模擬戦決着
狭い路地。
量産型鉄騎が擦れ違うだけで精一杯の幅。
ハイド機が後退しながら息を吐く。
「よし……ここなら――」
通信。
『問題ありません』
イーリスの声。
直後。
嫌な金属音が響いた。
「……は?」
イーリス機が、模擬剣を逆手で持ち直していた。
投擲姿勢。
ハイドの顔が引き攣る。
「おい待て」
投げた。
躊躇ゼロ。
巨大な模擬剣が一直線に飛来する。
狭い路地。
回避空間がない。
「うわっ!?」
ハイドが無理やり機体を捻る。
だが遅い。
模擬剣が背部へ直撃した。
轟音。
警告表示が一気に赤く染まる。
背部フレーム損傷判定。
姿勢制御不能。
教官の声が響く。
『ハイド機、撃破判定!』
「はぁ!?」
ハイド機が膝をつく。
観戦席がどよめいた。
「投げた!?」
「いやあれアリなのか!?」
「模擬剣投げるやつ初めて見たぞ!」
教官が頭を抱えている。
「……ルール違反ではない」
ぼそっと呟く。
実際違反ではない。
禁止されていない。
だが普通やらない。
巨大鉄騎用の武器を投げる発想自体がまず無い。
ハイドが通信で叫ぶ。
『お前ほんと容赦ねぇな!?』
『あります』
イーリスは平然としていた。
『本来ならコクピットを狙います』
『それ容赦あるって言わねぇよ!』
一方。
アルノー機。
囮役二機をようやく処理していた。
狭い路地を利用し、一機ずつ行動不能へ追い込む。
決して派手ではない。
だが堅実な操縦だった。
『ふぅ……』
アルノーが息を吐く。
『残るは――』
警報。
真後ろ。
「え?」
振り向いた瞬間。
イーリス機がいた。
速い。
いつ移動したのか分からない。
アルノーが咄嗟に模擬剣を構える。
だが。
イーリスは止まらない。
踏み込み。
低姿勢。
量産型鉄騎とは思えないほど低く潜る。
アルノー機の剣が空を切る。
次の瞬間。
イーリス機がアルノー機の脚へ体当たりした。
「うおっ!?」
重心崩壊。
さらに。
肩。
肘。
膝。
連続。
全部関節狙い。
的確すぎる。
アルノーは防御すら間に合わない。
「っ……!」
イーリス機がアルノー機の腕を掴む。
捻る。
警報。
模擬関節損傷判定。
続けて。
足払い。
アルノー機が転倒。
その瞬間。
イーリス機の模擬短剣が、アルノー機コクピット前で停止した。
完全に詰み。
教官の声。
『アルノー機、撃破判定!』
沈黙。
演習終了ブザーが鳴る。
イーリス機だけが立っていた。
しかも。
ほぼ無傷。
観戦席が静まり返っている。
誰もすぐに声を出せない。
あまりにも一方的だった。
教官が額を押さえる。
『……イーリス』
『はい』
『お前、本当に学生か?』
少し間。
『分類上は』
『分類の話ではない…』
ハイドは倒れたままぼやく。
「なんで量産型であんな動けんだ……」
イーリスは少し考えた。
『最適化です』
アルノーが苦笑する。
『参考にならないなあ……』
マリーも通信越しに小さく笑った。
『でも、ちょっと面白かったです』
「俺は全然面白くない」
『ハイドさん真っ先に狙われてましたし……』
イーリスが即答する。
『最優先目標です』
「だから怖いんだよその言い方!」
観戦席。
演習終了後も、ざわめきは収まっていなかった。
「なんだあれ……」
「量産型だろ?」
「動きがおかしい」
「イーリスってあんな強かったのか……?」
生徒たちの声が飛び交う。
その中で。
ルートヴィヒ・フォン・ヴァルデックだけは、黙っていた。
彼の視線は演習場ではなく。
停止した量産型鉄騎。
そして、そのコクピットから降りるイーリスへ向いている。
赤髪の少女。
平然としている。
まるで周囲の視線を気にしていない。
ルートヴィヒは目を細めた。
「……そういう事か」
彼は思い出していた。
あの決闘。
デューク。
あの異様な戦い方。
奪った武器の即時使用。
あり得ない精度の投擲。
機体姿勢の異常な安定性。
普通の鉄騎では不可能だった。
当時は理解できなかった。
ハイドが異常なのだと考えていた。
だが。
違う。
「奴じゃない……」
ルートヴィヒは低く呟く。
「イーリスだ」
今回の演習で確信した。
量産型。
しかも訓練機。
性能差はない。
それでも。
イーリスだけが異常だった。
投擲。
跳躍。
姿勢制御。
武器の扱い。
どれも、決闘時のデュークと酷似している。
いや。
そのままだ。
「デュークが補正していたのか……?」
ルートヴィヒは思考する。
ハイドの操縦技術自体は、学園でも平均程度。
今日の演習でもそれは明らかだった。
対してイーリス。
あれは別格。
まるで機体そのものだった。
ルートヴィヒの脳裏に、決闘時の映像が蘇る。
投げられた武器。
あり得ない軌道。
即応。
あの時は勢いとしか思えなかった。
だが違う。
「機体側がやっていた……」
その考えに至った瞬間。
背筋に冷たいものが走った。
普通の鉄騎ではあり得ない。
サクスの鉄騎は、人が操縦する兵器だ。
補助機構はある。
だが、あくまで補助。
あそこまで勝手に動くなど聞いたことがない。
「なんなんだ……あの機体は」
ルートヴィヒは拳を握る。
そして。
別の事実にも気づく。
「だから……奴が乗っても強いのか」
もし。
もしデュークが、あそこまで機体側で制御補正しているなら。
ハイド個人の技量だけではない。
あの機体そのものが異常。
だから。
たった一機で八機を潰せた。
だから。
クニヒトと渡り合えた。
だから。
空を越えて帰ってきた。
「……化け物め」
だが。
同時に違和感も残る。
ハイドは知らない顔をしている。
今日の演習でも、普通に苦戦していた。
つまり。
本人は、自分がどれだけ機体に助けられているか理解していない。
ルートヴィヒは視線を細める。
演習場では。
ハイドがイーリスに文句を言っていた。
『だから容赦ねぇんだよお前!』
『死んでいません』
『そういう話じゃねぇ!』
周囲の生徒たちが笑っている。
どこにでもある学生同士の会話。
だが。
ルートヴィヒだけは笑えなかった。
「……危険だ」
もし王家が本格的にあの機体を解析したら。
もし量産など可能になれば。
戦争が変わる。
いや。
既に変わり始めている。
ルートヴィヒは静かに立ち上がった。
その表情には、以前のような激情はない。
代わりにあるのは。
理解した者特有の恐怖だった。




