臆病者は臆病者と呼ばれる
城主の鉄騎が地面に押さえつけられたまま、しばらく誰も動かなかった。
町の中央広場。
城門前。
そこに集まっていた町民も、兵も、商人も、全員が同じ顔をしている。
ぽかん、と口を開けた顔。
先ほどまでの怒号も、威勢も、全部が一瞬で消えた。
デュークの足元では、城主の鉄騎がまだ小刻みに震えている。
コクピットの中で、操縦者が慌てているのが動きで分かる。
「……」
ハイドは操縦桿を握ったまま、少しだけ困った顔をした。
「……これで終わり、か?」
「はい」
後ろの簡易席で固定されているイーリスが答える。
「降伏宣言は確認しました」
「いや、なんか……」
ハイドは周囲を見回した。
町の人々がまだ状況を理解していない。
「……あっけないな」
「合理的でした」
イーリスはいつも通りの声で言う。
「対象は臆病です。
威圧による意思決定の変化が大きい」
ハイドは少し苦笑した。
「盾でコクピット小突くだけで降伏するとは思わなかった」
「対象心理に適合した刺激です」
コクピット外のスピーカーを通して、ハイドは再び声を出す。
「キョウ城主」
すぐに返事が返る。
「は、はい!!」
先ほどまでの威勢はどこにもない。
完全に怯えた声。
「降伏文書を提出してもらう」
「わ、分かった!!」
城主の鉄騎のハッチが慌てて開く。
中から出てきた男は、豪華な衣装を着ているが、動きがぎこちない。
汗だくで、足元もおぼつかない。
地面に降りた瞬間、周囲の視線を一斉に浴びた。
町民。
兵士。
商人。
全員が見ている。
その視線の意味は、城主自身が一番理解しているようだった。
さっきまでの「腰抜け城主」という言葉が、頭の中でぐるぐる回っているのだろう。
「……」
城主は周囲を一度見渡し、すぐに目を逸らした。
その様子を、ハイドはコクピットから見ていた。
「……なんというか」
「はい」
「本当に腰抜けだったな」
「分析通りです」
城門の内側から役人らしき者たちが慌てて走ってくる。
書類箱を抱え、何やら相談している。
城主はその中の一人から巻物を受け取り、震える手で持った。
そして、恐る恐るデュークを見上げる。
巨大な鉄騎の影に、完全に怯えている。
「……こ、これが」
声が裏返る。
「降伏文書だ」
ハイドはスピーカーで答える。
「こちらに提出」
城主は慌ててうなずき、役人に何かを命じる。
役人たちは梯子のような台を持ってきて、恐る恐るデュークの足元まで近づく。
鉄騎の影の中に入るのが怖いのか、全員動きがぎこちない。
「……」
ハイドは少しだけ姿勢を緩めた。
「イーリス」
「はい」
「これ、本当に終わり?」
「はい」
イーリスは即答する。
「降伏文書を受領すれば、任務完了です」
「……」
ハイドは外を見ながら思った。
決闘はあっけない。
降伏もあっけない。
だが――
町の空気は、少し変わっていた。
さっきまで沈んでいた人々の顔が、微妙に違う。
驚き。
安堵。
そして、少しだけ笑いをこらえている顔。
城主の様子を見て、町の人々が小さくざわつく。
「……」
ハイドはその空気を感じ取った。
「イーリス」
「はい」
「さっきの原稿」
「はい」
「……あれ、効きすぎじゃないか」
イーリスはほんの少しだけ首を傾げた。
「適切な言語刺激でした」
「いや、町中に流す内容じゃないだろ」
「対象は城主です」
「町の人も聞いてた」
「はい」
イーリスは淡々と言う。
「それが重要です」
ハイドは少し考えた。
そして、理解する。
「……ああ」
町中に聞こえた。
つまり。
もうこの城主は、逃げられない。
「……」
城主が梯子の上から震える手で文書を差し出す。
役人がそれを受け取り、長い棒の先に挟んでデュークのコクピット付近まで持ってくる。
ハイドはマニピュレーターで慎重に受け取った。
巻物は、重かった。
「受領確認」
イーリスが言う。
「内容スキャン」
数秒後。
「ヒノクニ皇帝クニヒト宛、正式降伏文書です」
ハイドは大きく息を吐いた。
「……終わった」
デュークがゆっくり立ち上がる。
押さえつけられていた城主の鉄騎は、まだ動けない。
城主本人は地面に降りたまま、放心している。
周囲の町民の視線が、じわじわと城主に向かう。
それはもう、以前のような敬意の視線ではない。
ハイドはそれを見て、少しだけ気まずくなった。
「……なんか、かわいそうだな」
イーリスは即答した。
「いいえ」
「え?」
「自業自得です」
少し間を置いて、続ける。
「むしろ町民の被害が減る可能性が高いです」
ハイドはゆっくりうなずいた。
「……そうか」
デュークが向きを変える。
キョウ城を背に、城下町を歩き始める。
町の人々が道を開ける。
さっきまでと違い、視線はどこか軽い。
そして、誰かが小さく言った。
「腰抜け城主……」
その言葉が、くすくすと広がる。
ハイドは思わず苦笑した。
「……しばらく消えないな」
「はい」
イーリスは答える。
「少なくとも十年は残る可能性があります」
「長すぎるだろ」
デュークの足音が、再び平野へと向かう。
任務は終わった。
あとは、この降伏文書をヒノクニ城へ持ち帰るだけ。
だが――
ハイドはまだ知らない。
この一件が、ヒノクニの中で思った以上に大きな話題になることを。
そして、彼自身の名前が、この国で少しずつ広まり始めることを。
——————
キョウ城下町を離れてしばらくすると、町のざわめきは背後に消えていった。
平野に出ると、風の音とデュークの足音だけが残る。
巨大な機体が歩くたび、地面が鈍く震える。
ハイドはコクピットの中で、ようやく肩の力を抜いた。
「……終わったな」
操縦桿を軽く握り直しながら呟く。
「はい」
後ろの簡易席に固定されたイーリスが答える。
「任務は完了しています」
「なんか……」
ハイドは遠くの山を見ながら言う。
「決闘より疲れた」
「心理的負荷が大きかった可能性があります」
「そういう問題かな……」
少し沈黙が流れる。
やがてハイドは、ふと思い出したように言った。
「そういえば」
「はい」
「さっきの原稿」
「はい」
「……あれ、いつ作った」
イーリスはすぐに答えた。
「城門前で約三分です」
「三分!?」
「対象の心理傾向は事前に分析済みでした」
「いやそうじゃなくて」
ハイドは苦笑する。
「あんなに煽る必要あったか?」
イーリスは少しだけ考えた。
「ありました」
「断言するなあ」
「対象は名誉を最重要視します」
淡々と続ける。
「そのため
“町全体に聞こえる形で侮辱する”
ことが最も効果的です」
ハイドは天井を見上げた。
「……確かに出てきたけど」
「想定通りです」
イーリスの声は平坦だ。
「むしろ予定より早かったです」
「そうなの?」
「原稿の後半を使う前に出てきました」
ハイドは振り返りそうになった。
「後半あったのか」
「あります」
「……どんな内容?」
イーリスは一瞬沈黙した。
「より直接的です」
「聞かなくていい気がしてきた」
デュークは丘を越え、ゆっくりと進んでいく。
遠くに川が見える。
その先には、ヒノクニの城があるはずだ。
ハイドはコクピットの外を見ながら、ふと呟く。
「でもさ」
「はい」
「町の人たち、ちょっと笑ってたよな」
イーリスは答える。
「はい」
「なんか……」
ハイドは言葉を探す。
「嬉しそうだった」
少し間があった。
イーリスが静かに言う。
「長期間、状況が停滞していた可能性があります」
「停滞?」
「城主が降伏しないことで
戦争状態が形式上続いていました」
ハイドは理解する。
「交易とか、止まるのか」
「はい」
「兵も張り付くし、税も上がるし……」
「その可能性が高いです」
ハイドは息を吐いた。
「……そりゃ嫌になるな」
デュークは歩き続ける。
その巨大な背中に、夕方の光が当たり始めていた。
しばらくして、イーリスが言った。
「通信を受信しています」
「クニヒトか?」
「はい」
ハイドは回線を開いた。
すぐに、低く落ち着いた声が聞こえる。
「ハイド」
「……はい」
「早かったな」
「終わりました」
少し間があった。
「……降伏したか」
「はい」
「どうやった」
ハイドは一瞬黙った。
イーリスが横で静かに見ている。
「……決闘しました」
「それは分かる」
クニヒトは言う。
「その前だ」
ハイドは苦笑した。
「ちょっと……町中で呼び出しました」
「呼び出し?」
「ええ」
さらに数秒の沈黙。
「……詳しく聞こう」
ハイドは、原稿のことを簡単に説明した。
話し終わる頃、通信の向こうでクニヒトが笑っていた。
声を出して笑うタイプではない。
だが、はっきりと笑っている。
「なるほど」
「……怒ってます?」
「いや」
クニヒトは言った。
「見事だ」
ハイドは少し安心した。
「ただし」
「……はい」
「その城主は、しばらく外を歩けないだろうな」
ハイドは思わず苦笑する。
「たぶん」
クニヒトは続けた。
「だが、それでいい」
「え?」
「名誉で縛るのは、この国の古いやり方だ」
静かな声だった。
「臆病者は、臆病者と呼ばれる」
ハイドは何も言わなかった。
通信が切れる。
夕日が平野を赤く染めていた。
デュークは歩き続ける。
ヒノクニ城へ。
そして、その帰路の途中で――
ハイドはまだ知らない。
この出来事が、城内の武士たちの間で妙な話として広まることを。
「腰抜け城主を声で引きずり出した鉄騎乗り」
そんな奇妙な噂が、もうすぐヒノクニのあちこちで語られるようになることを。




