学園の平穏
昼休み。
学園の中庭は少し騒がしかった。
石畳の広場。
噴水。
その周囲に並ぶ長椅子。
生徒たちが昼食を広げ、談笑している。
その一角。
ハイドは妙に居心地悪そうに座っていた。
「……見られてる」
向かいのマリーが苦笑する。
「仕方ないですよ」
「なんで」
「今のハイドさん、学園で一番有名ですから」
レオポルトとの決闘。
八対一の決闘。
ヒノクニ。
空から帰還。
ここ最近だけでも話題が多すぎた。
しかも本人が普通に授業を受けているせいで余計に目立つ。
ハイドはパンを齧る。
「普通にしたいだけなんだけどな……」
その横。
イーリスが静かに食事していた。
フォークで小さく切った果物を口へ運ぶ。
動作は妙に綺麗だった。
マリーが興味深そうに見ている。
「イーリスさんって、ちゃんと食べるんですね」
「はい」
「もっとこう……必要ないのかと思ってました」
イーリスは淡々と答える。
「最低限必要です」
ハイドが言う。
「前聞いたら皮膚のためらしい」
マリーが目を丸くする。
「皮膚?」
「新陳代謝維持」
イーリスは自分の腕を見る。
白く滑らかな皮膚。
人間とほぼ変わらない。
「表皮は有機素材ですので」
マリーが少し困惑した顔をする。
「じゃ、じゃあ中は……」
イーリスは平然と言った。
「骨格です」
ハイドが補足する。
「鉄」
「言い方」
マリーが苦笑する。
「でも本当に不思議ですよね……」
イーリスは小さく首を傾げた。
「?」
「だって、見た目は普通の女の子なのに」
イーリスは少し考えた。
「偽装目的です」
ハイドが即答する。
「怖い言い方するなよ」
そこへ。
「やあ」
穏やかな声がした。
アルノー・グランヴィルだった。
柔らかな雰囲気の青年。
彼は軽く笑って席へ近づいた。
「ここ、いいかな?」
「ああ」
ハイドが頷く。
アルノーは自然な動作で座った。
この辺りの距離感が上手い。
無理に踏み込まず、しかし遠すぎもしない。
アルノーはハイドを見る。
「最近大変そうだね」
「まあ……」
「空を飛んだって本当?」
ハイドが嫌そうな顔をした。
「またそれか」
アルノーが笑う。
「いや、気になるだろう?」
「俺だって未だに気になるよ」
イーリスが静かに紅茶を飲む。
アルノーは彼女を見る。
「イーリスさんは平気だったの?」
「問題ありません」
「対G耐性が?」
「はい」
ハイドがぼそっと言う。
「俺だけ死にかけた」
マリーが吹き出した。
アルノーも笑う。
中庭の空気は穏やかだった。
決闘だの政治だの。
そういう話とは無縁の、普通の学園らしい昼休み。
アルノーがふと聞く。
「ヒノクニって、どんな国だった?」
ハイドは少し考えた。
「変だった」
「雑だなあ」
「いや本当に」
ハイドは思い出す。
大量の改修鉄騎。
武士みたいな人間。
城。
マスドライバー。
そしてクニヒト。
「なんか全員鉄騎好きだった」
アルノーが笑う。
「サクスも似たようなものじゃないか?」
「いや違う」
ハイドは真顔だった。
「あっちはバラバラだった」
マリーが笑いを堪える。
イーリスが静かに補足した。
「機体への執着が高い可能性があります」
アルノーが頷く。
「やっぱりサクスと変わらないじゃないか」
そこへ。
別の生徒たちの声が聞こえてきた。
「おい見ろよ」
「またあそこ集まってる」
ちらちらと視線が来る。
ハイドが嫌そうな顔をした。
アルノーが苦笑する。
「有名人は大変だ」
「勘弁してほしい」
イーリスが静かに言う。
「必要であれば排除します」
空気が止まった。
マリーが固まる。
アルノーも一瞬無言になる。
ハイドが即座に言う。
「やらなくていいからな!?」
「承知しています」
イーリスは平然としていた。
アルノーが乾いた笑みを浮かべる。
「……冗談、だよね?」
イーリスは少し考えた。
「ハイドが望まないため実行しません」
マリーが青ざめる。
「そ、そういう問題なんですか……?」
ハイドが頭を抱える。
「こいつたまにこうなんだよ……」
だが。
イーリス自身は本当に悪気がない。
ただ事実を言っているだけだ。
アルノーは少しだけ苦笑しながら話題を変えた。
「そういえば、次の操縦演習聞いた?」
「ん?」
「模擬市街地戦だってさ」
ハイドが顔を上げる。
「へえ」
「今までより複雑になるらしいよ」
マリーが不安そうな顔をした。
「わ、私あまり得意じゃないかも……」
ハイドが言う。
「大丈夫だろ」
「そうかな……」
イーリスが静かに言った。
「マリーは反応速度自体は平均以上です」
マリーが驚く。
「そ、そうなんですか?」
「はい」
「え」
ハイドも少し驚いた。
イーリスは続ける。
「恐怖による操作遅延が原因です」
マリーがしょんぼりする。
「うぅ……」
アルノーが笑った。
「分析が容赦ないなあ」
けれど。
その空気はどこか穏やかだった。
政治も。
決闘も。
国家間の駆け引きも。
今だけは遠い。
ただの学生たちとして笑っていられる、短い昼休みだった。




