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炭鉱奴隷の俺、古代兵器「鉄騎」を発掘してしまい女王に利用される  作者: お湯0uy2
学園編

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恥晒し

学園の中庭は、昼下がりの光に満ちていた。


高い石壁に囲まれたその空間には、午後特有の静かな明るさが広がっている。

太陽はまだ高く、だが朝ほど鋭くはない。

柔らかな光が石畳の上に落ち、建物の影が長く伸び始めていた。


午前の訓練を終えた生徒たちが、三々五々に散っていく。


汗を拭きながら仲間と話す者。

寮へ戻る者。

講義棟へ向かう者。

鉄騎整備場へ急ぐ者。


それぞれが自分の時間へ戻っていく、いつもの光景だった。


その中を、ハイドは歩いていた。


隣にはイーリス。


二人は並んで、石畳の通路をゆっくり進んでいる。


特別な会話はない。


いつも通りの帰り道だった。


訓練を終え、寮へ戻るだけの道。


学園に来てから、何度も歩いた道だ。


だが。


その日は、ほんの少しだけ空気が違っていた。


周囲の生徒の視線が、以前より長く残る。


決闘の翌日から続いている、妙な静けさ。


誰も露骨には何も言わない。


だが、誰もが見ている。


ハイドも、それにはもう慣れ始めていた。


視線を感じること自体には。


だが――


「どけッ!」


突然、怒鳴り声が中庭を切り裂いた。


低い。


荒い。


抑え込もうとしても抑えきれない、怒りそのものの声。


中庭を歩いていた生徒たちが、一斉に足を止める。


話し声が消える。


誰もが同じ方向を見る。


ハイドも反射的に振り返った。


その視線の先に、一人の壮年の男が立っていた。


豪奢な外套。


深い色の上質な布に、銀糸で刺繍された紋章。


胸元には、明確な家紋。


その紋章は、この学園の多くの生徒が知っているものだった。


ヴァルデック家。


王国でも古い軍事貴族の一つ。


男の体格は大きい。


年齢は五十に近いはずだが、肩幅は広く、背筋はまっすぐだ。


鍛え上げられた体。


だが、その体は今、怒りで震えていた。


肩が小刻みに揺れている。


拳が強く握られている。


その前に――


ルートヴィヒが立っていた。



「この……恥晒しが!!」


怒号が、再び中庭に響く。


声はさらに大きくなっていた。


「何度言えば分かる! 決闘? 演習? 貴様は何をしに学園へ行かせたと思っている!」


ルートヴィヒは、俯いたまま動かない。


背筋は伸びている。


だが、顔は上げない。


拳が、ぎゅっと握られている。


白くなるほど。


「父上……」


小さな声。


ほとんど聞こえないほどの声だった。


だが。


「黙れ!」


怒号が、それを完全に打ち消した。


「貴族の名を背負っておきながら、寄ってたかって一人を討てず、逆に恥をさらすとは何事だ!」


中庭が、完全に静まり返る。


誰も動かない。


誰も声を出さない。


生徒たちは距離を取ったまま、ただ見ている。


教官の姿はない。


普段なら、すぐに割って入るはずの距離なのに。


だが、誰も来ない。


これは――


家庭の問題として扱われている。


貴族の親が、息子を叱責している。


それだけの形にされている。


だから、誰も介入しない。


だが、その空気は、ハイドにも分かった。


空気が張り詰めている。


生徒たちの視線が、緊張している。


そして――


(……来てる)


嫌な予感が、胸の奥で膨らむ。



その予感は、すぐに現実になった。


怒鳴り続けていた貴族の視線が、ふと横へ動く。


中庭の周囲を見渡すように。


そして。


ハイドと目が合った。


一瞬。


ほんの一瞬の沈黙。


次の瞬間、男の顔が歪んだ。


怒りとは別の感情が混ざる。


嫌悪。


侮蔑。


「……お前か」


低い声。


ルートヴィヒの父は、一歩、こちらへ踏み出した。


石畳に靴音が響く。


その一歩だけで、周囲の空気がさらに冷える。


「炭鉱の奴隷風情が」


言葉が、刃のように飛ぶ。


「何をのこのこと、貴族の学び舎を歩いている」


ハイドの足が止まる。


完全に。


周囲の生徒が息を呑む音が聞こえた。


誰も止めない。


誰も動かない。


ただ、見ている。


「身の程をわきまえろ!!」


怒鳴り声が、真正面から叩きつけられる。


「ここはお前の居場所ではない!」



ハイドは、何も言えなかった。


言葉が出てこない。


反論も、怒りも、すぐには浮かばない。


ただ。


胸の奥から、古い感覚がゆっくりと這い上がってくる。


炭鉱で怒鳴られた時の記憶。


狭い坑道。


暗い空間。


鞭を持った監督官。


罵声。


命令。


否定。


(……ああ)


胸の奥で、理解する。


同じだ。


場所が変わっても。


服が変わっても。


立場が変わっても。


声の質は変わらない。


怒鳴る側の声。


それは、どこでも同じだった。



「お父上」


その時、イーリスが一歩前に出た。


声は静かだった。


だが、はっきりしている。


貴族はイーリスを見る。


その視線に、一瞬だけ迷いが混じる。


女性の姿。


だが、どこか人間とは違う。


整いすぎた顔。


感情の薄い目。


「……何者だ」


低い声。


警戒が混ざっている。


「私は、ハイドの随伴者です」


イーリスは答える。


「随伴者だと?」


貴族は、嘲るように笑った。


「奴隷に、そんなものが付く時代か」


その言葉に、イーリスの表情は変わらない。


だが、声の温度がわずかに下がる。


ほんの少しだけ。


「ハイドは、女王陛下直々に保護され、学園への在籍を許可された存在です」


「許可?」


貴族は鼻で笑う。


「そんなものが、何になる」


一歩、近づく。


視線は冷たい。


「貴族とは、血だ。歴史だ」


「昨日今日、力を得た者が、我々と並ぶなど――」



「……やめてください」


小さな声。


ルートヴィヒだった。


父の前に、半歩だけ出る。


顔はまだ上げていない。


だが、確かに言った。


「父上……ここは……」


「黙れ!」


怒号。


三度目。


「お前は口を挟む資格もない!」


ルートヴィヒの肩が、びくりと震える。


ハイドは、その様子を見て胸の奥が少し痛んだ。


(……同じだ)


怒鳴られる側。


否定される側。



「……以上だ」


貴族は吐き捨てるように言う。


「これ以上、目障りになるな」


ハイドに向けて。


「貴族の場所にいるという自覚を持て」


そう言い残す。


踵を返す。


外套が翻る。


重い足取りで歩き出す。


ルートヴィヒを置き去りにして。


振り返らない。


中庭には、重たい沈黙だけが残った。



しばらく、誰も動かなかった。


ルートヴィヒは俯いたまま立っている。


拳は、まだ握られている。


指が白い。


ハイドは、どう声をかければいいのか分からなかった。


イーリスが静かに言う。


「……行きましょう、ハイド」


「……うん」


二人は歩き出す。


その場を離れる。


背中に、無数の視線を感じながら。



歩きながら、ハイドは考える。


(……やっぱり、ここでも同じか)


守られているはずなのに。


居場所があるはずなのに。


一言で、引き戻される。


奴隷。


その言葉の重さ。


イーリスが、少しだけ近づく。


「ハイド」


「……なに?」


「先ほどの発言は、王国法に照らしても不適切です」


淡々とした分析。


「あなたが気にする必要はありません」


ハイドは苦笑する。


「……気にしないってのは、難しいな」


イーリスは少し考える。


ほんの数秒。


「では」


「気にしても構いません」


「ですが、それはあなたが劣っているからではありません」


「相手が、変われないだけです」


ハイドは足を止める。


空を見上げる。


そして、小さく息を吐いた。


「……ありがとう」


それだけ言う。



その頃。


中庭の片隅で。


ルートヴィヒは一人、立ち尽くしていた。


父の言葉が頭の中で反響している。


恥晒し。


無能。


価値がない。


そして。


あの少年。


炭鉱奴隷。


それでも、勝った。


歯を食いしばる。


怒りは、父にも、ハイドにも。


そして何より。


自分自身に向いていた。



学園の日常は続く。


授業は続く。


訓練も続く。


だが。


確実に亀裂が入った。


言葉という形で。


そしてその亀裂は、ゆっくりと広がっていく。


次の火種になるまで。


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