありがとうございます」
それ以上は何も聞かれなかったし、言われなかった。リゼッタは新しいエプロンを受け取ると、サマンサの背中に向かってもう一度小さく頭を下げた。




