↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
炭鉱奴隷の俺が古代兵器「鉄騎」の力で成り上がる  作者: お湯0uy2
序章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
3/79

工房


城の裏手、城壁の内側に食い込むようにして建てられた巨大な石造りの建屋――それが王城工房だった。


外から見れば、城の付属施設に過ぎない。

白い城壁に寄り添うように配置され、正面から見れば目立たない。だが一歩足を踏み入れれば、そこはまったく別の世界だった。


内部は常に熱を孕んでいる。

炉から立ち上る熱気、冷えきらない鉄骨、焼けた金属が放つ独特の匂い。油と煤が混じり合った空気は、深く吸い込むと喉の奥がひりつく。白い城の清潔さ、静謐さとは無縁の、生き物の腹の中のような場所だった。


床には削り屑と煤が積もり、完全には掃ききれない黒ずみが残っている。

天井からは鎖や滑車が何本も吊るされ、それぞれが微妙に違う長さで垂れ下がっていた。人が歩くたび、作業台が揺れるたび、鎖同士がかすかに触れ合い、鈍く重たい音を立てる。


――ギィ……ギ……。


それは、工房が常に発している「音」だった。

鉄が冷める音。熱を逃がす音。巨大な構造物が、かろうじて形を保っている証のような軋み。


その中央に、問題の機体は鎮座していた。


他の鉄騎と同じく、専用の台座に固定され、周囲には足場が組まれている。

だが、遠目に見ただけで分かる。

――これは、ただの修理待ちの鉄騎ではない。


傷、凹み、歪み。

炭鉱から強引に引きずり出された痕跡が、外装のあちこちに残っている。岩に擦られ、鎖に引かれ、半ば乱暴に地上へ引き上げられた痕が、そのまま刻まれていた。


それでも――致命的な歪みはない。


骨格は真っ直ぐだった。

フレームの通りは異様なほど正確で、力のかかり方に無理がない。外装が傷だらけであることと、中身が健全であることが、ここまで明確に分かれている鉄騎は珍しい。


「……やっぱ、出来が違うな」


工房班長の男が、足場の下から機体を見上げ、低く呟いた。

五十を越えた熟練工。若い頃から鉄騎に関わり、これまで数え切れない機体を分解し、組み上げ、直してきた男だ。


彼の目は、外装ではなく“線”を追っていた。

関節の位置、装甲の重なり方、力の逃げ道。


「塗装前の状態で、もう“完成してる”感じだな」


それは、設計段階での完成度が高い機体にしか抱かない感覚だった。

作り手の迷いがない。妥協がない。必要なものだけが、必要な位置にある。


「王家の機体ですからね」

「それにしても……」


別の職人が、足元の凹みを指でなぞる。


「この傷、深さの割に内部まで届いてない。普通ならフレームに歪みが出る」


「……ああ」

班長は短く頷いた。

「無駄に硬い」


今回の作業は、リペイント。

致命的な損傷はなく、駆動系も奇跡的に生きていた。関節の反応も鈍っていない。内部機構に至っては、むしろ最近見た量産機よりも素直だった。


問題は、外装と、そして――内部。


「コクピット周り、封印はそのままだな?」


班長の問いに、若い職人が頷く。


「ええ。女王陛下からの命令です。勝手に開けるな、と」


「……そうか」


班長はそれ以上、踏み込まなかった。

実際、この機体のコクピットは妙だった。


外から鍵が見えない。

開閉のための構造が外から見当たらない。


「……まあいい」

班長は気持ちを切り替えるように言った。

「色は指定通りだ。

 “王家の騎士に相応しい色”――抽象的すぎるがな」


職人たちから、小さな苦笑が漏れる。

結局選ばれたのは、白と緑を基調にした配色だった。城の色調に溶け込みながら、王家の紋章色を控えめに主張する色。


派手ではない。

だが、確実に“格”を感じさせる。


そのときだった。


――ギギ……ッ


低く、湿ったような音が、工房内に響いた。


「……?」


最初に気づいたのは、班長だった。


彼は、長年の経験で“おかしな音”を聞き分ける癖がある。

音は、機体の胸部から聞こえてくる。


次の瞬間。


――ガシャン


誰も触れていないはずのコクピットハッチが、ゆっくりと開いた。


「おい、誰か操作したか!?」

「してません!」

「封印も……解除されてない!」


工房内が、一瞬でざわつく。

足場の上の職人が動きを止め、工具が床に落ちる音が響く。


そして。


挿絵(By みてみん)


中から、人影が現れた。


「……は?」


細身の、女性の姿だった。


白に近い肌。

均整の取れすぎた顔立ち。感情の起伏を感じさせない、静かな表情。

動作は無駄がなく、まるで“最初からそこに立つことを想定していた”かのように自然だった。


工房の床に、軽い音を立てて降り立つ。

誰も、言葉を発せなかった。


最初に声を出したのは、班長だった。


「……二人目!?」


思わず、そう叫んでいた。

鉄騎の中から“人が出てくる”というだけでも異常だ。それが、先に確認されている少年ではなく、見知らぬ女性だったのだから、思考が追いつかない。


その女性は、首をかしげた。


「違います」


澄んだ声だった。

はっきりと、よどみなく、工房に響く。


「私は人間ではありません。

 私のボディセルのプリントアウトが、今完了したのです」


一瞬、言葉の意味が理解できなかった。


工房の空気が、完全に凍りつく。


「……ボ、ディ……?」

誰かが、乾いた声で呟く。


女性――イーリスは、周囲を一瞥した。

工具、足場、塗装途中の装甲。天井の鎖の配置まで含め、すべてを一瞬で把握したような視線だった。


「ここは工房ですね」

淡々と告げる。

「作業は順調……とは言えません」


班長は、ようやく我に返った。


「ま、待て。お前は何だ。

 どこから来た。いや、そもそも――」


問いは多すぎて、形にならない。


イーリスは、静かに答えた。


「私は、この機体の外部コミュニケーションユニットです」

「現在、本機の自己同一性は維持されています」


意味が分からない。

だが、不思議と“嘘をついている”感じはしなかった。


イーリスは一歩前に出る。

その動きに、誰も止められなかった。


「私は、このあたりを見回してきます」

「ですので――」


視線が、塗装途中の装甲に向く。


「ペイント作業の続行を、早くお願いします」


命令だった。

だが、不思議と反発は湧かなかった。

言い方でも、声の強さでもない。“当然そうなる”という前提だけが、そこにあった。


「……お、おい!」


班長が呼び止めるが、イーリスはもう歩き出している。


工房の出口へ向かう背中は、迷いがなかった。

まるで、この城の内部構造を、最初から知っているかのように。


扉が閉まり、再び工房に沈黙が落ちる。


「……」

「……班長」

「……ああ」


班長は、開いたままのコクピットを見上げた。

そこにはもう、誰もいない。


「……とんでもねえもん、掘り当てたな」


誰も否定しなかった。


「いいか」

班長は低く言った。

「見なかったことにしろ、とは言わん。

 だが、余計な口は閉じろ。

 ――あれは、“王家の案件”だ」


職人たちは、黙って頷いた。


再び、工具の音が鳴り始める。

だが、誰もがさっきまでとは違う意識でその機体を見ていた。


ただの鉄の巨人ではない。

中に“意思を持つ何か”が。


城の回廊を、イーリスは静かに歩いていた。


歩調は一定。

速すぎず、遅すぎず、人間が無意識に「気に留めない速度」に正確に合わせられている。足音はほとんどしない。足が石床に触れるたび、わずかに乾いた反響を生むだけで、足運びそのものが存在を主張しなかった。


一定間隔で配置された照明。


光量、影の落ち方、壁面の反射率。

それらはすべて、工房で取得した設計情報と一致している。視覚情報、空気の流れ、床を伝う微細な振動――人間にとっては気にも留めない要素が、彼女にとってはすべて「確認項目」だった。


(視界角度、問題なし)

(音響反射、設計値通り)

(侵入経路遮断率、高)


頭の中で、次々と評価が下される。


(構造は合理的です)


この城は、防衛を第一目的として設計されている。

回廊の直線は視認距離を稼ぎ、曲がり角は侵入者の速度を削ぐ。天井の高さは投射物を想定し、柱の配置は射線を限定する。


同時に――居住空間としては、過剰なほどに白い。


(人間の心理的圧迫を、意図的に利用しています)


白は清潔を象徴する色であり、同時に汚れを許さない色だ。

血も、煤も、傷も、すぐに露呈する。そこに身を置く人間は、無意識のうちに「自分が汚す側である」ことを意識させられる。


イーリスは立ち止まり、壁に刻まれた装飾を指でなぞった。


意味を持たない幾何学模様。

宗教的寓意も、物語性もない。だが、均一性と反復によって「権威」を成立させるには十分だった。


(装飾は象徴です)

(象徴は、理解されなくても機能します)


「……そこの方」


背後から、声がかかった。


振り返る前に、位置は把握している。

足音の方向、装備の擦れる音、呼吸のリズム。近衛兵だ。二名。片方は若い。


「ここは立ち入り制限区域です」

槍を持ち、警戒を崩してはいない。

だが、声にはわずかな戸惑いが混じっていた。

「あなたは……どちらの所属ですか?」


イーリスは振り返った。

表情は変えない。瞳孔の動きすら最小限だ。


相手の脈拍。

呼吸の速さ。

重心の位置。


すべてを一瞬で読み取る。


(敵意:低)

(緊張:中)

(判断基準:曖昧)


「私は所属では分類できません」


淡々と、事実のみを返す。


「現在、城内の状況を確認しています」


「……確認?」


兵士は眉をひそめる。

想定外の返答だった。


「許可証は?」


イーリスは、わずかに首を傾げた。

それは思考のための動作ではない。人間に対する“考えているふり”という最適解だ。


「現時点では、ありません」


「では――」


兵士が一歩踏み出しかけた、その瞬間。


「止めておけ」


低い声が割り込んだ。


もう一人の近衛――年嵩の男が、手を上げて制止する。

彼の視線は、イーリスではなく、その背後に向けられていた。


「……その人は」

言葉を選ぶように、慎重に続ける。

「王城工房から出てきた。

 それ以上は、触るな」


若い兵士は、明らかに理解できていない顔をした。

だが、命令には従う。半歩下がり、槍を引く。


イーリスは、そのやり取りを無言で観察する。


(権限の所在が曖昧です)

(しかし、拒絶反応は最小限)

(“関わらない”という判断が、最適解として共有されています)


彼女は再び歩き出した。

誰も、追ってこない。


回廊を抜け、別の区画へ。


侍女たちが水桶を運び、床に視線を落としたまま通り過ぎる。

文官が書類を抱え、足早に角を曲がる。

視線が集まり、すぐに逸らされる。その繰り返し。


存在は認識されている。

だが、誰も“止める”という選択を取らない。


イーリスは、気に留めない。

彼女にとって、周囲の反応は目的達成のための副次情報にすぎなかった。


(オペレーターの位置情報――未取得)


城内に、彼はいる。

それは確実だ。工房から城内へ搬送されたログ、兵の動線、警備配置――すべてがそれを示している。


だが、視認できない。


彼女の中で、わずかな“未解決項目”が積み上がっていく。


(彼は、現在保護下にあります)

(保護=隔離)

(隔離=外部刺激の遮断)


それは、合理的だ。

操縦者は貴重だ。危険から遠ざける判断としては、正しい。


だが――


(彼は、操縦者です)


イーリスは立ち止まり、窓の外を見た。

城壁の向こう、遠くに連なる山並み。

その下に、あの炭鉱がある。


(彼は、外を知ったばかりです)

(刺激の遮断は、精神的不安定を招く可能性があります)

(長期的には、非効率です)


人間は、閉じ込められることで安心する個体と、壊れる個体に分かれる。

彼は――後者だ。


そのとき、再び人の気配。


「……あなた」


今度は、侍女だった。

距離を保ち、恐る恐る、だがはっきりと話しかけてくる。


「陛下がお呼びです。

 ……勝手に歩き回るのは、お控えください」


イーリスは、侍女を見つめた。

声の揺れ。呼吸。視線。

嘘はない。命令も事実だ。


「了解しました」

即座に答える。


だが、次の言葉を付け加えた。


「ただし、確認は続行します」


侍女は、言葉を失った。

否定も肯定もできず、その場に立ち尽くす。


イーリスは踵を返し、歩き出す。

進行方向は、女王の執務室とは逆だった。


(優先度の再設定)

(女王:高)

(操縦者:最優先)


白い城の中で、

“歩いてはならない存在”が、静かに歩き続けている。


誰にも止められず。

誰の命令も、完全には聞かず。


そして――

彼女の意識は、すでに一人の少年へと向かっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。