絶叫帰還
ヒノクニ城、裏の断崖上部
そこには――例の装置がある。
マスドライバー。
山の斜面をそのまま削ったような巨大なレール。
二本の電磁加速軌道が、ゆるい角度で空へ向かって伸びている。
レールの長さは、鉄騎を何十体並べても足りないほどだ。
ハイドはデュークのコクピットの中からそれを見上げていた。
「……」
しばらく無言。
そして言った。
「……帰るんですよね」
通信でクニヒトが答える。
「そうだ」
「船とか」
「使わぬ」
「以降のサクスとの交渉は共に来たサクスの外交官が引き継ぐ」
「……」
「これが一番速い」
ハイドは天井を見上げた。
「一番怖いんですけど」
横でイーリスが端末を操作している。
デュークのシステムがマスドライバーと接続される。
「データリンク確立」
ハイドが言う。
「ちょっと待て」
イーリスは淡々としている。
「弾道計算開始」
巨大なモニターに地図が出る。
ヒノクニ。
海。
その向こう。
サクス王国の沿岸。
イーリスが言う。
「着水地点設定」
ハイドが画面を見る。
「……湖?」
「はい」
「陸じゃないの?」
「履歴を遡り前回降下ポイントに設定しました」
イーリスは説明する。
「現在の装備では減速能力が不足しています」
ハイドは嫌な予感がした。
「……どういう意味」
「通常、鉄騎の降下には減速用ブレーキバーニアを使用します」
「うん」
「デュークにはありません」
「……」
「従って水面着水が最適です」
ハイドは頭を押さえた。
「……また泳ぐのか」
イーリスは答える。
「距離は二キロ以内です」
「遠い」
ハナコの声が通信に入る。
「慣れろ」
ハイドは言う。
「慣れる予定ない」
マスドライバーの発射台に、デュークが固定される。
巨大なクランプが脚と腰を固定する。
ガチン、と重い音。
もう動けない。
外ではヒノクニの兵たちが準備をしている。
クニヒトの声。
「発射班」
「準備完了」
カウント担当はヒノクニ側の兵だ。
つまり。
「外からやるのか……」
ハイドが呟く。
イーリスが言う。
「通常シーケンスです」
そして。
「操縦席シート固定」
ハイドの身体がシートに押し付けられる。
ベルトが締まる。
かなりきつい。
「……イーリス」
「はい」
「なんかきつくない?」
「発射時の加速対策です」
ハイドは言う。
「対策って」
イーリスが静かに言った。
「通常であれば」
一拍。
「人間は対Gスーツを着用します」
ハイドが固まる。
「……は?」
「血液が下半身に集中するのを防ぐ装備です」
「……」
「ですが」
イーリスは続けた。
「今回はありません」
沈黙。
ハイドがゆっくり言う。
「今それ言う?」
「情報共有です」
さらに続ける。
「また、通常は着地減速のためにブレーキバーニアを使用します」
「さっき聞いた」
「デュークにはありません」
「……」
「パラシュートは装備されています」
ハイドは少し安心した。
「よかった」
イーリスが続ける。
「ただし」
嫌な間。
「鉄騎の重量のため、完全減速は困難です」
ハイドが天井を見る。
「つまり?」
「耐えてください」
沈黙。
ハイドは言った。
「最初からそれ言え」
外から声が聞こえる。
「発射準備完了!」
巨大な電磁コイルが唸り始める。
レールの表面に青白い光が走る。
イーリスが言う。
「弾道設定完了」
モニターに線が表示される。
ヒノクニから海を越え、サクス近海へ。
「安全圏です」
ハイドは言う。
「全然安全に見えない」
外から声。
「カウント開始!」
ハイドの心拍が上がる。
イーリスは静かだ。
「九」
巨大なレールが振動する。
「八」
ハイドが言う。
「イーリス」
「はい」
「これ成功率どれくらい」
「九十七パーセント」
「三パーセント何」
「海流誤差、風、着水角度」
「二」
ハイドは目を閉じた。
「一」
次の瞬間。
衝撃。
世界が一瞬で引き伸ばされた。
デュークがレールを滑る。
いや、滑るという速度ではない。
視界が線になる。
凄まじい加速。
身体がシートに押し潰される。
ハイドが叫ぶ。
「うわああああ!!」
イーリスの声は冷静だ。
「加速正常」
レールの終端。
そして。
空。
デュークが空へ放り出された。
雲の上。
海が遠くに見える。
数秒、完全な無重力。
ハイドが震えた声で言う。
「……飛んだ」
イーリスが答える。
「はい」
パラシュートシステムが待機状態に入る。
デュークは放物線を描いて湖へ向かう。
ハイドは遠くを見る。
水平線。
そして。
かすかに陸地。
サクス王国。
イーリスが言う。
「帰還コース良好」
ハイドは深く息を吐いた。
「……もう二度と乗らない」
イーリスは少し考えた。
「次回も使用する可能性があります」
ハイドは叫んだ。
「嫌だ!!」




