2度目の桜色
午前。
授業開始からしばらく経った頃だった。
王立学園は、いつも通りの空気に包まれていた。
講義室では教師の声。
中庭では談笑。
訓練場では鉄騎整備の音。
平穏。
少なくとも、その瞬間までは。
最初に異変へ気づいたのは、校庭で整備訓練をしていた生徒だった。
「……ん?」
空。
小さな影。
最初は鳥かと思った。
だが違う。
大きい。
そして。
速い。
「なんだあれ……」
影は急速に拡大していく。
やがて。
誰かが叫んだ。
「鉄騎だ!!」
学園中がざわつく。
窓が開く。
生徒たちが顔を出す。
空から。
巨大な鉄騎が降ってきていた。
桜色の装甲。
背部には展開した大型布体。
減速用パラシュート。
「おいおいおい……!」
「また空!?」
「今度はなんだ!?」
校庭へ警報が鳴る。
教員たちが慌てて飛び出してくる。
しかし。
降下してくる鉄騎は極めて安定していた。
姿勢制御が正確すぎる。
巨大な布体が風を掴み、ゆっくり速度を落としていく。
陽光。
クニヒトの機体だった。
ハイドも窓際へ来ていた。
「……また来た」
マリーが呆然としている。
「空から鉄騎って普通なんですか……?」
「あまり行われません」
イーリスが即答した。
アルノーが苦笑する。
「だよね」
そして。
轟音。
陽光が校庭へ着地した。
重い衝撃。
だが美しい。
膝を軽く曲げ、衝撃を流すような着地。
量産型とは全く違う。
機体そのものの完成度が違った。
土煙が舞う。
周囲の生徒が距離を取る。
そこへ。
陽光の腰部。
左右ウェポンベイへ外付けされた巨大コンテナがゆっくり展開した。
「……コンテナ?」
ハイドが目を細める。
クニヒト機の本来の武装。
二振りの長刀。
それらは現在、コンテナへ括り付けられていた。
代わりに装備されているのは輸送用固定具。
ウェポンベイそのものが輸送機能を兼ねているらしい。
陽光がゆっくり膝をつく。
巨大な腕が動き。
コンテナ固定具を解除。
ゴォン、と重い音を立てながら地面へ下ろされる。
一つ。
もう一つ。
二種類。
片方は比較的小型。
もう片方は大型で、補強材だらけだった。
「何運んできたんだ……」
ハイドが呟く。
その時。
小型コンテナのハッチが内側から開いた。
「うおっ」
中から人が出てくる。
ヒノクニ技術班だった。
細身の作業服。
工具。
固定具。
さらに次々と人が降りてくる。
まるで輸送車両だ。
生徒たちがどよめく。
「人入ってた!?」
「えぇ……」
「狭くないのかあれ……」
続いて大型コンテナ。
こちらも開く。
内部には大量の部品。
関節部材。
装甲。
駆動補助機構。
整備パーツ。
かなり本格的だった。
イーリスが静かに観察する。
「合理的です」
アルノーが聞く。
「そうなの?」
「輸送用車両を別途用意する必要がありません」
確かにその通りだった。
鉄騎単独で長距離移動しながら、技術班と補給物資まで運搬している。
普通ではない。
陽光のコクピットが開く。
中から。
クニヒトが立ち上がった。
相変わらず武士のような格好。
長い髪。
そして。
やたら堂々としている。
学園中の視線を浴びながら、まるで気にしていない。
「うむ」
満足そうに校庭を見回した。
「見事な着地であった」
ハイドがぼそっと言う。
「自分で言うんだな……」
さらに。
別方向から教師たちが慌てて駆けてくる。
「き、貴様! 事前連絡は――」
クニヒトが即答した。
「ある」
懐から巻物を出す。
「女王からの許可書である」
教師たちが詰まる。
本物だった。
しかも王家印入り。
「技術交流を兼ねた視察である」
クニヒトは堂々と言った。
「案ずるな。今回は決闘ではない」
「“今回は”ってなんですか……」
教師の一人が頭を抱える。
その間にも。
ヒノクニ技術班は手際よく作業を始めていた。
コンテナ展開。
工具配置。
機体確認。
動きに無駄がない。
学園整備科の生徒たちが遠巻きに見ている。
「すげぇ……」
「なんだあの工具」
「見たことないぞ」
一方。
クニヒトは校庭の中央でハイドを見つけた。
「おお、ハイド!」
「また来たのか」
「うむ!」
クニヒトは笑う。
「面白そうだったのでな!」
ハイドは嫌な予感しかしなかった。
校庭。
陽光の周囲では、ヒノクニ技術班が既に作業を始めていた。
工具音。
金属音。
整備員たちの掛け声。
その光景を遠巻きに見ながら、学園教師陣は未だ困惑していた。
突然空から鉄騎が降ってきた。
しかも王家許可済み。
頭痛しかしない。
そんな空気の中。
クニヒトがふと思い出したように口を開いた。
「そういえば」
教師たちが嫌な顔をする。
「なんでしょうか……」
クニヒトは当然のように言った。
「鉄騎勲章を渡せ」
空気が止まった。
「……は?」
教師の一人が間抜けな声を出す。
クニヒトは真顔だった。
「同盟国となった以上、最低限の証明は必要であろう」
「しょう、しょうめい……?」
クニヒトは周囲の生徒を見る。
ハイド。
マリー。
アルノー。
ルートヴィヒ。
全員、制服の胸元へ勲章を付けている。
鉄騎勲章。
サクスにおいて、鉄騎操縦権を持つ者の証。
本来は極めて重い意味を持つ。
家に伝わる鉄騎。
その操縦権限。
継承資格。
つまり。
貴族そのものを示す証明だった。
ただし。
学園では事情が違う。
学生全員へ、仮勲章が貸与されている。
理由は単純。
外部から見れば区別が付かないからだ。
裏側の刻印。
登録符号。
微細識別。
そこを確認しなければ、本物と全く同じ。
つまり。
学園生徒は外部から見れば全員が“貴族”に見える。
外交問題回避。
身分証明。
護衛簡略化。
そういった実務的理由から運用されていた。
教師が慎重に聞く。
「……何故それを?」
クニヒトは腕を組む。
「簡単な話じゃ」
堂々と言った。
「我が国の者が見た際、区別がつかぬ」
「はぁ……」
「ならば正式にした方が分かりやすい」
教師たちが頭を抱え始める。
クニヒトはさらに続ける。
「同盟となった以上、最低限の格は必要であろう」
「最低限……」
「うむ」
クニヒトはハイドを指差した。
「特にコイツ」
「俺?」
「他国で鉄騎を動かし、代表決闘まで行った」
クニヒトは真顔だった。
「それで仮勲章は外聞が悪い」
ハイドが困惑する。
「いや別に……」
「よくない」
即答だった。
さらにクニヒトはマリーを見る。
「そこの娘も実戦経験あり」
「えっ、わ、私ですか!?」
「うむ」
次にアルノー。
「其方も中々良い動きをしておった」
アルノーが少し苦笑する。
「ありがとうございます……?」
そして。
ルートヴィヒへ視線が向く。
一瞬空気が変わる。
ルートヴィヒは静かにクニヒトを見返した。
クニヒトは少しだけ笑った。
「気骨は嫌いではない」
ルートヴィヒは何も答えない。
教師陣が慌てて話を戻す。
「い、いやしかし鉄騎勲章は王家管理でして――」
「知っておる」
クニヒトは頷いた。
「だから申請しろと言っておる」
「簡単に言いますね……」
クニヒトは不思議そうな顔をした。
「面倒なのか?」
教師全員が疲れた顔をする。
面倒に決まっている。
鉄騎勲章は、実質的に貴族認定と近い。
王家権限。
家系登録。
鉄騎管理権。
全部関わる。
そんなものを他国の王が軽々しく言ってくる。
頭痛しかない。
だが。
一方で。
完全に無茶でもなかった。
実際問題。
ハイドたちは既に実戦級。
しかも外部国家と接触済み。
特にハイド。
もう“学生”だけでは済まない。
クニヒトがふとイーリスを見る。
「其方はどうする」
「?」
「勲章」
イーリスは少し考えた。
「不要です」
「即答だな」
「ハイドがあれば問題ありません」
教師たちがまた微妙な顔をする。
クニヒトは少し笑った。
「なるほど」
ハイドが嫌そうな顔をする。
「なんか変な納得すんなよ」
そこへ。
学園整備科の生徒たちが陽光を見ながらざわついていた。
「なぁあれ見ろよ」
「刀コンテナに括り付けてんぞ」
「武器扱い雑じゃね?」
ヒノクニ整備員が即答する。
「折れぬから問題ない」
「そういう問題か……?」
さらに。
別の生徒。
「コンテナ人入ってたよな」
「普通に怖かった」
「揺れで死にそう」
ヒノクニ整備員が言う。
「慣れだ」
「絶対慣れたくねぇ……」
校庭全体が妙な空気になっていた。
外交。
技術交流。
鉄騎勲章。
話の規模は大きい。
なのに。
クニヒト本人の空気が妙に軽いせいで、どこか日常みたいになっている。
ハイドはため息を吐いた。
「なんか毎回嵐みたいなんだよなあいつ……」
イーリスが静かに言った。
「局地的災害に近いです」
「否定できねぇ……」




