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炭鉱奴隷の俺が、伝説の鉄騎を掘り当てて女王に拾われるまで  作者: お湯
序章

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4/18

工房


城の裏手、城壁の内側に食い込むようにして建てられた巨大な石造りの建屋――それが王城工房だった。


外から見れば、城の付属施設に過ぎない。

白い城壁に寄り添うように配置され、正面から見れば目立たない。だが一歩足を踏み入れれば、そこはまったく別の世界だった。


内部は常に熱を孕んでいる。

炉から立ち上る熱気、冷えきらない鉄骨、焼けた金属が放つ独特の匂い。油と煤が混じり合った空気は、深く吸い込むと喉の奥がひりつく。白い城の清潔さ、静謐さとは無縁の、生き物の腹の中のような場所だった。


床には削り屑と煤が積もり、完全には掃ききれない黒ずみが残っている。

天井からは鎖や滑車が何本も吊るされ、それぞれが微妙に違う長さで垂れ下がっていた。人が歩くたび、作業台が揺れるたび、鎖同士がかすかに触れ合い、鈍く重たい音を立てる。


――ギィ……ギ……。


それは、工房が常に発している「音」だった。

鉄が冷める音。熱を逃がす音。巨大な構造物が、かろうじて形を保っている証のような軋み。


その中央に、問題の機体は鎮座していた。


他の鉄騎と同じく、専用の台座に固定され、周囲には足場が組まれている。

だが、遠目に見ただけで分かる。

――これは、ただの修理待ちの鉄騎ではない。


傷、凹み、歪み。

炭鉱から強引に引きずり出された痕跡が、外装のあちこちに残っている。岩に擦られ、鎖に引かれ、半ば乱暴に地上へ引き上げられた痕が、そのまま刻まれていた。


それでも――致命的な歪みはない。


骨格は真っ直ぐだった。

フレームの通りは異様なほど正確で、力のかかり方に無理がない。外装が傷だらけであることと、中身が健全であることが、ここまで明確に分かれている鉄騎は珍しい。


「……やっぱ、出来が違うな」


工房班長の男が、足場の下から機体を見上げ、低く呟いた。

五十を越えた熟練工。若い頃から鉄騎に関わり、これまで数え切れない機体を分解し、組み上げ、直してきた男だ。


彼の目は、外装ではなく“線”を追っていた。

関節の位置、装甲の重なり方、力の逃げ道。


「塗装前の状態で、もう“完成してる”感じがする」


それは、設計段階での完成度が高い機体にしか抱かない感覚だった。

作り手の迷いがない。妥協がない。必要なものだけが、必要な位置にある。


「王家の機体ですからね」


若い職人が応じながら、肩部装甲の研磨を進める。

砥石が当たるたび、細かな粉塵が舞い、白い外装が少しずつ均されていく。


「それにしても……」

別の職人が、足元の凹みを指でなぞる。

「この傷、深さの割に内部まで届いてない。普通ならフレームに歪みが出る」


「……ああ」

班長は短く頷いた。

「無駄に硬い」


今回の作業は、リペイント。

致命的な損傷はなく、駆動系も奇跡的に生きていた。関節の反応も鈍っていない。内部機構に至っては、むしろ最近見た量産機よりも素直だった。


問題は、外装と、そして――内部。


「コクピット周り、封印はそのままだな?」


班長の問いに、若い職人が頷く。


「ええ。女王陛下からの命令です。勝手に開けるな、と」


「……そうか」


班長はそれ以上、踏み込まなかった。

実際、この機体のコクピットは妙だった。


外から鍵が見えない。

物理的なロック機構も、いつもの位置にない。装甲の継ぎ目を辿っても、開閉のための構造が見当たらない。


それなのに、閉じている。


無理にこじ開けようとすると、機体全体が沈黙する。

電源を落としたように、完全に反応を止めるのだ。まるで――拒絶しているかのように。


「……まあいい」

班長は気持ちを切り替えるように言った。

「色は指定通りだ。

 “王家の騎士に相応しい色”――抽象的すぎるがな」


職人たちから、小さな苦笑が漏れる。

結局選ばれたのは、白と緑を基調にした配色だった。城の色調に溶け込みながら、王家の紋章色を控えめに主張する色。


派手ではない。

だが、確実に“格”を感じさせる。


そのときだった。


――ギギ……ッ


低く、湿ったような音が、工房内に響いた。


「……?」


最初に気づいたのは、班長だった。

彼は、長年の経験で“おかしな音”を聞き分ける癖がある。


音は、機体の胸部から聞こえてくる。


次の瞬間。


――ガシャン


誰も触れていないはずのコクピットハッチが、ゆっくりと開いた。


「おい、誰か操作したか!?」

「してません!」

「封印も……解除されてない!」


工房内が、一瞬でざわつく。

足場の上の職人が動きを止め、工具が床に落ちる音が響く。


そして。


挿絵(By みてみん)


中から、人影が現れた。


「……は?」


細身の、女性の姿だった。


白に近い肌。

均整の取れすぎた顔立ち。感情の起伏を感じさせない、静かな表情。

動作は無駄がなく、まるで“最初からそこに立つことを想定していた”かのように自然だった。


工房の床に、軽い音を立てて降り立つ。


沈黙。


誰も、言葉を発せなかった。


最初に声を出したのは、班長だった。


「……二人目!?」


思わず、そう叫んでいた。

鉄騎の中から“人が出てくる”というだけでも異常だ。それが、先に確認されている少年ではなく、見知らぬ女性だったのだから、思考が追いつかない。


その女性は、首をかしげた。


「違います」


澄んだ声だった。

はっきりと、よどみなく、工房に響く。


「私は人間ではありません。

 私のボディセルのプリントアウトが、今完了したのです」


一瞬、言葉の意味が理解できなかった。


工房の空気が、完全に凍りつく。


「……ボ、ディ……?」

誰かが、乾いた声で呟く。


女性――イーリスは、周囲を一瞥した。

工具、足場、塗装途中の装甲。天井の鎖の配置まで含め、すべてを一瞬で把握したような視線だった。


「ここは工房ですね」

淡々と告げる。

「作業は順調……とは言えません」


班長は、ようやく我に返った。


「ま、待て。お前は何だ。

 どこから来た。いや、そもそも――」


問いは多すぎて、形にならない。


イーリスは、静かに答えた。


「私は、この機体の外部コミュニケーション用ユニットです。

 現在、自己同一性は維持されています」


意味は分からない。

だが、不思議と“嘘をついている”感じはしなかった。


イーリスは一歩前に出る。

その動きに、誰も止められなかった。


「私は、このあたりを見回してきます」


そう言ってから、少しだけ首を傾げる。


「ですので――」


視線が、塗装途中の装甲に向く。


「ペイント作業の続行を、早くお願いします」


命令だった。

だが、不思議と反発は湧かなかった。

言い方でも、声の強さでもない。“当然そうなる”という前提だけが、そこにあった。


「……お、おい!」


班長が呼び止めるが、イーリスはもう歩き出している。


工房の出口へ向かう背中は、迷いがなかった。

まるで、この城の内部構造を、最初から知っているかのように。


扉が閉まり、再び工房に沈黙が落ちる。


「……」

「……班長」

「……ああ」


班長は、開いたままのコクピットを見上げた。

そこにはもう、誰もいない。


「……とんでもねえもん、掘り当てたな」


誰も否定しなかった。


「いいか」

班長は低く言った。

「見なかったことにしろ、とは言わん。

 だが、余計な口は閉じろ。

 ――あれは、“王家の案件”だ」


職人たちは、黙って頷いた。


再び、工具の音が鳴り始める。

だが、誰もがさっきまでとは違う意識でその機体を見ていた。


ただの鉄の巨人ではない。

中に“意思を持つ何か”を抱えた騎士。


そして、その騎士は――

すでに、自分の意思で歩き出している。

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