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炭鉱奴隷の俺、古代兵器「鉄騎」を発掘してしまい女王に利用される  作者: お湯0uy2
学園編

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特別クラス


 朝の鐘は、城のものより少し高い音だった。


 ハイドは、鐘が鳴るよりも早く目を覚ました。

 炭鉱にいた頃の癖で、音が鳴る前に身体が起きてしまう。


 学園寮の部屋は、朝でも静かだった。

 窓から差し込む光は柔らかく、

 煤で曇ることもない。


 身体を起こすと、すぐ横にイーリスが立っている。


 昨日と同じ位置。

 同じ姿勢。


「……ずっと、そこにいたのか」


「はい。睡眠中も、位置は変えていません」


 そう言われて、

 妙な安心と、少しの居心地の悪さを同時に覚える。


 着替えを済ませ、廊下に出る。


 同じ制服を着た生徒たちが、

 寮のあちこちから出てくる。


 誰もが貴族の子供だと聞いていたが、

 見た目は様々だった。


 自信に満ちた顔。

 不安そうな顔。

 期待と緊張が入り混じった表情。


 ハイドは、自然と一歩引いた位置を歩いていた。


 炭鉱では、人の前に出る理由がなかった。

 ここでも、それは変わらない。


 大講堂に集められる。


 天井は高く、

 壁には学園の紋章が刻まれている。


 整然と並ぶ席。


 生徒たちは、勝手に家格順らしき位置に座っていく。

 その流れに乗れず、

 ハイドは端の方に腰を下ろした。


 イーリスは、その隣。


 ざわめきが広がる中、

 一人の教師が前に立つ。


「これより、クラス編成を発表します」


 声は落ち着いていて、

 感情を含まない。


「本学園では、能力と適性に基づき、

 通常クラスと特別クラスに分けます」


 その言葉に、ざわつきが大きくなる。


 特別、という言葉は、

 期待と同時に警戒も生む。


「特別クラスは、人数を最小限に抑え、

 将来、鉄騎の中核運用に関わる者を育成します」


 教師は、一度視線を巡らせた。


「……では、名前を呼びます」


 次々と名前が読み上げられる。


 ほとんどが、聞き覚えのない貴族名だ。


 呼ばれるたび、

 一部の生徒が胸を張り、

 一部が悔しそうに俯く。


 ハイドは、呼ばれない。


(……当然か)


 そう思った時。


「――ハイド」


 一瞬、何を呼ばれたのか分からなかった。


 周囲が、静かになる。


「炭鉱出身の……?」


「なぜ……?」


 小さな声が、いくつも聞こえる。


 ハイドは、反射的に立ち上がってしまった。


「……はい」


 声が、少しだけ震えた。


 教師は頷き、続ける。


「同じく、イーリス」


 今度は、明確などよめき。


 イーリスが立ち上がる。


「はい」


 落ち着いた声。


 二人の名前が並んだことで、

 ざわめきはさらに大きくなる。


「以上の者を、特別クラスとする」


 教師は、それ以上の説明をしなかった。


 だが、生徒たちは理解した。


 この二人は、

 同じ扱いなのだと。


 講堂を出た後、

 特別クラスの生徒だけが別室へ案内される。


 人数は、わずかだった。


 十人にも満たない。


 部屋は、通常の教室よりも小さく、

 その分、密度が高い。


 机の配置も、

 向かい合う形になっている。


 逃げ場がない。


 ハイドは、奥の席に座る。


 イーリスは、隣。


「……同じクラスだな」


 ハイドが、ぽつりと言う。


「はい。合理的です」


「合理的?」


「あなたと私の行動は、

 今後も連動する可能性が高いためです」


 淡々とした分析。


 だが、

 それを聞いて少しだけ安心した自分に気づく。


 一人ではない。


 それだけで、

 この場に立っていられる。


 特別クラスの教師が入室する。


「このクラスでは、

 一般的な礼儀作法や家学よりも、

 実践を重視する」


 教師の視線が、

 ハイドとイーリスに一瞬だけ向く。


「特に、鉄騎運用に関しては、

 血筋や家格ではなく、

 結果のみを評価する」


 教室が、静まり返った。


 それは、

 この学園の中でも異質な宣言だった。


 ハイドは、机の上に置いた手を、

 ぎゅっと握る。


(……結果、だけ)


 炭鉱では、

 結果を出しても、

 何も変わらなかった。


 だが、ここでは違う。


 少なくとも、

 そう信じていい場所なのかもしれない。


 イーリスが、横で小さく頷く。


「ここが、あなたの立つ場所です」


 まるで確認するように、

 そう言った。


 ハイドは、何も答えなかった。


 ただ、前を見た。


 特別クラスの一日目が、

 静かに始まろうとしていた。


⸻———


 教室は、静かだった。


 訓練場のような金属音も、

 鉄騎の駆動音もない。


 あるのは、紙の擦れる音と、

 人の息づかいだけ。


 ハイドは、机の上に置かれた“それ”を見下ろしていた。


 教科書。


 厚く、硬い表紙。

 中には、文字がびっしりと並んでいる。


(……重い)


 物理的にも、

 意味的にも。


 炭鉱にいた頃、文字を見る機会はほとんどなかった。

 数字は、作業量や罰の回数として叩き込まれたが、

 文章を読む必要はなかった。


 読めなくても、生きてはいけた。


 教師が入室し、授業が始まる。


「本日は、基礎教養――言語、歴史、構造理解の統合授業だ」


 そう言って、教師は教科書を開く。


「まずは一ページ目を開け」


 ハイドは、恐る恐る表紙を開いた。


 文字が、目に飛び込んでくる。


 だが、それは“意味”として入ってこない。


 一文字ずつは、分かる。

 だが、並ぶと、途端に形を失う。


 視線が滑る。

 行を見失う。


 気づけば、隣から小さな音が聞こえていた。


 ――ピチッ。


 ――ピチッ。


 規則正しい音。


 イーリスだ。


 彼女は教科書を、正確に一ページずつ開き、

 開くたびに、ほんの一瞬だけ止まる。


 まるで、瞬きをするような間。


 そのたびに、

 彼女の視線が紙面をなぞる。


(……何してるんだ)


 だが、すぐに分かる。


 スキャンしている。


 教師の説明と、教科書の内容を、

 そのまま取り込んでいるのだ。


 イーリスの指は、

 無駄な動きを一切しない。


 ページをめくる速度も一定。

 紙を傷めることもない。


 ハイドは、再び自分の教科書を見る。


 一行目。


 読める。

 ……はずだ。


 だが、意味が繋がらない。


 次の行に進むと、

 最初の行を忘れる。


 頭の中が、

 ざわざわする。


 炭鉱での作業は、

 考えなくてよかった。


 身体を動かし、

 命令に従えばよかった。


 だが、これは違う。


 “理解しろ”と言われている。


 鉛筆を持つ。


 持ち方が、ぎこちない。


 紙に触れた瞬間、

 力を入れすぎて、線が歪む。


(……ダメだ)


 焦りが、喉の奥に溜まる。


 周囲を見ると、

 他の生徒たちは、当たり前のように読んで、書いている。


 貴族だから、というだけではない。

 これは、積み重ねだ。


 ハイドは、その積み重ねがない。


 ページの隅が、少し滲んで見えた。


 その時。


 耳元で、微かな声がした。


「……呼吸を、一定に」


 イーリスだった。


 声は小さく、

 教師には聞こえない。


「文字は、逃げません。

 一行ずつで構いません」


 ハイドは、驚いて一瞬だけイーリスを見る。


 彼女は、教科書から目を離していない。


 だが、確かに、こちらを気にかけている。


「今は、意味を完全に理解する必要はありません」


 さらに、耳打ち。


「まずは、形に慣れてください。

 “読んでいる”という状態を維持することが重要です」


 淡々とした言葉。


 だが、不思議と、胸の奥が軽くなる。


 ハイドは、言われた通り、

 一行だけに集中する。


 読める。

 意味は、半分くらい。


 それでいい、と言われた気がした。


 鉛筆を持ち直し、

 ゆっくりと文字を書く。


 歪んでいる。

 線も太い。


 だが、消えない。


「……それで十分です」


 また、イーリスの声。


「あなたは、今、進んでいます」


 進んでいる。


 その言葉が、

 胸に引っかかる。


 炭鉱では、

 進むも戻るもなかった。


 ただ、同じ場所を掘り続けるだけだった。


 だが今は、

 たった一行でも、前に進んでいる。


 教師が、黒板に文字を書く。


 その音を聞きながら、

 ハイドは、教科書に視線を戻した。


 理解は遅い。

 書くのも下手だ。


 それでも、

 隣には、イーリスがいる。


 同じ教室で、

 同じページを開いている。


 それだけで、

 この場所に居ていいのだと思えた。


 ページを、もう一枚、めくる。


 ピチッ、という音が、

 すぐ隣で重なった。

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