決闘!!
ハイドは短く息を吐いた。
「……承認する!!」
その一言だけだった。
「承認を確認」
「操縦権限を一時取得します」
デューク内部で認証音が鳴る。
『副操縦者権限、付与』
『操縦補助モード移行』
ハイドの操縦桿が軽く震えた。
直後。
デュークが動いた。
それまでとは、まるで別物のように。
左腕の巨大な盾が前へ突き出される。
肩より高く。
身体全体を隠すように。
ミアは即座に照準を合わせた。
「正面突破?」
ダートボウを構える。
だが。
デュークは跳んだ。
一直線。
ただ前へ。
轟音と共に石畳を蹴り、巨大な機体が空中へ躍り出る。
盾だけが前にある。
胴体も頭部も完全に隠れている。
「撃つ!」
ダートが放たれる。
ガガガンッ!
すべて盾へ命中する。
火花が散る。
だが。
止まらない。
着地。
次の瞬間。
猛烈な勢いで突進。
一直線。
速度が落ちない。
ミアは横へ回り込もうとする。
その瞬間。
デュークが急停止した。
ゴォォッ!!
石畳を削りながら、その場で完全停止。
巨大な慣性が機体を揺らす。
普通ならあり得ない止まり方だった。
人間なら、その瞬間に意識を失う。
しかし。
デュークは止まった。
そして。
再び跳躍。
一直線。
盾を前へ。
また突進。
また急停止。
また跳躍。
また突進。
また急停止。
一直線だけ。
左右へ一切振らない。
極端な加速。
極端な減速。
極端な跳躍。
それを機械のように繰り返す。
観客席から悲鳴にも似たどよめきが起こる。
「なんだあれ!」
「止まり方がおかしい!」
「人間が耐えられる動きじゃない!」
クニヒトは思わず身を乗り出した。
「なるほど……」
「そう来たか」
ミアは照準を追う。
「速い!」
一度止まる。
次の瞬間には跳ぶ。
速度変化が極端すぎる。
旋回しながら狙いを付ける。
しかし。
照準が合う頃には、もう止まっている。
また跳ぶ。
また止まる。
距離が一気に縮まる。
「くっ!」
黒い鉄騎が旋回する。
だが。
追いつかない。
あと少し。
あと少しで正面を向く。
三度目の突進。
その瞬間だった。
盾が横へ払われる。
ダートボウを持つ右腕へ激突。
ガァン!!
衝撃。
ミアの手から武器が弾き飛ばされる。
デュークの左手が空中で掴む。
「取られた!」
観客席がどよめく。
「武器を奪った!」
「まただ!」
ルートヴィヒは静かに呟く。
「やはり……」
デュークは奪った武器をそのまま構える。
照準。
発射姿勢。
しかし。
数秒。
何も起きない。
イーリスが即座に解析する。
「接続不能」
「端子規格が異なります」
「制御信号を送信できません」
ダートボウは沈黙したままだった。
イーリスは即断する。
「不要」
デュークの腕が大きく振りかぶられる。
「邪魔です」
黒いダートボウが空高く投げ上げられた。
武器は競技場の防壁を越え。
高く弧を描き。
場外へと消えていく。
ゴン……。
遠くで重い落下音が響いた。
ミアは空になった右手を見る。
「……。」
ほんの一瞬だけ、目を丸くした。
「捨てた?」
イーリスは投擲された武器が場外へ消えていくのを確認すると、次の判断を下した。
「最大脅威の排除を確認」
淡々とした声だった。
「敵主兵装喪失」
「近接戦闘へ移行します」
デュークが再び姿勢を低くする。
脚部シリンダーが圧縮される。
観客席では誰もが息を呑んだ。
「また跳ぶ!」
「来るぞ!」
次の瞬間。
轟音と共にデュークが跳躍した。
一直線。
今度は盾を前に構えない。
両脚を前へ突き出した姿勢。
狙いはただ一つ。
腹部へのドロップキック。
ミアは一瞬だけ目を細める。
「そう来る」
黒い鉄騎は逃げなかった。
両腕を前へ出す。
そして。
ドォンッ!!
凄まじい衝撃音が響く。
デュークの両脚を、黒い鉄騎が真正面から受け止めていた。
観客席がどよめく。
「止めた!」
「受け止めたぞ!」
「嘘だろ!」
ミアは歯を食いしばる。
「重い……!」
デュークの脚部を掴む。
「なら!」
腰を落とす。
全身を使って力を伝える。
「返す!」
黒い鉄騎が大きく身体をひねった。
デュークの巨体が宙を舞う。
「投げた!」
何十トンもの鉄塊が放物線を描く。
ドゴォォォン!!
闘技場外周の壁へ激突。
分厚い石壁が大きく揺れ、砕けた石片が周囲へ飛び散る。
砂塵が一気に舞い上がった。
視界が白く染まる。
観客席が静まり返る。
「終わったか……?」
誰かが呟く。
その直後だった。
砂煙の中から巨大な影が立ち上がる。
デュークだった。
壁際に転がっていた盾を左手で拾い上げる。
間髪入れない。
腕を大きく振る。
「盾を投げた!」
巨大な盾が高速回転しながら一直線に飛ぶ。
ミアは即座に反応した。
「右!」
黒い鉄騎が横へ跳ぶ。
盾はそのまま背後を通過し、壁へ激突。
轟音を立てて石壁へ突き刺さる。
だが。
イーリスの狙いは最初から盾ではなかった。
「予測完了」
ミアが回避する方向。
その一点へ。
砂煙を突き破ってデュークが飛び出す。
黒い鉄騎が着地した、その瞬間。
デュークの左肩を構える。
肩装甲そのものをぶつける。
ショルダータックル。
ドゴォォン!!
真正面から激突。
回避直後で体勢を崩していた黒い鉄騎は耐え切れない。
大きくバランスを失う。
脚が浮く。
そのまま背中から石畳へ倒れ込んだ。
激しい衝撃。
コクピット内部で安全装置が作動する。
ミアの身体が拘束ベルトへ強く叩きつけられる。
視界が白く弾ける。
「っ――」
言葉にならない。
意識が遠のく。
警報だけが鳴り響く。
『パイロット生体反応低下』
『意識喪失を確認』
『戦闘継続不能』
審判の鉄騎が即座に前へ出る。
「勝負あり!」
場内へ大きく声が響く。
「シュバルツライヒ代表ミア、戦闘不能!」
「勝者――」
審判がデュークを指し示す。
「サクス王国代表、ハイド!」
一瞬の静寂。
そして次の瞬間、闘技場を揺らすほどの歓声が響いた。
「ハイド!」
「勝ったぞ!」
「デュークの勝利だ!」
審判用鉄騎が周囲の安全確認を行い、整備班と救護班が黒い鉄騎へ向かって駆け出していく。
一方。
デュークのコクピット内は静かだった。
イーリスは戦闘終了を確認すると、各種制御権限を順次返却していく。
「敵機戦闘不能」
「戦闘終了」
「操縦権限を返還します」
デュークの補助制御が解除される。
イーリスは補助席から前方を見た。
「ハイド」
返事はない。
「勝ちました」
沈黙。
イーリスは少しだけ首を傾ける。
「……ハイド?」
応答なし。
彼女は身を乗り出し、ハイドの肩へ軽く触れた。
身体は操縦席に深く沈み込み、頭も力なく前へ垂れている。
「……」
イーリスはハイドの首元へ指先を当てる。
脈拍。
呼吸。
瞳孔反応。
瞬時に確認する。
「失神していますね」
その声色は普段と変わらない。
驚きも焦りもない。
ただ事実を確認しただけだった。
デュークの診断機能にもアクセスする。
『搭乗者、生体反応正常』
『意識レベル低下』
『重大外傷なし』
イーリスは小さく頷いた。
「生体反応あり」
彼女は静かにハイドの方を向く。
「命令遂行完了しました、ハイド」
眠るように意識を失ったハイドが返事をすることはなかった。
イーリスはその様子を数秒見つめると、外部通信を開く。
「こちらデューク」
「ハイドは失神」
「生体反応は正常です」
「医療班による診察を要請します」
通信を終えると、再びハイドを見る。
「人間は不便ですね」
そう小さく呟き、コクピットのハッチを開放した。
外から医療班が梯子を掛け、担架を持って駆け上がってくる。
イーリスは邪魔にならないよう席を立ち、無言で彼らへ場所を譲った。
貴賓席。
シュバルツライヒ側観戦区画。
歓声が響く中、アダムだけは立ち上がらずに座ったまま闘技場を見つめていた。
視線の先。
デュークのコクピット。
医療班が梯子を掛け、失神したハイドを搬出している。
その横で、イーリスは極めて平然と立っていた。
「……」
アダムは無意識に眉を寄せる。
彼が気になったのは勝敗そのものではない。
あの瞬間だった。
デュークが見せた動き。
急加速。
急停止。
跳躍。
連続突進。
人間の身体への負荷をまるで考慮していない機動。
どれほど優秀な操縦者でも、機体側が一定以上の負荷を抑制する。
「……あそこまでやるか」
小さく呟く。
隣にいたシュバルツライヒの技術将校が反応する。
「何がです?」
アダムは視線を動かさない。
「デュークだ」
「機体が」
「パイロットを軽視しすぎている」
将校は少し考える。
「確かに」
「最後の機動は異常でした」
アダムは頷く。
「人間が耐える前提の動きではない」
「耐えられなければ失神する」
「実際、失神していました」
将校が慎重に言う。
「しかし勝ちました」
「勝った」
アダムはあっさり認める。
「だから厄介なんだ」
彼は腕を組む。
普通の軍用機体なら。
操縦者を守る。
長時間戦闘を可能にする。
継戦能力を維持する。
それが設計思想だ。
だがデュークは違って見える。
まるで。
「機体が目的達成を優先している」
アダムはそう結論づけた。
「操縦者の意識維持よりも」
「敵を制圧することを優先した」
将校が少し驚く。
「そんな設計があり得るのですか?」
「通常ならあり得ない」
アダムは即答した。
「だからこそ気味が悪い」
彼は再びイーリスを見る。
失神したハイドを前にしても、彼女は動揺していない。
『生体反応あり』
『命令遂行完了しました』
確か、そう言っていた。
感情ではなく、任務完了の確認。
それがアダムには強く印象に残っていた。
「……なるほど」
彼は小さく息を吐く。
「半生体機械、か」
人間に見える。
だが思考の優先順位は人間とは違う。
ハイドが生きている。
なら問題なし。
命令は達成された。
それだけ。
アダムは闘技場中央へ視線を戻す。
デュークは静かに立っている。
勝者として。
まるで何事もなかったかのように。
その姿を見ながら、アダムは一つだけ確信した。
「ミアが負けた理由は、技量だけではない」
「相手は人間一人と鉄騎一機ではなく」
「人間と、目的達成を最優先する何かの組み合わせだった」
歓声が続く中、彼だけは静かにその結論を胸の中で整理していた。
挿絵を用意するため少し更新を休みます




