模擬戦
訓練場の一角。
そこには、巨大な人工市街地が存在していた。
石造りの建物。
細い路地。
広場。
崩れた壁。
鉄騎戦を想定した演習区域。
王立学園でも比較的大規模な設備だった。
巨大な防壁の向こうでは、量産型鉄騎が整列している。
全機同型目立つオレンジ色。
訓練仕様。
装備は模擬用へ交換済み。
刃は潰され、関節制限もかけられている。
それでも二十メートル近い鋼鉄の巨人が並ぶ光景は、十分すぎる威圧感があった。
教官が前に立つ。
「本日の演習は模擬市街地戦だ」
周囲の生徒たちが静かになる。
「三機一組による対抗戦。
制圧、または行動不能判定で決着とする」
射影機で地図が表示される。
入り組んだ市街地。
狭い路地。
視界不良区域。
真正面から殴り合うだけでは勝てない構造だ。
教官は続ける。
「なお、今回は成績差を考慮してチームを決定した」
ざわつきが起きる。
すぐに組み合わせが表示された。
ハイド。
マリー。
アルノー。
対。
イーリス。
そして成績最下位組の男子二名。
一瞬、空気が変わった。
「あー……」
「なるほど」
「バランス調整か」
誰もが納得した顔をする。
イーリスの操縦成績は、完全に異常だった。
教官ですら苦笑するレベル。
反応速度。
姿勢制御。
同時操作。
全てがおかしい。
だからこそ、最下位二人と組ませて均衡を取る。
教官が言う。
「イーリス」
「はい」
「手加減しろ」
「どの程度でしょうか」
教官が少し詰まる。
「……死なない程度でいい」
「了解しました」
周囲の生徒がざわついた。
ハイドが隣で言う。
「ちゃんとやれよ」
イーリスが振り向く。
「本気で?」
「訓練なんだから」
「承知しました」
マリーが小声で言う。
「なんか怖いんですけど……」
アルノーが乾いた笑みを浮かべる。
「まあ、頑張ろう」
格納庫。
生徒たちがそれぞれ量産型へ乗り込んでいく。
ハイドも梯子を登る。
量産型のコクピット。
デュークほど快適ではない。
ハイドはハーネスで身体を固定し、レバーを握る。
機体がゆっくり起動する。
視界に計器類が灯る。
外部映像。
駆動状態。
関節同期。
慣れた操作だった。
だが。
デュークほど自然じゃない。
ハイドは少し肩を回す。
「やっぱ乗りづらいな」
通信が入る。
マリー。
『聞こえますか?』
『聞こえる』
『わ、私ちょっと緊張してます……』
アルノーも入る。
『まあ模擬戦だし、気楽にいこう』
その時。
別回線。
イーリスの声が入った。
『ハイド』
『ん?』
『本気で制圧します』
『おう』
少し間。
『死なない程度に』
『怖ぇよ』
開始位置へ移動。
量産型鉄騎たちが重い足音を響かせる。
人工市街地へ入ると、急に視界が狭くなった。
建物が邪魔をする。
長距離視認ができない。
ハイドが言う。
『こういう場所苦手なんだよな……』
マリーが答える。
『私もです』
アルノーは冷静だった。
『とりあえず広場を押さえよう。
狭い路地だと囲まれる』
『了解』
演習開始の鐘が鳴る。
直後。
ハイドたち三機が前進を開始する。
鉄騎が石畳を踏み砕く。
狭い路地。
建物の陰。
視界が悪い。
ハイドは周囲を警戒する。
「イーリスなら絶対どっかいるだろ……」
その時。
通信。
『右!』
マリーの声。
瞬間。
建物の二階部分が崩れた。
いや。
違う。
飛び越えた。
量産型鉄騎。
イーリス機。
普通ではあり得ない軌道。
壁を蹴り、建物を利用して横方向へ跳躍している。
「は!?」
ハイドが慌てて機体を振り向かせる。
だが速い。
イーリス機が着地と同時にアルノー機の肩を掴む。
そのまま捻る。
警報。
『うおっ!?』
アルノー機が無理やり姿勢を崩される。
普通の生徒ではまずやらない動きだった。
イーリスは躊躇がない。
関節限界ギリギリまで使う。
「おいあれ訓練機だぞ!?」
ハイドが叫ぶ。
通信越しにイーリス。
『問題ありません』
次の瞬間。
イーリス機がアルノー機を壁へ叩きつけた。
轟音。
建物が崩れる。
『ぐっ……!』
アルノーが呻く。
マリーが即座に動いた。
『ハイドさん!』
『分かってる!』
二機同時に突撃。
だが。
イーリス機はすでに後退している。
速い。
量産型とは思えない。
ハイドが舌打ちする。
「なんであいつそんな動けるんだよ……!」
イーリスの声。
『普段通りですが』
『普段がおかしいんだよ!』
その時。
別方向から敵機二機が現れる。
成績最下位組。
だが動きがぎこちない。
イーリスに置いていかれている。
アルノーが体勢を立て直しながら言う。
『……なるほど』
『何が?』
『あの二人、完全に囮だ』
直後。
警報。
「っ!?」
イーリス機が、もう後ろにいた。
「うおっ!?」
振り向くより早く。
イーリス機が空中から突っ込んできた。
普通の量産型ではあり得ない姿勢。
両脚を揃えたままの飛び蹴り。
ドロップキック。
轟音。
ハイド機の胸部へ直撃した。
「ぐぁっ!?」
衝撃で視界が揺れる。
量産型鉄騎が数歩後退し、石畳を削る。
警告表示が赤く点滅した。
『ハイドさん!』
マリー機が即座に割り込む。
模擬剣を横薙ぎ。
タイミングは良かった。
イーリスが追撃へ入る瞬間を狙った、綺麗なカウンター。
普通なら当たっていた。
だが。
イーリス機は異常だった。
片脚着地。
そこから。
あり得ない方向へ重心が流れる。
「は?」
ハイドが目を見開く。
量産型鉄騎が、まるで人間みたいに後方へ反り返った。
さらに。
そのまま両腕を地面へつき、後転。
いや。
機体サイズでやる動きじゃない。
バク転に近い回避。
模擬剣が空を切る。
マリーが息を呑む。
『えっ――』
着地。
同時。
イーリス機の脚がマリー機の膝を蹴り飛ばした。
関節が沈む。
バランス崩壊。
さらに。
肩を掴まれる。
そのまま。
建物外壁へ叩きつけ。
警告灯。
撃破判定。
『きゃっ……!?』
マリー機が沈黙する。
教官の声。
『マリー機、行動不能判定!』
観戦席がざわつく。
「あれ量産型だよな?」
「なんであんな動き出来るんだ……」
「怖っ」
一方。
アルノー機は別方向で苦戦していた。
囮役の二機。
操縦は下手だ。
だが。
イーリスが完全に役割を理解させている。
狭い路地を利用し、進路妨害へ徹していた。
『くそっ……!』
アルノーが舌打ちする。
下手なのに鬱陶しい。
無理に突破すれば脚を取られる。
その隙にイーリスが来る。
完全に分断されていた。
『ハイド! 大丈夫か!?』
『大丈夫じゃない!』
ハイド機が後退する。
イーリス機が歩いてくる。
ゆっくり。
静かに。
その歩き方だけで嫌な圧力があった。
ハイドが唸る。
「なんでお前量産型でそんな動けんだよ……!」
通信越し。
イーリスの声は平坦だった。
『レバー入力を最適化しています』
『意味分かんねぇよ!』
イーリス機が急加速。
速い。
量産型の加速じゃない。
いや。
性能自体は普通だ。
動作がおかしい。
無駄がない。
建物を蹴る。
壁面へ脚をかける。
跳躍。
狭い路地を立体的に移動してくる。
ハイドが慌てて迎撃。
槍を突き出す。
イーリス機が身体を捻る。
紙一重。
穂先を避ける。
さらに槍を掴んだ。
「うわっ!?」
力任せじゃない。
角度。
関節。
支点。
全部計算されている。
槍が逸らされる。
そのまま。
イーリス機がハイド機の懐へ入り込んだ。
近い。
近すぎる。
『捕捉しました』
「やめろその言い方!」
イーリス機の肘打ち。
胸部装甲へ直撃。
衝撃。
ハイド機が建物へ叩きつけられる。
瓦礫が降る。
警報音。
『ハイド!』
アルノーの声。
だが近づけない。
囮二機がしつこく進路を塞いでいる。
そして。
イーリスは完全にハイドだけを見ていた。
他に興味がない。
ただ。
ハイドを制圧する。
それだけに集中している。
ハイドが呻く。
「なんで訓練でここまでやるんだよ……!」
『ハイドが本気でと言いました』
「言ったけど!」
イーリス機がさらに前へ出る。
踏み込み。
拳。
ハイドは咄嗟に防御。
重い。
同じ機体同士のはずなのに、圧力が違う。
ハイドは歯を食いしばる。
「くっ……!」
その時。
通信。
マリー。
『ハイドさん、右の細道!』
『え?』
『そこ、幅が狭いです!
イーリスさん機動しづらい!』
ハイドが一瞬で理解する。
即座に後退。
狭い路地へ突っ込む。
建物同士の隙間。
量産型がギリギリ通れる幅。
イーリス機が追ってくる。
だが。
確かに速度が落ちた。
ハイドが息を吐く。
「……よし」
少しだけ距離が出来る。
しかし。
通信越しに、イーリスが静かに言った。
『問題ありません』
嫌な予感がした。




