言えない黄色
夕方。
学園の中庭。
授業も終わり、学生たちは寮や食堂へ向かい始めていた。
ハイドたち四人も校舎へ戻ろうとしていた。
その時だった。
「おお!!」
聞き覚えのある大声。
全員が振り返る。
そこには腕を組んで立つクニヒトがいた。
相変わらず妙な存在感である。
周囲の学生が微妙に距離を取っている。
理由は簡単。
最近決闘で貴族たちをボコボコにしている張本人だからだ。
クニヒトは笑顔だった。
嫌な予感しかしない。
「帰ってきたかハイド!!」
「帰ってきたけど」
「王家工房に呼ばれたそうだな!!」
早かった。
情報が回るのが。
ハイドは即座に察する。
これは聞き出しに来たな。
案の定だった。
クニヒトがずいっと近付く。
「何を見た!!」
「言えない」
即答。
「ほう」
「口止めされてる」
「なるほど」
クニヒトは納得した。
そして。
全く諦めなかった。
「では何を見ていない?」
「何も言えない」
「では何を食べた?」
「それは普通に昼飯だ」
「何だった?」
「肉」
「なるほど」
何がなるほどなのか分からない。
アルノーが呆れた顔になる。
「皇帝がやる尋問じゃねえぞ」
「情報収集である」
クニヒトは真顔で言った。
「違いが分からん」
マリーが笑いを堪えている。
クニヒトは再びハイドを見る。
「鉄騎関係か?」
「言えない」
「新型か?」
「言えない」
「遺跡か?」
「言えない」
「女王が結婚するのか?」
「知らない」
「そうか」
クニヒトは少し残念そうだった。
ハイドは思う。
この男。
本当に皇帝なのだろうか。
イーリスが横から言う。
「機密保持契約に違反するため回答できません」
「なるほど」
クニヒトは頷いた。
「つまり機密なのだな」
「だからそう言っている」
「ふむ」
少し考える。
そして。
突然方向を変えた。
「では推理しよう」
「やめろ」
「王家工房」
「ハイド」
「マリー」
「アルノー」
「イーリス」
指を折りながら並べていく。
「鉄騎関係だな」
「……」
全員無言。
「ほう」
クニヒトが笑う。
「当たったか」
「何も言ってないだろ」
「沈黙は時に肯定である」
「面倒くさいなこの人」
アルノーが呟く。
その時。
クニヒトの後ろから声がした。
「陛下」
整備班の一人だった。
「陽光の整備が終わりました」
「おお」
クニヒトはそちらを見る。
「では行くか」
そして再びハイドたちへ向き直る。
「いつか話せるようになったら聞かせよ」
「その頃には公表されてるだろ」
「それもそうだ」
クニヒトは豪快に笑った。
しかし。
去り際。
ふと振り返る。
「だがな」
少しだけ真面目な顔になる。
「王家工房が最近忙しいのは事実だ」
ハイドたちは黙る。
「サクスは変わり始めている」
クニヒトは空を見る。
夕焼け。
赤く染まる空。
「良い方向か悪い方向か」
「それはまだ分からぬ」
そう言って歩き出した。
整備班が後ろへ続く。
やがて姿が小さくなる。
マリーがぽつりと言った。
「鋭いですね」
「無駄に鋭い」
アルノーも同意する。
ハイドは少し考えた。
確かに。
王家工房は忙しくなっている。
女王も動いている。
ヒノクニも来た。
試作四型も作られた。
少し前までのサクスとは違う。
イーリスだけがいつも通りだった。
「変化は観測できます」
「感想は?」
ハイドが聞く。
イーリスは即答する。
「ハイドが巻き込まれています」
「そこだけは間違ってないな」
アルノーが笑った。
夕暮れの学園。
四人は寮へ向かって歩き出す。
その背後で。
王家工房では今も技術者たちが試作四型の解析データを整理していた。
——————
そして遠い丘では。
黒い鉄騎がまだ王都を監視していることを、誰も知らなかった。
王都から少し離れた山岳地帯。
木々に覆われた斜面。
その中に。
黒い鉄騎が伏せていた。
まるで岩か倒木のように見える。
全身を覆う迷彩網。
そこへ絡みつく植物。
遠目ではまず見つからない。
黒い機体の頭部だけが僅かに動く。
光学装置がズームする。
視界の先。
王家工房の試験場。
黄色い鉄騎。
そして。
周囲の人間たち。
少女は退屈そうに顎をついた。
「また黄色いの動いてる」
男は双眼鏡と記録板を交互に見ている。
「動いているな」
「前も動いてた」
「前も動いていたな」
「何あれ」
男は少し考える。
「新型だろう」
「雑」
「偵察報告はもっと丁寧に書く」
少女はつまらなそうに足をぶらつかせる。
もちろん実際には鉄騎のコクピットの中だ。
「サクスって新型作れる国だったっけ」
「コピーだけだ」
男は記録をめくる。
「作っているのではない」
「組み替えている」
「同じだろ」
「違う」
男は即答した。
「技術水準が違う」
再び視線を望遠映像へ向ける。
黄色い機体。
特徴的な腕部。
肘のスパイク。
頭部形状。
細部を確認していく。
「面白いな」
珍しく興味を示した。
少女も少し身を乗り出す。
「何が?」
「元の機体が見える」
「?」
「量産機だ」
少女は映像を見る。
「分かるの?」
「ある程度な」
男は頷いた。
「骨格は量産型」
「外装だけ変更している」
「脚部も完全新造ではない」
少女は感心したようなしていないような反応をする。
「へー」
興味は薄そうだった。
男は続ける。
「だが」
「これは予想より早い」
その言葉だけは少し重かった。
少女も察する。
「そんなに?」
「うむ」
男は望遠映像を見ながら言う。
「サクスは技術国家ではない」
「少なくとも今までは」
「だが最近妙に動きが早い」
鉱山接収。
新型試験機。
ヒノクニとの同盟。
技術交流。
全てが短期間で起きている。
男は記録へ書き込む。
『王家主導による技術集約を確認』
『独自試験機開発中』
『量産機改良計画の可能性あり』
少女は映像を眺めていた。
そして。
ふと。
ある人物に気付く。
「いた」
「誰だ」
「変なの」
男は慣れている。
大体予想できた。
「ハイドか」
「ハイド」
少女が頷く。
試験場にいる少年。
あれだ。
最近やたら報告書に出てくる。
「またあいつか」
男も少し呆れる。
報告書を書けば出てくる。
学園。
決闘。
ヒノクニ。
女王。
鉄騎。
どこにでもいる。
「主人公みたい」
少女が言う。
「現実に主人公はいない」
男は即答した。
「そうかな」
少女は望遠映像を見る。
黄色い機体。
女王。
王家工房。
そして。
中心付近にいるハイド。
「でも」
少し考えて言う。
「なんかあいついる所だけ話が動いてない?」
男の手が止まった。
数秒。
沈黙。
そして。
記録を見る。
デューク出土。
決闘。
ヒノクニ来訪。
技術交流。
鉱山接収。
試作四型。
確かに。
妙なほど関連している。
男は嫌そうな顔をした。
「……考えたくないな」
「なんで」
「歴史上たまにいる」
少女は首を傾げる。
男は遠くの試験場を見る。
「本人は何もしていないつもりなのに」
「周囲が勝手に動く人間だ」
「災害みたいな?」
「近い」
少女は納得した。
「じゃあ災害だ」
「報告書にそう書くなよ」
「分かってる」
少女は笑う。
その間にも。
試験場では試作四型の評価試験が続いていた。
黒い鉄騎は静かに観察を続ける。
サクス。
ヒノクニ。
そして。
デューク。
少しずつ。
情報が繋がり始めていた。




