学園の昼食
昼食の鐘が鳴ると、特別クラスの生徒たちは一斉に立ち上がった。
教室から続く回廊を抜け、学園中央の食堂へ向かう流れは自然だったが、そこにはすでに小さな緊張が混じっていた。
席順も、立場も、まだ固まっていない。
誰と食事を共にするか、それだけで暗黙の線引きが行われる。
ハイドは、流れに逆らわず歩いていた。
城での生活を経て、食事作法そのものは多少身についたが、こうした場の空気には慣れていない。
(……静かだな)
食堂は広く、天井も高い。
長いテーブルが規則正しく並び、貴族の子弟たちは自然と家格ごとに集まっていく。
その中で、ハイドとイーリスは少し浮いた存在だった。
「こちらに座りましょう」
イーリスが、空いている席を指し示す。
二人が腰を下ろした直後だった。
「――失礼」
落ち着いた声がかかる。
顔を上げると、そこに立っていたのは見覚えのある少年だった。
朝の教室で、遠巻きにこちらを見ていた一人。
金髪だが、派手さはない。
制服の着こなしは整っているが、誇示するような態度もない。
表情は穏やかで、視線もまっすぐだった。
「同席しても?」
「……構わない」
ハイドが答えると、少年は一礼して席に着いた。
「レオポルト・グランヴィル侯爵家の嫡子、アルノーです」
名乗りは簡潔だった。
その家名を聞いて、ハイドは内心で息を飲んだ。
グランヴィル侯爵家――保守派の中でも、王権と微妙な距離を保つ有力貴族。
(昨日の連中とは……違うな)
「ハイドです」
「イーリスです」
二人が名を告げると、アルノーは小さく頷いた。
しばらく、食器の音だけが続いた。
料理は質素だが、量は十分で、手掴みでも食べられるものが多い。
女王の意向が反映されているのが、はっきりと分かる。
アルノーは、数口食べてから、意を決したように口を開いた。
「……突然で申し訳ありません」
その声音には、妙な硬さがあった。
「私がここに来たのは、父の指示です」
ハイドは、箸を止めた。
「父から――あなたを、助けてやれと言われました」
率直すぎる言葉だった。
イーリスは表情を変えないが、視線だけで状況を分析している。
ハイドは、すぐには返事をしなかった。
「……理由は?」
アルノーは、一瞬だけ目を伏せた。
「家のためです」
その言葉には、迷いがなかった。
「グランヴィル家は、保守派に属しています。しかし、王権と全面的に対立する立場は取っていません」
淡々と語られる内容は、まるで報告書のようだった。
「あなたが近衛騎士となり、学園制度が成功した場合……流れは変わります。父は、その変化を無視できないと判断しました」
「……利用価値がある、ってことか」
ハイドの言葉は、ぶっきらぼうだった。
アルノーは否定しなかった。
「はい」
即答だった。
「ですが、それだけではありません」
アルノーは、ハイドを真っ直ぐに見た。
「昨日の決闘、記録映像を見ました」
その一言で、周囲の空気がわずかに変わる。
「……正直に言います。あれを見て、敵に回すのは愚かだと理解しました」
「父も同じ判断です」
ハイドは、乾いた笑いを漏らした。
「随分、正直だな」
「嘘をついても、意味がありませんから」
アルノーは、そう言ってから、少しだけ声を落とす。
「ただ……保守派の中でも、全員が同じ考えではありません」
それは、忠告だった。
「嫌がらせは続くでしょう。正面からではなく、評価、班編成、訓練内容……そういった形で」
イーリスが口を挟む。
「つまり、あなたは緩衝材として動く、という理解でよろしいですか?」
「はい」
アルノーは、即座に肯定した。
「露骨な介入はできませんが、学園内での情報共有や、無意味な摩擦の回避は可能です」
「見返りは?」
ハイドが問う。
アルノーは、一瞬だけ考えた。
「今は、ありません」
そう答えてから、付け加える。
「将来、あなたがどの立場に立つか……それ次第です」
沈黙が落ちる。
ハイドは、料理を一口食べ、ゆっくり噛み締めた。
(……俺は、駒だな)
それは否定できない事実だった。
だが、同時に――選ばれるだけの価値がある、ということでもある。
「分かった」
ハイドは、短く答えた。
「助けが必要になったら、頼る」
アルノーは、ほっとしたように息を吐いた。
「ありがとうございます」
「ただし」
ハイドは、視線を逸らさず続ける。
「俺は、誰かの言いなりになるつもりはない」
アルノーは、微笑んだ。
「承知しています。それでこそ、父も価値を見出したのでしょう」
昼食の時間は、静かに進んでいく。
遠くの席では、保守派の生徒たちが、こちらを窺っている。
敵意、警戒、計算――様々な視線が交錯する。
その中心に、ハイドはいた。
学園という舞台は、すでに戦場だった。
剣も、鉄騎も使わない戦いが、確実に始まっていた。




