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炭鉱奴隷の俺が古代兵器「鉄騎」の力で成り上がる  作者: お湯0uy2
学園編

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50/51

 

歓声は、波のように押し寄せては引いていった。


デュークの中で、ハイドはようやく操縦桿から力を抜く。

指が、じんわりと痺れている。

今になって、全身に遅れてきた疲労が広がっていくのが分かった。


外では、審判が高らかに宣言を繰り返している。

ヒノクニ代表、クニヒトの敗北。

よって――


王国サクスの勝利。


女王シャルロットは、バルコニーの前に進み出た。

白を基調とした装束が、風にはためく。

クラウンは動かない。


だが、その存在感だけで、場は静まっていった。


「ヒノクニ皇帝クニヒトの勇気と誇りに、王国を代表し敬意を表します」


女王の声は、よく通る。

張り上げる必要がない。


「そして――我が王国の代表、ハイド」


一瞬、ハイドの胸が跳ねた。


「その戦いぶり、見事でした」


短い言葉。

だが、重い。


クニヒトは片手を上げて応えた。

その表情に、未練はない。


「約定通り、両国は武をもっての争いをここに終結させます。

ヒノクニとの国交は、改めて交渉の席につきましょう」


女王は、そこで一拍置いた。


「ただし――」


その一言で、空気が引き締まる。


「本日の戦いは、個の武勇に留まるものではありません。

 鉄騎という遺物を、いかに“扱うか”。

 それを示した場でもありました」


視線が、ハイドへ向く。


「力に溺れず、恐怖から目を逸らさず、それでも前に出る。

 その在り方こそ、我が王国が今後示すべき姿です」


女王は、そこで微笑んだ。


「誇りなさい、ハイド。

 あなたは、サクスの近衛騎士です」


その言葉が落ちた瞬間、

歓声は、先ほどとは比べものにならないほど大きくなった。


ハイドは、どうしていいか分からず、ただ立ち尽くす。


「……イーリス」


『はい』


「これ、夢じゃないよな」


『夢ではありません。心拍、正常。現実です』


「……そっか」


短く息を吐く。


炭鉱の闇。

鞭の音。

土の匂い。


それらが、遠い記憶になりつつあることに、少しだけ戸惑う。


デュークの装甲越しに、風が当たる。

外は、こんなにも広かったのか。


整備班が、慎重に近づいてくる。

クニヒトの機体の回収が始まり、

観戦席からは、まだ興奮のざわめきが消えない。


イーリスが、静かに言った。


『お疲れさまでした。本当に』


「……なあ」


『何でしょう』


「俺さ」


 言葉を探す。


「まだ、よく分かってないんだ。

 近衛騎士とか、国を賭けた戦いとか」


『はい』


「でも――」


「今日、負けたくなかった。

 それだけは、はっきりしてる」


 イーリスは、少しだけ考えるように沈黙した。


『それで十分だと思います。

 “理由”は、後から追いついてくるものです』


 ハイドは、小さく笑った。


「……お前、たまに難しいこと言うよな」


『学習の成果です』


「そっか」


デュークのハッチが、ゆっくりと開き始める。


外の光が、差し込んでくる。


ハイドは、眩しさに目を細めながら、思った。


(多分……もう、戻れない)


炭鉱には。

あの闇には。


だが、不思議と怖くはなかった。


隣には、イーリスがいる。

足元には、デュークがいる。


それで、いい。


遠くで、女王シャルロットが次の準備に入っているのが見える。

勝利の後始末。

 

外交。

国内への影響。


この一戦が、波紋を広げていくのは間違いない。


 

ハイドは、まだ知らない。


これから自分が――

“王国の象徴の一つ”として、

どれほど多くの視線を集めることになるのかを。


だが、今はただ。


地面に足をつけ、

深く、息を吸った。


——————


 数日後。


城の外港は、朝靄に包まれていた。

石造りの埠頭に、重い足音が響く。


デュークだった。


 白と緑の装甲は修復を終え、整然とした姿に戻っている。その背後、巨大な荷台を曳いていた。鎖と梁で組まれた即席の輸送台。そこには――


 桜色だった鉄騎の残骸。


 クニヒトの機体は、もはや“機体”とは呼び難い。左腕は欠け、肩部フレームは歪み、装甲は無残に剥がれている。パージされた部位や砕けた補助機構も、まとめて荷台に載せられていた。

 だが、乱雑ではない。

 丁寧に、回収され、括られている。


それを、ハイドは少し離れた位置から見ていた。


自分が壊した――とは思っていない。

だが、自分が“終わらせた”のは事実だ。


「随分、律儀だな」


隣で、クニヒトが言った。

長い髪を後ろで束ね、簡素な外套を羽織っている。戦場で見たときより、ずっと旅人に近い姿だった。


「壊れたものまで、全部持ち帰らせるとは」


ハイドは、どう返していいか分からず、少し考えてから言う。


「……向こうで、直すんだろ?」


「直すさ。時間は少々かかるがな」


クニヒトは、荷台の桜色の残骸を見上げる。


「負けたからと言って放棄出来るほど鉄騎の価値は安くはない」


その声に、悔恨はない。

あるのは、次を見据える落ち着きだけだ。


その背後で、近衛の女が一歩前に出た。


ハナコ。

切り揃えた髪、鋭い目つき。

立ち姿に、無駄がない。


彼女は、ハイドをじっと見てから、軽く頭を下げた。


「ヒノクニ近衛、ハナコです。

 この度の護送と交渉、感謝します」


「……ハイドです」


名乗り返すと、ハナコは一瞬だけ目を細めた。


「あなたが……」


それ以上は言わない。

だが、警戒は隠していない。


イーリスが、ハイドの半歩後ろに立つ。


いつも通りの制服姿。

表情は穏やかだが、視線は周囲をよく見ている。


「出航準備、整っています」


淡々とした声。


数人の大臣たちが、少し離れた場所で小声で打ち合わせをしている。

今回の任務は、“護送”であり、“外交”だ。


ヒノクニとの国交再開。

その象徴として、決闘の勝者であるハイドが“大使役”に選ばれた。


本人の意思は――ほとんど、聞かれていない。


「……俺でいいのか?」


小さく呟く。


イーリスは、すぐに答えた。


「最適です。

 ヒノクニ側が“敗北を受け入れた”と示すには、あなたが同行するのが最も分かりやすい」


「……そういうもんか」


クニヒトが、少し笑う。


「そういうものだ。

 武で決めた以上、顔を合わせて終わらせる必要がある」


彼は、空を見上げた。


大陸の端。

ここから先は、海だ。


「それに――」


彼は荷台へ歩み寄り、残骸の一部に手をかける。


「このまま帆に任せて進むのは、少し退屈だな」


そう言って引き出したのは、比較的損傷の少ない腕部の駆動ユニットだった。

関節ごと切り離されたそれには、まだ重い回転機構が生きている。


「おい、それ……」


ハイドが眉をひそめる。


クニヒトは、何でもないことのように言った。


「これを使う」


「使うって……何に?」


「船だ」


短く答える。


近くにいた整備兵が一瞬固まる。


「船の後部に固定しろ。軸は外向きに。回転は水を掻く方向へ調整する」


手際よく指示を出すその様子は、戦場のそれと変わらない。


「電源は――」


クニヒトは、自分の壊れた機体を親指で示した。


「俺の機体から引く」


ハナコがわずかに眉を動かす。


「陛下、それは――」


「問題ない。心臓部は生きている」


淡々とした口調。


だが、その内容は常識外れだった。


イーリスが静かに補足する。


「出力供給は可能です。

 回転制御も安定化できれば、推進力として機能します」


「……本気かよ」


ハイドが呟く。


クニヒトは、わずかに笑った。


「風任せよりは、確実だろう」


やがて、即席の改修が始まった。


腕部の駆動軸が船尾に固定され、補助梁で支えられる。

配線が引かれ、クニヒトの機体残骸へと接続される。


やがて――


低い唸り音。


回転。


水面が裂け、白い飛沫が上がる。


船体が、わずかに前へ押し出される。


「……動いた」


ハイドが思わず呟く。


帆が張られる前から、船は確かな推進を得ていた。


ハナコは、デュークをじっと見つめている。


「……あの鉄騎、命令を出していない」


「はい」


イーリスが答える。


「自律行動です。

 目的地までの牽引と、周囲の安全確保」


「……便利だな」


感心とも、警戒とも取れる声。


クニヒトは、肩をすくめる。


「だからこそ、扱い方を誤ると国が傾く」


彼は、ハイドを見る。


「お前は……どうする?」


「え?」


「この先だ」


海風が、少し強くなる。


ハイドは、すぐには答えられなかった。


近衛騎士。

大使。

鉄騎乗り。


全部、まだ実感がない。


「……分からない」


正直に言う。


「でも、行けって言われた場所には行く。

 戦えって言われたら、戦う」


クニヒトは、少し驚いた顔をしてから、笑った。


「正直だな」


「それしか出来ない」


「それでいい」


彼は、静かに頷く。


「国を動かすのは、策士だ。

 だが、時代を動かすのは――そういう人間だ」


汽笛が鳴る。


帆が広がり、さらに後方の回転機構が水を掻く。


ゆっくりと、だが力強く――船が離岸する。


港が、遠ざかる。


サクスの城が、小さくなっていく。


ハイドは、甲板の上で、手すりを握った。


隣には、イーリス。

背後には、デューク。


そして、向かいには――

かつて刃を交えた、異国の王。


この航海が、何を連れてくるのかは分からない。


ただ一つ、確かなことがあった。


世界は、もう――

炭鉱の中より、ずっと広い。

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