侮り
学園格納庫。
朝。
ヒノクニ整備班は死んだ目をしていた。
「……またですか」
「まただ」
「昨日もやりましたよね」
「やったな」
工具音。
金属音。
そして疲労。
陽光は現在、整備用固定ラックへ載せられていた。
外装各部が開放され、整備員たちが内部確認を行っている。
原因は単純。
クニヒトが決闘をやりすぎる。
しかも。
毎回わりと本気。
整備班長が疲れた顔で呟いた。
「本国の三倍くらい整備してる気がする……」
別の整備員も頷く。
「ヒノクニじゃ最近ほぼ戦わなかったですからね」
「敵がおらんからなぁ……」
「実際、挑まれないですし」
サクスへ来てから状況が変わった。
学園。
決闘文化。
貴族。
そして。
クニヒトを舐めている連中。
結果。
やたら挑まれる。
クニヒト本人は。
めちゃくちゃ楽しそうだった。
「次は誰だ?」
格納庫入口。
本人がもう来ている。
整備班が嫌そうな顔をする。
「殿」
「うむ」
「もう少し機体を労ってください」
クニヒトは不思議そうな顔をした。
「壊しておらぬぞ?」
「壊れる寸前まで使ってるんですよ!!」
整備班長がついに叫ぶ。
実際そうだった。
陽光は軽量高速機。
繊細だ。
しかもクニヒトの操縦は、機体性能限界近くを平然と使う。
結果。
負荷が凄まじい。
関節。
駆動。
姿勢制御。
全部酷使される。
だが。
クニヒト本人は楽しそうだった。
「良いではないか」
「良くないです」
「決闘は楽しい」
「整備は楽しくないです」
即答だった。
周囲の学園整備員たちが少し笑う。
サクス整備員の一人が言った。
「でも意外ですね」
ヒノクニ整備員が顔を向ける。
「何がだ」
「皇帝って、もっと戦わないもんかと」
クニヒトが先に答えた。
「逆だ」
笑う。
「強すぎると戦えぬ」
妙に実感のある声だった。
クニヒトは陽光を見上げる。
「本国では知れ渡っておるからな」
「……あぁ」
学園側整備員が納得する。
つまり。
誰も挑まない。
挑んでも勝てないと分かっている。
決闘自体が成立しない。
クニヒトは少し不満そうだった。
「故につまらん」
「だから学園で暴れてるんですか」
「うむ」
最低だった。
整備班長が頭を抱える。
「うむ、じゃないんですよ……」
そこへ。
ハイドたちが格納庫へ入ってきた。
マリー。
アルノー。
イーリス。
クニヒトがすぐ反応する。
「ハイド!」
「なんだよ」
「今日暇か?」
「嫌な予感しかしねぇ」
クニヒトは楽しそうだった。
「決闘場へ行くぞ」
「断る」
即答。
クニヒトは真顔になる。
「何故」
「毎回巻き込まれるからだよ」
アルノーが笑う。
「まぁ実際、最近凄い頻度だし」
マリーも苦笑していた。
「また誰か挑んだんですか?」
クニヒトは頷く。
「三件ほど」
「多いな!?」
クニヒトは少し考える。
「昨日より減った」
「基準がおかしいんだよ」
イーリスが静かに言った。
「現在、学園内では“ヒノクニ皇帝へ挑戦すると名が売れる”という風潮があります」
ハイドが嫌そうな顔をする。
「あー……」
実際そうだった。
負けても話題になる。
しかも相手は他国皇帝。
名誉欲の強い貴族生徒からすれば魅力的だ。
クニヒト本人も拒否しない。
むしろ歓迎。
最悪である。
ヒノクニ整備班が死んだ顔で言った。
「殿が楽しそうで何よりです」
全然何よりじゃない声だった。
クニヒトは笑う。
「うむ!」
そして陽光を見る。
「次は脚部調整を変えるか」
整備班長が即座に否定した。
「変えません」
「何故」
「また壊すからです」
「壊しておらぬ」
「壊れかけてます」
サクス整備員たちが吹き出す。
クニヒトは少し不満そうだった。
だが。
どこか本当に楽しそうでもあった。
強者と戦う。
技術を見る。
異国機を見る。
学園へ来てから、クニヒトは明らかに機嫌が良い。
そして。
その代償として。
ヒノクニ整備班の労働時間だけが増え続けていた。
——————
王都。
王家工房。
巨大な搬入口では、今日も鉄騎用部材が運び込まれていた。
装甲板。
関節部材。
駆動補助材。
油圧管。
荷車が並び、作業員たちが怒鳴り合う。
「第三倉庫空けろ!」
「そっちは貴族発注分だ!」
「待て待て待てその関節部材は軍用優先!!」
騒がしい。
理由は単純だった。
最近、発注量がおかしい。
工房責任者は書類を見ながら顔をしかめていた。
「……また増えてる」
隣の技術官が疲れた声を出す。
「今月三回目です」
「なんなんだこれは……」
書類には大量の発注。
特に多いのが。
関節系。
補助駆動。
腕部接続。
膝部支持材。
つまり。
決闘で壊れやすい場所だった。
工房責任者が額を押さえる。
「何故急にこんな故障率が……」
若い技術官が小さく言った。
「ヒノクニ皇帝です」
沈黙。
全員理解した。
「ああ……」
最近の学園。
異常な決闘頻度。
そして。
それに触発される貴族たち。
今までなら形式的だった決闘が、急激に激化していた。
理由は単純。
クニヒトが普通に強すぎる。
しかも。
相手機を壊す。
正確には。
致命的に動作不能へする。
関節。
接続。
補助機構。
戦闘継続不能箇所を的確に狙う。
結果。
修理費が跳ね上がる。
技術官がぼやく。
「真似する連中まで増えてるんですよね……」
「いるな」
「最近“関節を狙え”って風潮になってます」
「最悪だ……」
今までは装甲を殴るだけだった。
だが。
クニヒトの戦法を見た貴族たちが学び始めた。
構造破壊。
可動停止。
機能殺し。
当然。
修理難度が上がる。
そして。
部品消費量も増える。
責任者が書類をめくる。
「第三世代膝関節部材……在庫半減?」
「はい」
「早すぎるだろ」
「決闘で皆そこ狙うので……」
「やめろそんな流行」
さらに別の技術官が言う。
「最近は武器の柄部補強依頼も増えてます」
「……あぁ」
クニヒトのせいだった。
刀で武器接続部を切る。
あれを見たせいで、皆武器破壊を警戒し始めた。
工房責任者が遠い目をする。
「なんで一人来ただけでこうなるんだ……」
すると。
別室扉が開く。
王家直属記録官。
彼は淡々と言った。
「女王陛下より」
全員姿勢を正す。
「“部材不足の可能性を考慮し、軍用予備在庫の再確認を行え”との事です」
空気が重くなる。
つまり。
女王も気づいている。
このままだと危険。
技術官長が慎重に聞く。
「軍備へ影響は」
記録官は即答した。
「現状なし」
だが。
続く言葉が重かった。
「ただし、現在の消費速度が続く場合を除く」
沈黙。
誰も笑えない。
理由がアホらしいだけに余計だった。
ヒノクニ皇帝が決闘を楽しみ始めた結果、国内鉄騎部材供給へ影響が出始める。
意味が分からない。
技術官の一人がぼそっと言う。
「本人めちゃくちゃ楽しそうなんだよなぁ……」
別の技術官が頷く。
「学園が楽しすぎるらしい」
「困る」
その時。
奥の工房区画から火花が散った。
新型試作装甲。
量産型改修部品。
デューク系列解析パーツ。
工房は今、異常なほど忙しい。
そしてそこへ。
決闘ブームによる部品不足まで加わった。
責任者が深いため息を吐く。
「……増産だ」
「またですか」
「仕方ない」
彼は書類へサインを書く。
「今月は夜間稼働も追加する」
技術官たちから絶望の空気が漏れる。
その頃。
当のクニヒト本人は。
学園で次の決闘申込書を楽しそうに読んでいた。




