表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】このたび、雑草メイドは冷酷殿下の毒見役になりまして  作者: 葉南子@「ツキヨム」コン大賞受賞
第二章 毒見役、成人

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
14/38

第13話 彼女が毒見役になったワケ


 食事が一段落した頃、タイミングを見計らったように扉が控えめに叩かれた。


「失礼いたします」


 入ってきたのは、グレンだった。手には真っ白なティーポットとティーカップが二つ載ったトレイ。


「食後の紅茶をお持ちしました」


 グレンがカップを置いて、紅茶を注いでいく。昼間のような手の震えは一切見当たらない。落ち着いていて、手慣れていた。下手な使用人より、ずっと手際がいい。こうして何度も、ヴィルフォードのために紅茶を注いでいるのだろう。

 じぃっと見つめていたところでグレンと目が合う。人懐っこい赤褐色の目が柔らかく細まった。


「初めての毒見、お疲れ様でした。これに毒は入っていないので警戒せず、リラックスした状態で召し上がってください」

「ありがとうございます」


 リゼッタが礼をしている間に、ヴィルフォードはすでにカップに手を伸ばしていた。その動作だけで、グレンがいかにヴィルフォードに信用、信頼されているのか十分に伝わった。言葉などいらない、長い時間をかけて積み上げられた二人だけの関係性の強さだ。

 

 いただきます、と紅茶を含むリゼッタ。温かい。舌に残っていた甘さをゆっくりとほどくように、やわらかな苦味と香りが広がっていく。食事の余韻を整えていくようだった。

 自然と、リゼッタはふうと息をついていた。肩から力が抜けていく。気づかないうちに張り詰めていたらしい。


「あの、今更なんですけど。気になってることがありまして……」

「何だ」


 ヴィルフォードが紅茶のカップを手に取りながら、目だけをこちらに向ける。


「どうして、私なんですか?」


 少しの間。リゼッタは慌てて付け加えた。


「あ、その、さっき空いた時間にちょっと調べてたら、毒見には罪人を使うこともあるって見たので……! やっぱり私、そういう扱いなのかなあ、なんて不安になっちゃいまして」


 ヴィルフォードはカップをソーサーに置き、


「いくつか理由がある」


 と端的に切り出す。


「まず、お前は毒に詳しい。毒見役に必要なのは、死ぬことではなく異変に気づくことだ。毒に当てられて倒れるだけでは、何の証拠も残らない。毒の種類も、量も、犯人の手がかりだってわからないかもしれない。だがお前なら、万一の際に何かを残せる可能性がある」

「な、なるほど……」


 考えたこともなかった。毒見とは死を引き受けることだと思っていた。でも確かに、それでは何も解決しない。


「次に。実際に毒入りのものを口にしても、取り乱さなかった」

「殿下を守るためとはいえ、手を振り払ったのに、ですか?」

「その前だ」


 ヴィルフォードは静かに続けた。


「毒とわかった瞬間、お前は叫ばなかった。騒がなかった。たとえば晩餐の席で毒が仕込まれたとして、毒見役が取り乱せば混乱に広がる。犯人に逃げる時間を与えるかもしれない。そして、人々の間では余計な疑いが増える」

「……はあ」

「お前はおそらく、毒の種類を考えていたはずだ。それがどの程度なのか。また、身体に起きている反応……。実に冷静だった」


 数刻前の出来事を振り返るリゼッタ。言われてみれば、たしかに何の毒に近いか考えていた。それも無意識に。


「そこまで、見てたんですか」

「見ていなければ、お前を毒見役にはしない」


 さらりと言われた。褒められた、のだろうか。リゼッタはなんと返せばいいかわからず、「あはは」と笑ってとりあえず紅茶を一口飲んだ。


「そして罪人を使わない理由だが」


 ヴィルフォードの目が、わずかに鋭くなった。


「切り捨てられるとわかっている人間は、最後に何をするかわからない。懐柔か、買収されている可能性だってある。信用など、できるはずがない」


 ひと息。


「以上だ」

「……ありがとうございます。なんか、ちゃんとした理由があって安心しました」

「ならいい。また明日も頼む」

「はい! 理由もわかってすっきりしましたし、こんな食事を分けていただけるなら頑張れます。いえ、頑張ります!」


 我ながら現金だな、とは思った。だけど嘘をついても仕方がない。本当のことなのだから。


「……そうか」


 ヴィルフォードの返事は相変わらず短かった。でも、その声がいつもより少しだけ柔らかい気がしたのは──たぶん、気のせいではないと思った。


 .。゜:*:✼.。

 

 すべてが終わり「おやすみなさい、殿下」と部屋を辞したリゼッタに、グレンが「こちらです」と廊下を先導した。

 しばらく歩いたところで、グレンがふと口を開いた。 


「今日はお疲れ様でした」

「ありがとうございます。でも色々ありすぎて、まだ実感がないです」

「そうでしょうね」


 グレンが穏やかに笑って、それから少しだけ声を落とした。


「リゼッタさん。さっき殿下がおっしゃっていた理由、全部本当のことですよ。本当のことなんですが」

「……はい?」

「毒見役というのは、本来ならひと口で十分なんです。多くても、スプーン一杯ほどでしょう」


 リゼッタの足が止まりかける。


「今日用意されていた食事の量、俺から見ても多かったと思います」


 グレンの赤褐色の目が、どこか意味ありげに柔らかく細まった。


「リゼッタさんを毒見役にしたのには、もっと単純な理由があるのかもしれませんね。殿下ご自身も、気づいておられないでしょうけど」

「んんっと……それは、どういう意味ですか?」

「さあ」


 とぼけたような顔でグレンは歩き続けている。どうやら、それ以上は何も言う気がないらしい。

 やがて、分かれ道の手前で足を止めた。


「俺はここまでです」


 軽く一礼する。


「殿下のこと、よろしくお願いしますね」

「え、あ……はい!」


 少し慌てて頷くと、グレンは満足したように微笑み、そのまま背を向けて去っていった。

 廊下に一人取り残されたリゼッタは、その背中をしばらく見送った。


 ──殿下もだけど、グレンさんも不思議な人だなあ。


 小さく首を傾げながら、宿舎に向かって歩き出す。

 胸の奥でグレンの言葉がぐるぐると回り続けていた。けれど。その意味を、今の自分が掴める気はしなかった。

 答えは、まだ、わからない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ