歪んだ視線
ルートヴィヒ・フォン・ヴァルデックは、食堂の奥の席で腕を組んでいた。
周囲には同じ派閥の子息たちがいる。
いずれも名門と呼ばれる家の出で、幼い頃から鉄騎と家名を背負うことを教え込まれてきた者たちだ。
その中心に座るはずだった男が、今はいない。
(……グランヴィルの腰抜けめ)
ルートヴィヒは、内心で吐き捨てた。
父から聞かされた話は、あまりにも不愉快だった。
――レオポルト侯爵は、あの炭鉱上がりを敵に回すなと言っている。
その言葉を思い出すたび、腹の奥が煮えくり返る。
炭鉱奴隷。
鞭で追い立てられ、地面に這いつくばって生きていた存在。
そんな人間が、今は同じ学園の、同じ食堂にいる。
しかも――女王の隣に立つ存在として。
「……冗談じゃない」
ルートヴィヒは、小さく呟いた。
彼の家、ヴァルデック伯爵家は、代々保守派の中核を担ってきた。
鉄騎の操縦も、政治も、すべて血筋で決まる。
そう教えられてきた。
それなのに。
(拾われただけの奴隷が……鉄騎に選ばれただけで……)
あの少年――ハイド。
顔を思い出すだけで、不快感がこみ上げる。
貴族らしい立ち居振る舞いもなく、視線は低く、言葉も少ない。
それが余計に癪に障った。
「……ああいうのが、一番危険なんだ」
隣に座る同輩が、小声で言った。
「女王が目をかけてる。学園制度の象徴だ」
「分かってる」
ルートヴィヒは、歯噛みする。
分かっているからこそ、許せない。
(俺たちは何だ?)
生まれた瞬間から、将来を決められ、訓練を積み、家の名を守るために生きてきた。
それなのに、炭鉱で拾われただけの存在が、すべてを飛び越える。
「……レオポルト家は、あいつを助けるらしいな」
その言葉に、ルートヴィヒの眉が跳ねた。
「知ってる。父から聞いた」
吐き捨てるように言う。
「腰抜けだ。あの家は」
父も同じことを言っていた。
――グランヴィルは日和った。
――あれはもう、保守派とは言えん。
だが同時に、父はこうも言った。
――だからこそ、表立って動くな。
――あの少年は、まだ駒だ。
その言葉が、ルートヴィヒをさらに苛立たせる。
(駒だと?)
ならば、盤上から叩き落とせばいい。
正面からではない。
規則の中で。
評価の中で。
「教育」という名の下で。
「……訓練で、恥をかかせてやればいい」
ルートヴィヒは、そう考えた。
量産型鉄騎の操縦は、貴族の嗜みだ。
座学も、実技も、積み重ねがものを言う。
炭鉱上がりが、追いつけるはずがない。
(それに……)
イーリスの存在も、気に入らなかった。
女の姿をした遺物。
人のように振る舞い、人以上に理解する存在。
「……化け物だ」
誰かが、そう呟いた。
ルートヴィヒは、頷く。
あれは、道具だ。
人と同列に扱うものではない。
なのに、女王はそれを許している。
(全部、狂ってる)
学園制度も、特別クラスも、近衛騎士の任命も。
すべてが、古い秩序を壊そうとしている。
「……だから、止める」
ルートヴィヒは、静かに決意した。
父の命令ではない。
派閥の総意でもない。
これは、自分自身の意地だ。
炭鉱奴隷が、貴族の席に座る。
そんな光景を、当たり前にさせてたまるものか。
彼は、視線を遠くに向けた。
そこには、ハイドの姿があった。
イーリスと並び、ぎこちなく食事をしている。
その姿は、確かに場違いだった。
(……すぐに分からせてやる)
ここが、どこなのか。
誰の世界なのか。
ルートヴィヒは、そう心に刻み、静かに席を立った。
学園という名の戦場で、
貴族としての戦いが、始まろうとしていた。




