学園決闘
演習場を囲む観覧席は、すでに埋め尽くされていた。
学園生徒、教官、近衛騎士、そして特別許可を得た市民。
誰もが同じ方向を見ている。
中央に設けられた、円形の決闘区画――巨大な鉄騎同士がぶつかるために拡張された、異様な空間だ。
空気は祭りのようでありながら、どこか冷えている。
歓声よりも先に、息を飲む音が広がっていた。
「……本当にやるんだな」
観覧席の一角で、学生の一人が呟いた。
決闘は制度上存在する。
だがそれは、実際にやるための制度ではない。
建前として残されているだけの、過去の遺物だ。
それが今日、現実として動いている。
しかも――
片方は、つい先日まで鉱山奴隷だった男。
もう片方は、名門貴族の出身で、近衛騎士候補として将来を約束された存在。
勝敗は、最初から決まっている。
そう考える者が大半だった。
⸻
決闘区画の端に、ハイドの鉄騎が立っていた。
起動状態。
主機は安定。
外装装甲に異常なし。
だが、ハイド自身は落ち着いているとは言い難かった。
視界の端に、観覧席が映る。
あまりにも多い人間。
全員が、自分を見ている。
「……正直、嫌だな」
思わず零れた言葉に、即座に返答が入る。
「緊張反応を検出。心拍数、平常値より上昇しています」
イーリスの声は、いつも通り平坦だった。
「問題ない。許容範囲です」
「観客が多すぎる」
「人間社会において、“公開性”は暴力の正当化装置です」
「やめろって」
ハイドは短く言った。
「今日の相手は?」
「貴族家出身、訓練成績上位。
ただし実戦経験は皆無です」
「じゃあ、演習慣れしてるだけか」
「はい。
そして彼の機体は“決闘用に調整された練習機”です」
その一言で、ハイドは察した。
――安全な決闘。
――死なない前提。
――負けても名誉は守られる。
「……なるほどな」
それに対して、自分の機体は実戦仕様。
鉱山遺物。
イーリスという、異物を抱えた存在。
条件が、そもそも噛み合っていない。
⸻
対峙するように、もう一機の鉄騎が歩み出てきた。
白を基調とした装甲、統一感のない形状。
過剰なまでに磨き込まれた外観。
塗り直されたばかりの機体であることが一目でわかる。
その手には、細身の決闘用レイピアが握られていた。
観覧席がざわめいた。
「あれが……」
「貴族様の機体か」
「勝負にならんだろ」
ハイドの視界にも、相手の識別情報が表示される。
「……随分、綺麗だな」
「目標は実戦想定ではありません」
「だろうな」
開始合図まで、残りわずか。
審判の乗る気球が上空に浮かび、音声を拡声する。
「これより、正式な決闘を執行する。
勝敗は、行動不能、降伏、または審判による中止判断によって決する」
その言葉に、観覧席が静まり返った。
誰もが理解している。
これは中止されるべき決闘だということを。
だが、止める者はいない。
⸻
「ハイド」
イーリスが、わずかに間を置いて呼びかけた。
「提案があります」
「なんだ」
「本決闘において、私は通常よりも介入度を上げます」
「……つまり?」
「相手が“安全な決闘”を前提としている場合、
それはハイドの生存確率を下げる要因になります」
「……やりすぎるなよ」
「“やりすぎ”の定義を確認します」
ハイドは一瞬、言葉に詰まった。
そして、ゆっくりと言った。
「殺すな。
壊すのは……最小限でいい」
「了解しました」
その返答は、あまりにも即答だった。
⸻
開始信号が鳴る。
次の瞬間、相手の鉄騎が踏み込んだ。
教本通りの動き。
無駄のない、だが“型に収まった”刺突。
観覧席から、歓声が上がる。
「行け!」
「決めろ!」
だが――
「回避」
イーリスの指示と同時に、ハイドの機体は半歩ずれる。
それだけで、レイピアの切っ先は空を滑った。
ほんの数センチ。
だが、致命的なズレ。
「……え?」
相手の操縦者の困惑が、通信越しにも伝わってくる。
「次、来るぞ」
「予測済みです」
二撃目。
三撃目。
すべて、紙一重で外れる。
突きは鋭いが、単調だ。
観覧席の空気が、徐々に変わり始めていた。
「当たってない……?」
「避けてる、のか?」
そして、四撃目。
ハイドの機体が、初めて前に出た。
ただの一歩。
だが、その一歩で――距離が消えた。
「今です」
イーリスの声と同時に、ハイドは操縦桿を引いた。
装甲でレイピアの軌道を逸らし、懐に潜り込む。
次の瞬間、観覧席は理解する。
これは決闘ではない。
戦闘だ。
⸻
「今!」
ハイドは、相手の武装に手を伸ばした。
掴む。
引き剥がす。
奪ったレイピアを、逆手に構える。
「……っ!?」
相手の機体が一瞬、無防備になる。
次の瞬間、その細身の刃が――別の敵機の関節へ正確に突き込まれた。
装甲の隙間を貫く、鋭い刺突。
訓練機の一機が、力を失って崩れ落ちる。
⸻
「武装の再利用」
「敵機は想定していません」
「なら、使わせてもらう」
ハイドは、奪ったレイピアを振るう。
叩きつけるのではない。
滑らせ、差し込み、関節を断つ。
二機目、行動不能。
だが、数はまだ多い。
背後からの衝撃。
装甲が軋む。
「ハイド、左脚部に負荷集中」
「まだ動く!」
旋回。
敵の攻撃を、別の敵に当てる。
混戦。
味方も敵も、もはや関係が曖昧になる。
「……ぐちゃぐちゃだな」
「複数戦闘に不慣れな編成です。
統制が取れていません」
「だったら、崩す」
ハイドは、最も動きの鈍い機体に突っ込んだ。
掴む。
持ち上げる。
そして――投げた。
巨大な鉄の塊が、別の機体に激突する。
二機同時に倒れる。
残り、三。
⸻
観覧席では、誰も声を出せなくなっていた。
これは演習ではない。
訓練でもない。
見てはいけないものを見ている、という空気だけが漂っている。
教官の一人が、青ざめた顔で呟いた。
「……止めなければ」
だが、審判官は動かない。
⸻
「ハイド」
イーリスの声が、少しだけ近くなる。
「あなたは、恐怖を感じていますか」
「……あるに決まってる」
「それでも、動けています」
「お前がいるからだ」
一瞬の沈黙。
「……記録します」
最後の三機が、距離を取った。
明らかに怯えている。
「どうする?」
「逃走を許可すると、再編されます」
「じゃあ――」
ハイドは、前に出た。
「終わらせる」
⸻
一機目。
武装を叩き落とし、体勢を崩させ転倒。
二機目。
掴み、地面に押し倒す。
最後の一機は、完全に動きを止めていた。
通信が入る。
「……ま、参った」
その声は、震えていた。
ハイドは、機体を止める。
大きく息を吐いた。
「……終わったな」
「はい」
イーリスは、淡々と告げる。
「決闘は、完全に崩壊しました」
その言葉の意味を、ハイドはまだ知らない。
だが――
この日を境に、学園の空気が変わることだけは、確かだった。




