それぞれの宝物
「私に心当たりがあります。まずはそこへ向かいましょう」
そう言って私が向かったのは、ケイトさんとの再会を果たした薄暗い物置のような部屋だった。
昼だというのに室内は暗く、窓ガラスを通り抜けた光が窓辺の埃に反射して、白い煙のように見えた。私は遠くから、はたまた近くから聞こえる子どもたちの声を鼓膜で感じながら、視線をあちこちに飛ばして目当てのものを探す。
埃を被った机。
遊ばれなくなったテディベア。
鍵盤が一つ足りないピアノ。
すぐに見つかるかと思ったけれど、色んなものが詰め込まれたこの部屋で、探し物を一つ見つけるには随分と骨が折れそうだった。
「改めて見ると、この部屋には本当に何でもあるんだね。…‥ほら見て。この人形、細かな傷がたくさんあるし、色だって結構禿げちゃってる。きっと長い間子どもたちの相手をして、ついに無事、引退したってところかな」
そう言ってノアが差し出したのは、木製の可愛らしい二つの人形だった。男の子の人形と女の子の人形、それぞれの頭の上には小さな王冠とティアラが飾られていて、この二つの人形の役割をよく表している。ただ、本物の王子様が、人形の王子様を手にしている様子はなんだか少しおかしく感じた。
「捨てるに捨てられなかったのかもしれませんね。ここにあるものは全て、人が触れた跡があります。大事に扱われながらも、年月を経て磨耗したり、何かが欠けたりして、遊ばれなくなったものたちです。そういうものって愛着が湧いちゃって、なかなか捨てられなかったりするんですよね」
たとえばゼンマイが回らなくなったオルゴール。駄々をこねて買ってもらったオモチャの指輪。何がそんなに気に入っていたのか思い出せないぬいぐるみ。残していたってどうしようもないのに、いざゴミ箱を前にすると捨てる勇気が持てないものは、そのほかにも少なからず存在する。
「俺の場合は、親がそうかも。特に母さんが、小さな頃に俺がお気に入りだった服を何着か残してるよ。捨てなよって言ったら、怒って俺が小さな頃の話をあれこれと話し始めるんだ。恥ずかしいからもう言わないことにしたよ」
そう言いながら、リロイさんは困ったように頭の後ろを掻いた。そんなほっこりとするエピソードをする彼の隣で、フィオナさんは一つの小さな箱を手に取った。
「これ……」
彼女がつぶやく。
フィオナさんは何かを思い出すように、じっと手の中の箱を見つめていた。
「もしかして、その中に心臓が?」
ノアが尋ねた。けれどフィオナさんは静かに首を振って「いいえ」と返事をした。
「……友達ではなかったけれど、おもしろい子がいたの。彼女はこの箱を、宝箱って言っていたわ。だけど開くたびに入っているものが変わっていて、時には食べ残したパンが入っていて、先生に怒られてた」
元から柔らかな彼女の表情が、もっと柔らかく、穏やかになっていく。まるで幼い頃に戻ったような、そんな純粋な微笑みだった。
「彼女は中に入っているものじゃなくて、箱が気に入っていたの。普通は逆よね。だって、宝箱そのものが宝物なんて変よ。…‥それで今思い出したけれど、私、彼女のそういうところがちょっと好きだった気がするわ。彼女には『お友達になって』という前に、孤児院を出ていってしまったけれど、もし言ってたら何か………いいえ。やっぱり何でもないわ」
パッと表情を明るくさせて、フィオナさんはそう言った。無理に明るく振る舞おうとしているわけではなく、本当に、「何でもない」っといった様子だった。
「……そういえば、エマはここに何を探しに来たんだい」
ノアに尋ねられて、私は彼に向き直った。それから口を開きかけた時、開きっぱなしの扉の方から声が聞こえた。
「あ、やっぱり。さっき見かけた気がしたの」
声の主はケイトさんだった。ひょっこり顔を出す彼女の隣には、見知らぬ女の子が一人立っていて、わたしたちに小さくお辞儀をする。それからケイトさんはその女の子に何やら声をかけてから、
「ここで何してるの?」
と、私たちの方へ足を運んだ。
ケイトさんの顔を見られたことは嬉しい。嬉しいのだけど、ひっそりと彼女を妹のように思っている私としては、後ろの少女がどうにも気になってしまう。ちらちらと移る視線に気がついたのか、ケイトさんは恥ずかしそうに、それでいて少し怒ったように、「さ、最近友だちになったの!」と小さな声で言った。
たったそれだけのことで、私の脆い涙腺はぶわっと緩んでしまいそうだった。
「……こ、こほん。あー、えっと、ここにいる理由ですよね」
慌てて取り繕ったものの、ちょっと不自然だったかもしれない。ともあれ、私は気を取り直して、本来の目的を思い出していた。……そうだ。この部屋をよく使っていたケイトさんなら、探し物もそう難しいものではないだろう。
「とある本を探しています。友達を探す魔女のお話の」
◯
本はケイトさんの手によって、あっけなく見つかった。けれど「どうしてこの本を?」尋ねるケイトさんに、フィオナさんの正体を教えるわけにもいかず、結局「依頼人の方がこの本を探していて……」と何とも苦しい言い訳でその場を凌いだ。
ケイトさんは納得のいかない様子だったものの、「いつまでも友達を待たせていてはいけないよ」というノアの言葉に、渋々引き下がってくれた。そして二人の背中を見送った後、私はその本をフィオナさんに手渡した。
「探し物は、これではないでしょうか」
フィオナさんは手元の本をじっと見つめる。
その心の内で何を考えているのかは知る由もないけれど、彼女はしばらく眺めたあと、静かに首を縦に振った。
「……えぇ。間違いないわ。この本に、私は心を閉じ込めた」
再会を喜ぶような、悲しむような、不思議な表情だった。
何年もの間、肉体と心が離れ離れになる感覚って、一体どんな気分なんだろう。そして今、それが手元に戻ってきた気持ちは……。いくら想像してみたところで、その答えは彼女の胸の中にしかない。
「元に戻さないの?」
いつまでも手の中に収めているフィオナさんに、リロイさんは声をかけた。彼女は微笑みながら、
「今はしないわ。心が手元にあるせいなのか、心を戻すのが少し怖い気がするの。こんな感覚、本当に久しぶり。……あぁ、でもちゃんと戻すわ。心配しないで」
と言った。
その言葉に、誰も賛成も反対もしなかった。なんと返事をするのが正解なのか、誰もわからなかったのだ。
「…‥戻ろうか。目的を果たしたなら、いつまでもここにいるわけにはいかないし」
場の空気を切り替えるようにノアが言った。
「そうですね。ケイトさんにはまた会った時にお礼を……」
そう言いかけた時だった。廊下を誰かが歩いてくる音が聞こえた。ケイトさんが引き返してきたのかと思ったけれど、その足音の主が顔を出した時、それが間違いだったことに気づいた。
「あぁ、ここにいらしたのね。すみません、殿下。用があったもので、ご挨拶が遅れてしまって」
そこに立っていたのは一人の女性だった。年齢を推測するならおそらく60代くらいで、右手には杖が握られているものの、ピンと伸ばされた背筋からは彼女の内側からの美しさをよく表していた。
「構わない。急に頼んだのはこちらだし、そもそも公的なものではないのだから」
ノアの言葉からして、女性はこの孤児院の院長なのだろう。院長はノアに対して再び口を開こうとした時、ふと彼の後ろでまだ本を見つめていたフィオナさんを見つけて目を丸くした。
「フィオナ……?」
名前を呼ばれて、彼女が視線をあげる。そうして声の主を見つけた時、彼女は瞳を心細く揺らしたあと、小さな声で「院長先生」と声を漏らした。




