是正勧告
サクス国の空は暗かった。
雲が厚いわけではない。
ただ、空そのものが押し下がってくるような、鈍い灰色をしている。
女王シャルロットは、その空を見上げない。
彼女の視線は常に地上――人々と、国の現実へ向けられていた。
巨大な足音が、一定の間隔で大地を叩く。
女王の鉄騎は飛ばない。
跳躍もしない。
ただ、決められた速度で進み、止まり、向きを変える。
その動きは戦闘機械というより、巨大な儀礼装置に近かった。
鉄騎の首元には、古い宝石を取り付けたチョーカーがある。
一見すれば装飾品だが、その内部には遠隔制御用の送信機が隠されていた。
もっとも、自由自在に操れるわけではない。
現在の技術では、鉄騎の制御機構は完全には解析できていない。
内部プログラムも、遺物由来の認証機構も、詳細は不明のままだ。
分かっているのは、限られた血筋しか起動権限を持たないという事実だけだった。
一定以上近い血縁関係を持つ者でなければ、鉄騎は起動しない。
継承も同様だ。
そのため、王家は鉄騎そのものを完全に作り替えることができない。
外装や駆動構造の大半は、長年のリバースエンジニアリングによって解析されている。
破損部位も修復可能になった。
だが内部の精密部品――特に小型半導体の類だけは再現できない。
サクス国の技術者たちは、巨大化した代替部品を外付けすることで、辛うじて稼働状態を維持していた。
本来存在したはずの機能の多くは、既に失われている。
今できるのは、事前登録された動作の実行だけだった。
歩行。
停止。
方向転換。
威圧姿勢。
それだけだ。
「……十分だ」
シャルロットは、静かに呟く。
今回必要なのは戦闘ではない。
逃げ場のない圧力。
それだけでいい。
女王機の左右には、量産型鉄騎が並んでいる。
同じ形。
同じ色。
同じ装備。
個性を消し、数だけを誇示するための配置だった。
後方には行政官たちを乗せた装甲車列が続いている。
記録官。
法務官。
徴税監査官。
誰も武器を持っていない。
武力は、女王の鉄騎だけで十分だった。
最初の巡察地は、穀倉地帯として知られる平野部だった。
だが進むにつれ、景色の歪みが目につき始める。
畑は荒れ、作物の育ちは悪い。
農民たちは痩せ、誰も顔を上げようとしない。
シャルロットは無言のまま、それらを見ていた。
やがて領主の城館へ到着すると、貴族は慌てた様子で出迎えに現れた。
豪奢な衣服。
整えられた髪。
貼り付けたような笑み。
「これは女王陛下。まさか直々にお越しになるとは――」
「挨拶はいい」
シャルロットは鉄騎を停止させる。
コクピットだけを開き、地上へは降りない。
見下ろす位置を崩さなかった。
「監査を行う。
帳簿、徴税記録、労役記録、処罰記録。
全て提出しろ」
貴族の笑顔が、一瞬だけ固まる。
「もちろんです。しかし地方には地方の事情が――」
「事情、か」
シャルロットは淡々と記録を読み上げる。
「収穫量は減少。
だが徴税率は増加。
労役日数も増えている。
その結果、耕作放棄地が拡大。
さらに未納者への公開処罰が常態化している」
静かな声だった。
だからこそ、逃げ場がない。
「これを統治と呼ぶつもりか?」
貴族の額に汗が滲む。
「へ、陛下……私は領地維持のために必要な判断を――」
そこでシャルロットは、外部通信を切った。
鉄騎の駆動音だけが低く響く。
彼女は少しだけ身を乗り出した。
「お前の長子は、王立学園に在籍していたな」
貴族の顔色が変わる。
「成績は優秀。
将来を期待されている」
シャルロットの声に感情はなかった。
「人は、いつ死ぬか分からない」
貴族の喉が引き攣る。
「もちろん、何もなければ何も起きない。
お前が正しく領地を立て直すなら、だ」
沈黙。
その重圧だけで十分だった。
「……改善いたします」
量産型鉄騎が、一斉に一歩前へ出る。
地面が震えた。
「徴税率を是正せよ労役日数を減らせ処罰記録を公開制から改めよ。
三ヶ月ごとに中央へ報告を提出。次回の巡察で改善が見られなければ」
彼女はそこで言葉を切った。
続きは言う必要がない。
貴族自身が理解していた。
「……承知しました」
声は掠れていた。
抵抗する気力は、もう残っていない。
シャルロットは通信を戻す。
「記録せよ」
行政官たちが無言で書類をまとめ始める。
鉄騎は再び歩き出した。
次の領地へ向かって。
コクピットの中で、シャルロットは静かに目を閉じる。
送信機が低く振動している。
鉄騎は、登録された動作だけを正確に繰り返す。
感情も、迷いもない。
「……これでよい」
彼女は小さく呟く。
鉄騎は飛ばない。
剣を振るって暴れもしない。
だが。
女王の鉄騎が来る。
それだけで、人々は逆らえなくなる。
シャルロットが選んだのは、
力による破壊ではなく。
力を背景にした、強制的な統治だった。
「次へ向かいましょう」




