足りない黄色
試験場。
ハイドの試乗が終わる。
黄色い試作四型は再び待機姿勢を取った。
観測席では技術官たちが記録を整理している。
「姿勢制御良好」
「反応速度は量産型三型比で約一二パーセント向上」
「関節駆動も問題なし」
「出力不足は予想通り」
記録が次々と積み上がる。
その様子を見ながら、シャルロットは視線を移した。
「次ですわ」
マリーとアルノーが顔を見合わせる。
「え?」
「私たちですか?」
「当然でしょう」
女王は即答した。
「ハイド一人の感想では比較になりません」
技術官長も頷く。
「複数の操縦者の評価が必要です」
もちろん。
理由はそれだけではない。
王家側は二人をある程度信用していた。
アルノーは学園内では比較的中立的な立場にいる。
少なくとも。
外部へ情報を流す可能性は低い。
だから今回呼ばれている。
逆に言えば。
他の学生は呼ばれていない。
ルートヴィヒですら。
「ではマリーから」
女王が言った。
マリーは少し緊張した顔でコクピットへ向かう。
巨大な昇降機で胸部ハッチへ。
乗り込む。
しばらくして。
試作四型が起動した。
マリーは慎重だった。
一歩。
また一歩。
まず歩く。
次に走る。
旋回。
停止。
その一連の動作が非常に綺麗だった。
ハイドより少し上手い。
観測席でもそれが分かる。
技術官が呟く。
「安定していますね」
「ええ」
女王も認める。
実際。
操縦技術だけならマリーの方がハイドより少し上だ。
ハイド自身も自覚している。
通信が入る。
「確かに軽いですね」
マリーの声。
「訓練機より動かしやすいです」
彼女はさらに走らせる。
停止。
方向転換。
壁際ギリギリを通過。
無駄がない。
技術官たちが感心する。
「優秀ですな」
「学園上位なのも納得です」
その後。
模擬剣を持たされる。
数回振る。
そして。
少し考えた後。
「出力不足を感じます」
技術官長が反応する。
「どのあたりです?」
「切り返しです」
すぐ答えた。
「最初の一撃は問題ありません」
「ですが二撃目が遅いです」
「連続動作で差が出ます」
技術官たちは記録する。
極めて有益な意見だった。
やはり出力不足。
デュークとの差はそこにある。
やがて試験終了。
次はアルノー。
「俺かぁ……」
あまり気乗りしていない。
だが逃げられない。
仕方なく乗り込む。
起動。
立ち上がる。
そして。
少しふらつく。
ハイドが笑った。
「お前もか」
「うるさい」
アルノーが即答する。
しかし。
すぐ慣れた。
王家工房。
試験終了後。
ハイドたちは帰る前に別室へ通された。
案内したのは王家直属の記録官だった。
小さな会議室。
机と椅子だけの簡素な部屋。
そこへシャルロット本人まで入ってくる。
「座りなさい」
全員が素直に従った。
ハイド。
マリー。
アルノー。
イーリス。
女王は椅子に座らない。
窓際に立ったまま話を始める。
「本日の件ですが」
その瞬間。
全員が察した。
ああ、これはそういう話だと。
「口外禁止ですわ」
予想通りだった。
アルノーが苦笑する。
「ですよね」
「当然です」
女王は即答した。
「試作四型は未完成」
「実戦配備も未定」
「存在そのものが機密です」
記録官が紙束を机へ置く。
やたら厚い。
ハイドが嫌な顔をする。
「これ何ですか」
「誓約書です」
「やっぱりか」
技術官たちも似たような物を書かされているらしい。
王家工房の機密保持契約。
内容は単純。
今日見た物。
聞いた話。
性能。
構造。
一切口外しない。
違反した場合は処罰対象。
「読んで署名」
女王が言う。
「えぇ……」
ハイドは渋々読み始めた。
マリーは慣れているのか素早い。
アルノーも黙々と目を通していく。
イーリスは三秒で終わった。
「読み終わりました」
記録官が固まる。
「早くないですか」
「二万三千四百八十一文字です」
「はい?」
「内容は重複が多いため実質八百七十二文字程度でした」
記録官が黙った。
ハイドは慣れている。
「気にするな」
「はい」
気にしない事にした。
しばらくして全員が署名。
女王はそれを確認する。
そして少し表情を緩めた。
「別に一生秘密にしろと言っているわけではありません」
「そうなんですか」
マリーが聞く。
「ええ」
女王は頷く。
「いずれ公表するでしょう」
「ですが今ではありません」
その声は真剣だった。
ハイドにも分かる。
今知られると面倒なのだ。
貴族。
他国。
商人。
様々な連中が騒ぎ出す。
まだ試験段階なのだから。
女王は最後に言う。
「学園へ戻りなさい」
「はい」
「そして」
そこで少し間を置く。
「余計な事は言わないように」
全員が頷いた。
「特にハイドは」
「俺そんな信用ないですか」
「ありますわ」
女王は即答する。
少し安心する。
「ただ説明が下手です」
「……」
否定できなかった。
帰還方法の説明ですら学園中を混乱させた男である。
マリーが吹き出す。
アルノーも笑いを堪えていた。
イーリスだけが真面目に言う。
「事実です」
「お前は黙れ」
その後。
四人は王都から学園へ向かう馬車へ乗った。
久しぶりに静かな移動だった。
窓の外には夕暮れの景色。
アルノーが大きく伸びをする。
「疲れたな」
「だな」
ハイドも同意する。
朝から試験。
説明。
機密契約。
色々あった。
マリーは少し楽しそうだった。
「でも面白かったですね」
「試作四型か」
「ええ」
アルノーも頷く。
「量産型とは結構違ったな」
「意外と動き良かったし」
話したい。
本当ならもっと話したい。
だが話せない。
機密だからだ。
結果。
全員微妙に言葉を濁す。
「まあ、あれだな」
「うん」
「なかなかだった」
「そうですね」
会話が成立しているようで成立していない。
イーリスだけが平然としている。
「機密保持は重要です」
「だからって会話まで機密にしなくていいんだよ」
ハイドが呆れる。
やがて。
馬車は学園へ到着した。
夕陽に染まる校舎。
見慣れた訓練場。
学生たちの声。
なんだかんだで落ち着く。
門をくぐった瞬間。
ハイドは少し肩の力を抜いた。
「帰ってきたな」
「はい」
マリーも笑う。
アルノーも頷く。
イーリスはいつも通りハイドの横に立った。
王家工房。
試作四型。
デュークの複製計画。
それらは一旦胸の奥へしまわれる。
少なくとも今は。
学園生活の方が先だった。




