遠慮なき言葉
ヒノクニ城が見えてきたのは、日が傾き始めた頃だった。
平野の向こうに、白い城壁と巨大な天守が浮かび上がる。
遠くから見ても、あの城が普通の城とは違うことが分かる。
イーリスが言った通り、オオサカジョウを真似た建築らしい。
だが規模はさらに大きい。
高く積まれた石垣。
その上に幾重にも重なる屋根。
そして城の前には、広い平地と鉄騎の進入を想定したような巨大な通路がある。
「……でかいな」
ハイドが呟く。
「はい」
イーリスが答える。
「防御構造は極めて合理的です」
「でも目立つな」
「はい」
「敵からも見えるだろ」
「威圧効果を優先している可能性があります」
デュークは城下を通り、城門へと近づいていく。
門の前では、すでに兵たちが整列していた。
その中央に立っているのは――
クニヒトだった。
隣にはハナコもいる。
デュークが近づくと、兵たちが一斉に道を開く。
鉄騎が城門前で止まると、ハイドはゆっくりと機体を屈ませた。
コクピットのハッチを開ける。
外の空気が流れ込む。
ハイドが梯子を降りると、兵たちの視線が一斉に集まった。
決闘を終えたばかりの鉄騎乗り。
そして、降伏文書を持ち帰った大使。
注目されないはずがない。
ハイドは少し居心地が悪そうに歩き、クニヒトの前で止まった。
そして、巻物を差し出す。
「……降伏文書です」
クニヒトは受け取った。
巻物を開く。
数秒、目を通す。
そのあと、小さく頷いた。
「確かに受け取った」
周囲の兵たちが、少しざわめく。
戦が一つ終わった証拠だからだ。
クニヒトは巻物を部下に渡すと、ハイドの方を見た。
そして、ふっと笑った。
「やはり」
静かな声だった。
「外の者が最適だったな」
ハイドは首をかしげる。
「……外の者?」
クニヒトは城の方を見ながら言う。
「あの城主は、身内の言葉を聞かない」
「……」
「周囲の武家も、役人も、皆あれに付き合わされていた」
少し肩をすくめる。
「だが、外から来た者なら遠慮がない」
ハイドは苦笑した。
「遠慮は……」
少し考える。
「確かにしてないですね」
イーリスが横で静かに言う。
「意図的です」
クニヒトはそれを聞いて、少し笑った。
「いい」
そしてハイドを見る。
「それでいい」
少し間を置いて続けた。
「身内は、どうしても手加減する」
「……」
「だが外の者は違う」
その言葉は、どこか満足そうだった。
「だからこそ、あいつも逃げられなかった」
ハイドは頭をかいた。
「……町中であれを流すのは、ちょっとやりすぎた気もしますけど」
クニヒトは即答した。
「いや」
「え?」
「ちょうどいい」
そう言ってから、横を見る。
ハナコがいた。
そして――
どこか不服そうな顔で、じっとハイドを見ていた。
腕を組み、眉をわずかに寄せている。
怒っている、というより、
納得はしていない顔だった。
ハイドは少したじろぐ。
「……え?」
ハナコは低く、落ち着いた声で言った。
「……町中で流したそうですね」
「……はい」
「“腰抜け城主”と」
「……はい」
「何度ほど言いました?」
ハイドは少し考える。
「……三回くらいです」
ハナコは、はぁ、と小さく息を吐いた。
「城主ですよ」
「……はい」
「仮にも武家です」
「……はい」
「しかし」
ハナコは腕を組んだまま続ける。
「誰も言えなかったのも事実です」
ハイドは目を瞬かせた。
「……え?」
ハナコは少しだけ視線を逸らす。
「武家同士では角が立つ。
だが、役人が言えば処罰される」
「……」
「まぁ、だからこそ、
誰も止められなかったのでしょう」
ハイドはクニヒトを見る。
クニヒトは面白そうに眺めているだけだった。
ハナコは再びハイドを見る。
「言い方は酷いと思います」
「……はい」
「町中に流す必要があったかは疑問です」
「……はい」
「ですが」
そこで、ほんの少しだけ口元が緩んだ。
「効果は抜群でした」
ハイドはしばらく言葉を失った。
イーリスが静かに言う。
「社会構造上の問題です」
クニヒトが笑う。
「そういうことだ」
ハイドは苦笑した。
「……怒ってるのかと思った」
ハナコは少し考えるようにしてから答えた。
「半分は怒っています」
「半分」
「品がありませんので」
「……すみません」
「ですが」
ハナコは背を向けながら言う。
「城主の顔は、少し見てみたかったですね」
そう言って歩いていった。
ハイドはしばらく呆然としていた。
クニヒトが横で言う。
「気にするな」
「……」
「ハナコはあれでも機嫌がいい」
ハイドはため息をついた。
「……分かりにくい」
イーリスが言う。
「人間は複雑です」
夕日が城壁を赤く染める。
こうして。
キョウ城の降伏は正式に受理され、
ハイドの任務は終わった。
だが――
この出来事は、ヒノクニ城内で思わぬ形で語られることになる。
「町中で城主を腰抜け呼ばわりして引きずり出した鉄騎乗り」
その妙な噂は、武士たちの間で静かに広がり始めていた。




