ヒノクニ
ヒノクニ港は、サクスの港とは空気そのものが違っていた。
潮の匂いは同じはずなのに、どこか乾いている。
石造りの埠頭は低く広く、船を迎えるためというより「整列させる」ために作られているように見えた。
船が接岸すると同時に、周囲のざわめきが一瞬で静まる。
甲板上、座らされたままのデュークが、ゆっくりと頭部を動かした。
その動きに合わせるように、港に集まっていた人々が一斉に視線を向ける。
――恐怖ではない。
――驚きでもない。
「……観察、だな」
ハイドはそう感じた。
値踏みとも違う。
それは、当たり前の存在を確認する視線だった。
「ここでは鉄騎は“珍品”ではない」
クニヒトが前を向いたまま言う。
「生活に溶け込んでいる、とまでは言わん。
だが、“特別扱い”するものでもない」
クニヒトが船首に立ち、港に向かって片手を上げる。
それだけで、動きかけていた衛兵たちが止まった。
「――皇帝陛下だ」
誰かが小声で言う。
次の瞬間、港全体が一段低くなったかのように、人々が頭を下げた。
クニヒトは振り返り、ハイドたちに向けて短く言う。
「私が先導する。
余計な摩擦は避けたい」
「……助かります」
ハイドは正直に答えた。
彼が前に立つだけで、周囲の空気が変わる。
それは威圧ではなく、秩序だった。
一行は城下町へと入る。
道は広く、直線が多い。
露店や市場はあるが、どれも道の端にきっちりと収められている。
人々は視線を向けるが、道を塞がない。
近寄りもしない。
「……整ってますね」
思わず漏れたハイドの言葉に、クニヒトが小さく鼻を鳴らす。
「都市は流れだ。
人、物資、兵。
止まれば死ぬ」
彼は周囲を軽く見渡した。
「無駄な導線は、戦時にはそのまま損失になる」
やがて、城が見えた。
ハイドは、言葉を失う。
「……でかい」
それは率直な感想だった。
白と黒を基調とした巨大な天守。
層を重ねた屋根は空に向かって段々に広がり、全体が一つの山のように見える。
「これは……城、なんですか?」
「そうだ」
クニヒトは迷いなく答えた。
「“オオサカジョウ”を模して造らせた」
「……オオサカ?」
「先人の文明期に存在した建築だ。
もっとも、実物よりは大きい」
「なんで、わざわざ?」
クニヒトは少しだけ笑う。
「象徴は、大きい方が良い。
それに、この構造は防衛にも向く」
彼は城を見上げた。
「複雑な内部構造を作りやすい。
侵入者を迷わせるには都合がいい」
そして、口元を歪める。
「何より――
見栄えが良いだろう?」
ハイドは苦笑した。
城門をくぐる。
石と鉄で組まれた巨大な門は、鉄騎がそのまま通れる幅を持っていた。
門を抜けてすぐ、視界が開ける。
そこにあったのは――
格納庫だった。
「……城の中に?」
ハイドは思わず足を止める。
「城郭の第一層だ」
クニヒトが答える。
「上級鉄騎用格納庫。
儀礼用、実戦用、試験用……
全部まとめて置いてある」
中を見て、ハイドは息を呑んだ。
そこには――
無数の鉄騎が立っていた。
だが、奇妙なことに、同じ姿の機体が一つもない。
肩の形が違う。
脚部の構造が違う。
背部ユニットの配置も、関節の太さも、すべてが異なる。
「……全部、違う?」
「ああ」
クニヒトは即答する。
「ヒノクニの鉄騎は、全機が改修済みだ。
同型機など、ほぼ存在せん」
彼は歩みを止め、天井を見上げる。
「理由は単純だ。
この世界には、もう化石燃料がない」
ハイドは黙って聞く。
「先人どもが使い潰した。
残ったのは、遺物だけだ」
彼は近くの機体を軽く叩く。
「ヒノクニに残された鉄騎は、空戦前提のものが多い。
高高度、高速移動、軽量構造」
「……それだと」
「対鉄騎戦には向かん」
クニヒトは断言した。
「装甲が薄い。
近接にも弱い。
地上で粘る設計ではない」
彼は肩をすくめる。
「だから、改修する。
使えぬなら、使えるように変える」
ハイドは、デュークを振り返った。
重装甲。
重量級。
純粋な地上戦用。
この格納庫の中では、むしろ異質な存在だった。
「……なるほど」
「お前の機体は、面白い」
クニヒトは率直に言った。
「あそこまで“地上戦だけ”に割り切った設計は、久しく見ていない」
彼は視線を工房の方へ向ける。
「私の機体は、あちらだ」
桜色だった名残をわずかに残す、無残な骨組みが、慎重に運ばれていく。
「治させる。
どうせ、また使う」
その言い方には、敗者の悔恨はなかった。
ただ、当然のような未来予測だけがあった。
「デュークは――」
「ここで待機させる」
クニヒトは格納庫の一角を指す。
そこには、確かに一機分の空きがあった。
「上級鉄騎用だ。
不足はない」
デュークが指定位置に進み、静かに立つ。
重い足音が止まり、格納庫に静寂が戻る。
ハイドは、改めてこの国を見回した。
城。
鉄騎。
人々の距離感。
――ここは、鉄騎と共に生きる国だ。
「……クニヒト陛下」
小さく呼ぶ。
「なんだ」
「ここ、面白いですね」
クニヒトは一瞬だけ目を細めた。
「なら、退屈はせずに済みそうだな」
ヒノクニでの滞在は、
まだ、始まったばかりだった。




