皇帝は転校生?
翌朝。
王立学園。
普段より遥かに騒がしかった。
理由は単純。
「本当に来るのか?」
「転入ってマジ?」
「いや皇帝だろ?」
「なんで学生やるんだよ……」
朝からその話題一色だった。
教室でも。
廊下でも。
食堂でも。
誰もが落ち着かない。
そして。
問題の本人は、非常に落ち着いていた。
教室前。
教師が深いため息を吐く。
「……本当にやるんですね」
クニヒトは腕を組む。
「うむ」
「視察ではなく?」
「技術交流である」
「学生として?」
「うむ」
教師が頭を抱える。
だが、王家許可済み。
しかも女王直筆。
拒否権はなかった。
教室内。
生徒たちは既にざわついている。
ルートヴィヒは無言。
マリーはかなり緊張していた。
アルノーは半笑い。
ハイドは窓際で嫌そうな顔をしている。
「絶対ろくな事にならねぇ……」
イーリスが静かに言った。
「高確率です」
「否定しろよ」
そこで。
教室扉が開いた。
教師が入る。
後ろから。
クニヒト。
一瞬。
教室の空気が止まった。
やはり目立つ。
長い髪。
異国風の衣装。
堂々とした立ち姿。
そして何より。
空気が学生ではない。
教師が疲れた声で言う。
「……本日から技術交流生として編入される」
小声で付け加える。
「ヒノクニ皇帝陛下だ」
教室が静まり返った。
マリーが固まる。
「へ、陛下……?」
アルノーが小さく笑う。
「やっぱり慣れないなこれ」
クニヒトは教壇前へ立った。
そして。
胸を張る。
「我!」
やたら声がデカい。
全員ビクッとした。
「クニヒト!」
ドン、と胸を叩く。
「ヒノクニ皇帝、クニヒト!!」
堂々。
無駄に堂々。
「皇帝故に姓はない!!」
沈黙。
誰も反応できない。
クニヒト本人だけが満足そうだった。
「以上!!」
教師が額を押さえる。
「短いですね……」
「名乗りなど簡潔でよい!」
生徒たちは困惑していた。
どう反応すればいいのか分からない。
拍手なのか。
礼なのか。
黙るべきなのか。
すると。
ハイドがぼそっと言った。
「なんかもう慣れてきたな……」
アルノーが吹き出す。
そのせいで教室全体の空気が少し緩んだ。
クニヒトは満足そうに頷く。
「うむ、良い空気だ」
ルートヴィヒだけは静かに観察していた。
皇帝。
なのに学生。
しかも自ら鉄騎へ乗り、決闘を行う。
サクス王族とはあまりに違う。
教師が咳払いする。
「……では席ですが」
クニヒトが当然のように言う。
「ハイドの横でよい」
「なんでだよ」
即座にハイドが突っ込む。
クニヒトは真顔だった。
「面白いから」
「理由が最悪なんだよなぁ……」
結局。
クニヒトはハイドの隣へ座った。
椅子が少し軋む。
周囲の生徒たちがちらちら見ている。
皇帝が普通に学生席へ座っている。
違和感が凄い。
マリーが小声で言う。
「ほ、本当に同級生なんですね……」
アルノーも苦笑する。
「実感ないけどね」
すると。
クニヒトが周囲を見回した。
「うむ」
楽しそうだった。
「学ぶというのは良い」
教師が若干警戒しながら聞く。
「……何をです?」
クニヒトは即答した。
「他国の鉄騎運用」
教師の胃がまた痛くなり始めた。
その時。
イーリスが静かにクニヒトを見ていた。
クニヒトも気づく。
二人の視線が合う。
数秒。
クニヒトが少し笑った。
「やはり其方、面白いな」
「?」
イーリスは首を傾げる。
「そうですか?」
「うむ」
ハイドが嫌な予感しかしない顔をする。
「お前ら絶対変な方向で気が合うだろ……」
一時間目。
基礎機構学。
教師が黒板へ図を書きながら説明している。
「量産型第三世代以降は、補助関節の配置が変更され――」
教室内は比較的静かだった。
……一部を除いて。
クニヒトは興味深そうに周囲を見ている。
机。
教材。
天井照明。
いちいち反応している。
完全に観光客だった。
そして。
彼の視線は、自然とイーリスへ向いた。
イーリスは静かにノートを書いている。
動きは滑らか。
瞬きも自然。
呼吸もある。
肌も髪も、人間そのものだった。
クニヒトは少し感心したように呟く。
「……見事だな」
ハイドが嫌な予感を覚える。
「何が」
クニヒトはイーリスを見たまま言った。
「本物の半生体機械とは思えぬ」
教室の空気が一瞬止まる。
マリーが固まった。
アルノーが目を見開く。
教師のチョークが止まる。
ハイドが顔をしかめた。
「お前サラッと言うなよそういうの」
クニヒトは不思議そうな顔をする。
「隠しておったのか?」
「隠してるっていうか……」
ハイドが周囲を見る。
生徒たちは微妙な顔をしていた。
実際。
イーリスの正体を完全理解している者は少ない。
皆なんとなく、
「特殊な人」
くらいの認識だった。
教師陣ですら曖昧だ。
理由は単純。
理解できないから。
クニヒトは普通に続ける。
「皮膚構造も自然」
イーリスを見る。
「筋肉駆動模倣も精密」
さらに。
「声帯振動も滑らかだ」
完全に分析していた。
マリーが恐る恐る聞く。
「わ、分かるんですか……?」
クニヒトは頷く。
「ヒノクニにも似た技術は残っておる」
教室が静かになる。
ハイドが少し驚いた。
「あるのか」
「不完全だがな」
クニヒトは腕を組む。
「ここまで人間へ寄せたものは見た事がない」
イーリスは静かにクニヒトを見返した。
「貴方の機体も同系統技術が使用されています」
クニヒトが少し笑う。
「分かるか」
「はい」
二人の会話についていける者が少ない。
アルノーが小声で言う。
「なんか急に技術レベル高い話始まったな……」
マリーも頷く。
「全然分かりません……」
クニヒトは興味深そうにイーリスを見る。
「其方、食事もするのだな」
「必要最低限ですが」
「維持用か」
「主に皮膚組織維持です」
クニヒトは感心したように頷く。
「徹底しておる」
イーリスは淡々と続ける。
「余剰油脂は内部可動部潤滑へ使用しています」
マリーが小さく固まる。
「じゅ、潤滑……」
アルノーも微妙な顔になる。
ハイドだけは慣れていた。
「まぁそういう感じらしい」
クニヒトは少し考え込む。
「興味深い」
そして。
さらっと言った。
「解体して見たいくらいだ」
教室の空気が凍った。
ハイドが即答する。
「ダメに決まってんだろ」
クニヒトは真顔だった。
「冗談だ」
「目が全然冗談じゃねぇんだよ」
イーリス本人は平然としている。
「ハイドが許可しないので不可です」
「お前もサラッと返すな」
教師が咳払いした。
「……授業を続けます」
完全に空気を持っていかれていた。
クニヒトはようやく前を向く。
だが。
どこか楽しそうだった。
ヒノクニにも古代技術は残っている。
だが。
イーリスほど完成された存在は見たことがない。
そして。
デューク。
陽光。
この学園。
サクスという国。
クニヒトの中で、興味はますます強くなっていた。




