魔女との再会
「あれ?なんだかご機嫌だね」
仲直りの後のティータイムは随分と話に花が咲いた。たった二週間、されど二週間。毎日とまではいかなくても、頻繁に見ていた顔がぱったり見えなくなるだけで、こんなに落ち着かなくなるものなのだと初めて知った。私たちはその二週間の隙間を埋めるように、お互いのことを語り合った。
とはいえ、今振り返ると随分つまらない話だったように思う。「この間読んだ本がおもしろかったです」とか、「会わない間は仕事ばかりしていたよ」とか、本当に他愛のない話ばかりだった。それなのに「淋しかった」と、たったそれだけの、けれど一番大事なことは何一つ伝えられなかった。それでも不思議と心は満足していて、私は新しい耳飾りを指先で遊ばせながらリロイさんと共に夜の帰り道を歩いていた。彼は、まだ仕事が残っているノアが、夜道を帰る私につけてくれた護衛だ。護衛なんていらないのに、彼は時々あらゆることに大げさだ。
「おかしなこと言いますが、私、仲直りが好きなんです。なんだか前より仲良くなれた気がして。……まぁ私の言う喧嘩なんて、おばあさんに対して私が一方的に拗ねていただけなんですけど」
「あー、ちょっと分かるかもしれない。普段なら気恥ずかしくて言えないことも言えたりして、すっきりするのかな」
「そうかもしれません。とはいえ、喧嘩なんてしないに越したことはないですね。悪いことばかり考えてしまうので」
「それもそうだ。俺なんて子供のころ──……」
そこでリロイさんの言葉が不自然に途切れた。不思議に思って彼を見上げると、リロイさんは不意に真面目な顔つきになって私を庇うように手を前に出した。
「こんばんは、騎士様。それにエマも。会えてとても嬉しいわ」
驚いた。口から心臓が出てしまうんじゃないかと思うほどに。
暗い路地の隙間を縫うように、彼女──フィオナさんの白い肌がすっと浮かび上がる。彼女はゆっくりと、勿体ぶるように私たちの前まで足を運び、そして程よいところで足を止めた。穏やかに、朗らかに微笑む彼女は、どこかノアと似ているような、全く別のような、不思議な雰囲気を纏っている。
「まぁ、騎士様。胸の穴が埋まったのね。よかったわ」
「勘違いじゃなければ、俺の胸に穴を開けたのは貴方だったと思うけど。それなのに随分と他人事のように話すね」
「あら?私はそんなつもりないのだけど、あなたを怒らせてしまったみたい。でも、貴方の心臓が向かった先は、私の手元じゃなかったはずよ?」
フィオナさんはそう言って、私のほうを見つめた。それから無垢な少女のように目を細めてから、私に向かって足を一歩伸ばす。けれどリロイさんの腕が私を一歩下がらせたため、結局、私たちの間の距離が縮まることはなかった。
「残念。嫌われちゃったみたい」
フィオナさんは一瞬、顔をきょとんとさせてから、また穏やかに微笑んだ。言葉のわりには全く気にしていないように思えるけれど、彼女の心の内はどうも読みにくい。
それからフィオナさんは何か考えるように顎に指を添えて、少しの間をあけたあと再び私に声をかけた。
「ねぇ、エマ。あなたは人のためにお店を開いているのよね。魔女のお願いは聞いてもらえないのかしら」
「え?それは……」
魔女でも歓迎しています、とは、この状況ではなかなか口にすることができなかった。けれど彼女は、そんな私に構うことなく話を続ける。
「あなたの心臓がほしいって言ったら、あなたは譲ってくれる?」
とんでもないことを、少女のような微笑みで口にする。彼女は私が今まで出会った魔女の中で、誰よりも魔女らしく見えた。
すぐに返事ができなかった私を尻目に、リロイさんが一歩前に出てそっと剣に手をかける。私は少し背筋が冷たくなるのを感じた。
「これ以上は見過ごせない。君がこのまま帰るなら見逃そう。だけど何かするつもりなら、たとえ君に悪意がなくても斬らせてもらう。お願いだから、俺に君を斬らせないでほしい」
彼の声は本気だった。それなのにフィオナさんは目をうんと細めて愉快そうに、あるいは嬉しそうに笑っている。
「優しいのね」
「本気じゃないと思ってる?」
「いいえ。貴方は立派な騎士だもの。騎士道に則って、弱きを助け強きを挫くのでしょう。とっても素敵だわ。……うーん、そうね。やっぱり貴方の心臓にしようかしら。ねぇ騎士様。今度こそ、私にくださる?」
そう言って手を伸ばすフィオナさんに、リロイさんも剣を握る力に手がこもる。一触即発の状況だった。私は慌ててリロイさんの服の袖を掴んで、
「ほんの少しだけ、時間をください」
と、言った。
それから私はローブの内ポケットから一つの小瓶を取り出して、栓を抜いて彼女に向かって思いっきり振りかぶる。小瓶から飛び出した粉が月明かりに反射しながらキラキラと宙を舞い、突然のことに目を丸くするフィオナさんに降りかかった。
「あら?」
そう言ったのを皮切りに、彼女の姿はみるみると小さく、そしてゆっくりと姿を変えていく。その変化が止まった頃には、彼女は一羽の鳥になった。
「えっと……それは?」
恐る恐ると言った様子でリロイさんが私に尋ねる。
「試作していた姿を変える薬です。以前はランダムに姿を変えていましたが、最近やっと決まったものに変えることができるようになったんです。これは見ての通り、鳥に姿を変えるものです」
自信ありげにそう伝えると、リロイさんは「へぇ」と少し興味深そうに、小瓶に少しだけ残った七色の粉を眺めた。それからハッとして、彼は慌てて鳥になったフィオナさんを探す。彼女は逃げることもなく、私たちの足元で可愛らしく鎮座していた。
「フィオナさん、安心してください。これは一時的な薬で……あれ?」
鳥になった彼女を持ち上げたとき、暗闇の中で私はある違和感に気がついた。
「リロイさん、灯りを持っていますか?」
「え?あぁマッチならあるけど、付ければいいのかな」
「お願いします」
暗闇の中でリロイさんが頷き、マッチを擦る。ぽわっとした灯りが彼の手元を暖かそうに照らし、そしてそのまま私たちの間へと灯りを滑らせた。
「え?これって……」
鳥になったフィオナさんが柔らかく照らされると、そこには私が気になったものの正体があらわになった。──ふかふかの羽毛の隙間から、ぽっかりと覗く胸の穴。そう。彼女の胸にも穴があいていたのだ。




