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炭鉱奴隷の俺が古代兵器「鉄騎」の力で成り上がる  作者: お湯0uy2
学園編

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選定会議


桜色の鉄騎が去ったあとも、城はしばらく沈黙していた。


それは単なる静けさではない。

誰もが、今この瞬間から世界が変わってしまったことを理解しながら、それを言葉にできずにいる沈黙だった。


誰もが、何かを言わねばならないと分かっている。

だが、何を言えばいいのか分からない。


怒号も、歓声もない。

ただ、重たい空気だけが、石壁の間に溜まり続けていた。


まるで、城そのものが息を止めているかのようだった。


「…今の時代に国をかけた決闘ですか」


女王シャルロットは、バルコニーからゆっくりと身を引いた。


その動作に、焦りはない。

だが、わずかにだけ、外からは見えない疲労が滲んでいた。


扉が閉まる。


重い音が、静寂の中に吸い込まれる。


その瞬間、城の奥で張りつめていた糸が、ほんのわずかに緩む。

だが、それは解放ではない。


嵐の前に訪れる、短すぎる静寂。

むしろ、これから始まる混乱を予感させるものだった。


回廊に残されたハイドは、しばらく動けずにいた。


視線は中庭に向けられたまま。

だが、その焦点は合っていない。


「……国を賭けるって」


同じ言葉を、もう一度呟く。


その響きは、先ほどよりも重く、現実味を帯びていた。


炭鉱で過ごしていた頃。

“国”というものは、彼にとって具体性を持たない存在だった。


監督官の腰にぶら下がった鞭。

規則と罰。

理不尽と、諦め。


それらの延長線上にある、遠くて、どうしようもなく重たい何か。


自分とは無関係で、だが確実に自分の人生を縛るもの。


だが今、その“国”が、決闘という形で目の前に差し出されている。


逃げ場のない現実として。


「イーリス」


「はい」


「俺、あの人……クニヒトってやつに、見られてたんだよな」


「はい」


イーリスは、迷いなく肯定した。


「観測対象として。

 そして、変化の象徴として」


「……象徴って」


ハイドは、小さく息を吐く。


苦笑に近い表情だった。


「俺、そんな大層なもんじゃない」


「本人の自覚は、重要ではありません」


イーリスは、淡々と続ける。


だがその言葉には、わずかに“重さ”があった。


「外部からどう見えるかが、

 政治的には全てです」


「個人の実態よりも、

 意味づけの方が優先されます」


ハイドは、城の中庭を見下ろした。


つい先ほどまで、あの場所に桜色の鉄騎が立っていた。

その痕跡はもうない。だが、そこにあった“圧”だけが、記憶として残っている。


兵士たちは、まだ散開したままだ。

隊列は乱れ、指示も行き届いていない。


誰もが、次の命令を待っている。


そして同時に、何も起こらないことを願っている。


「……女王様は」


「現在、側近会議を招集しています」


「決闘、受けるつもりなのか?」


イーリスは、わずかに間を置いた。


「受けざるを得ません」


「……だよな」


ハイドは、ゆっくりと拳を握る。


爪が手のひらに食い込む感覚が、妙に現実を強くする。


「代表、誰になると思う?」


「不確定です」


即答。


だが、その直後。


「――ただし」


イーリスは、静かにハイドを見た。


その視線は、いつもよりわずかに強い。


「ハイド様が、

 候補から外れる可能性は低いです」


「……やっぱり」


否定は、できなかった。


心のどこかで、もう分かっている。



その頃。


城の最深部、円卓の間。


重厚な扉に閉ざされたその空間は、外の喧騒とは切り離されていた。

だが、漂う空気の重さは、むしろこちらの方が濃い。


女王シャルロットは、玉座ではなく、円卓の一席に座っていた。


対面には、宰相、軍務卿、学園長。

そして数名の重臣。


誰もが言葉を選びながら呼吸しているような、張りつめた空間だった。


「……ヒノクニ皇帝、クニヒト」


宰相が、重々しく口を開く。


「ヒノクニ、知らぬ国ですな」


女王は静かに答える。


「ですが単騎で乗り込み機体の状態も良い、力のある国の皇帝なのでしょう」


軍務卿が、拳を机の上に置く。


叩きつけるのではなく、“抑える”ような動きだった。


「代表決闘など、前時代的です」


「ええ」


女王は頷く。


「ですが、血を流さぬ外交として正しい」


学園長が、低く言う。


「力を、最も単純で、最も分かりやすい形で示すためですね」


「その通りです」


女王は指を組んだ。


「彼は、私たちの変化を見ている」


「だからこそ、曖昧さを排し、

 “勝敗”という形に落とし込んできた」


宰相が、慎重に言葉を紡ぐ。


「……代表を、陛下ご自身が務める、という選択も」


その提案は、場の誰もが一度は考えたものだった。


だが。


女王は、即座に首を振る。


「私が出れば、負けた場合、王権そのものが失われる」


「国家の象徴が、そのまま敗北の象徴になる」


沈黙。


誰も反論しない。


「では……」


その続きを、誰も言えない。


女王は、視線を円卓の中央に落とす。


「“象徴”が必要です」


その言葉は、静かだった。

だが、はっきりとした重みを持っていた。


沈黙。


全員が、同じ人物を思い浮かべている。


「……ハイド、ですか」


学園長が、ぽつりと口にする。


女王は、わずかに目を細める。


否定もしない。肯定もしない。


「彼は、鉄騎に選ばれた人間です」


それだけで十分な理由になり得る。


だが――


「それだけではありません」


女王の声が、わずかに強くなる。


「この国が、身分を越えて力を認めるという改革の意思」


「その象徴として、最も分かりやすい存在です」


軍務卿が、苦い表情を浮かべる。


「相手は、皇帝自らが出ると言っています」


「だからこそです」


女王は、静かに立ち上がった。


椅子がわずかに軋む音が、やけに大きく響いた。


「対等でなければ、

 彼は最初から、この提案をしない」


円卓の間に、決意が満ちていく。


それは、逃げ場のない選択だった。



夜。


学園の寮。


ハイドは、ベッドに腰掛けたまま、天井を見上げていた。


薄暗い天井の模様が、やけにくっきり見える。


眠れない。


身体は確かに疲れている。

だが、頭だけが異様に冴えている。


思考が止まらない。


イーリスは、部屋の隅に静かに立っていた。


まるで、影のように。


「……なあ、イーリス」


「はい」


「もしさ」


ハイドは、言葉を選ぶように、ゆっくりと話す。


「俺が、代表になったら」


「はい」


「勝てると思うか?」


沈黙。


イーリスは、すぐには答えなかった。


数秒。

十数秒。


その間に、いくつもの計算が行われているかのようだった。


やがて、口を開く。


「現時点では、五分です」


「五分か……」


曖昧なようでいて、妙に現実的な数字だった。


「ですが」


イーリスは、一歩、ハイドに近づく。


「私が介在すれば、

 勝率は上昇します」


ハイドは、顔を向ける。


「それ、ズルじゃないのか?」


「問題ありません代表決闘の規定には、

 “機体に付随する全機能の使用を禁ずる”

 という条文は存在しません」


「……理屈っぽいな」


「仕様です」


ハイドは、わずかに笑う。


緊張が、ほんの少しだけ緩む。


「俺さ」


「はい」


「怖いんだ」


イーリスは、何も言わずに聞いている。


「負けたら、この国、どうなるんだろうって」


「それは」


「分かってる。

 俺一人が背負うもんじゃない」


それでも、と続ける。


「でも……背負わされるんだよな」


イーリスは、静かに言った。


「背負う、ではありません」


「?」


「ハイド様は、“立つ”だけです」


「……立つ?」


「はい」


その声は、いつもよりわずかに柔らかかった。


「前に立つ者がいる、という事実が、人を動かします」


「それが、今の役目です」


ハイドは、目を閉じる。


しばらく沈黙。


そして、小さく息を吐いた。


「……参ったな」


ぽつりと呟く。


「炭鉱にいた頃は、

 明日の飯のことだけ考えてりゃよかったのに」


「今は?」


「……国のこと考えてる」


「成長です」


「冗談きつい」


だが、その声は少しだけ軽くなっていた。



数日後。


王都全体に、正式な布告が出された。


ヒノクニ皇帝クニヒトの代表決闘申し込みを、

サクス王国は受諾する。


代表の選定は、王家の責任において行う。


その一文は、瞬く間に王都中へ広がった。


城下は、一気にざわめく。


賛否。

恐怖。

期待。

そして――興奮。


人々はまだ理解していない。


この決闘が、単なる外交の一手で終わるものではないことを。


もっと大きな流れの、始まりであることを。


そして――


桜色の鉄騎が再び現れる日を、

誰もが無意識のうちに待ち始めていた。


恐れながらも、目を逸らせない。


その中心に。


炭鉱から掘り起こされた、一人の少年がいることを。


歯車は、もう戻らない。


次に動くのは――代表の指名。


そして。


鉄騎と鉄騎が、真正面から向かい合う、その瞬間だった。

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