思い出のイヤリング
占いの結果が分かるや否や、私はすぐに家中を探し回った。テーブルの下、鉢植えの中、棚の一つひとつに至るまで、全ての引き出しを出してみてもそれらしいものは見つからなかった。とうとう疲れ果ててベッドの上に倒れ込んだ時、私はふと自分の耳に手を当てた。正確にいうと、耳についているイヤリングに、だ。
「私はこれが怪しいと思うんです」
私はイヤリングをテーブルの上に置いた。それを少し離れたところから見ていたノアが、
「それって、君がいつも付けているものじゃないか?」
と尋ねたので、私は曖昧に頷いた。
「えぇ、まぁ。さっき話した魔女のことを覚えていますか?」
「エマが家にあげたっていう魔女のことだね」
「そうです。その魔女が私のイヤリングを見た時、変なことを言っていました。『やっぱり。ここにあったのね』と。このイヤリングは十年ほど前のもので、彼女がこれを探していたとは考えづらいです。だとすれば占いの結果も考慮して、これがリロイさんの心臓にあたるのではないかと思うんです」
私の推論に、三人は難しい顔をした。「それはあり得ない」と顔に書いてあるようだった。
「ケイトさんは魔女の木の気配にも、リロイさんの呪いの気配にも敏感でしたよね。ではこのイヤリングから、リロイさんの気配を感じるか試してもらえませんか?」
「え?う、うん。それはいいけど」
躊躇うようなぎこちない動きで、ケイトさんはイヤリングに手を伸ばした。それから手のひらに乗せたり、石を陽に透かしてみせたりして暫く手の中で遊ばせたあと、ケイトさんは一度深く目を閉じてからゆっくりと頷いて、
「うん。これからリロイと同じ気配がする」
と言った。
けれどリロイさんだってすぐに納得することはできなかった。
「でもこれはどう見てもイヤリングだ。心臓ではないよ」
彼の言葉は尤もだった。これは間違いなく耳を飾るためのもので、胸の穴を埋めるようなものではない。
だけどどうか考えてみてほしい。これは魔女の呪いなのだ。魔女が盗んだ心臓が、どんな形に姿を変えて、どんな場所にあったとしても、それは魔女の悪戯にすぎない。
「これは概念みたいなものです。心臓を盗んでも、そのまま持ち歩くなんてナンセンスでしょう?だからこうやって持ち運びやすい入れ物に移すんです。ところでイヤリングに触っても、痛みや違和感はありませんよね?」
「え?う、うん。それはないけど」
「なるほど。では大丈夫ですね」
そう言ってイヤリングを持って席を立つ私を、ノアが引き止めた。
「待って。それをどうするつもりだい?」
「呪いを解くために必要なので工房に持っていきます」
「答えになってないよ。何か隠しているだろう」
「隠してなんて、」
「エマ」
普段、温厚な彼から発せられたとは思えない強い口調だった。私は驚いて、言葉を詰まらせた。それから少しバツが悪くなって、自分の手元を見つめる。そこには思い出の緑の石が、あの頃のつやつやとした輝きのままでぽつんと手のひらに転がっていた。
「……ごめんなさい、ノア。隠しごとは、ありました。これは砕くんです。細かく砕いて、星の木の樹液と、夕顔の花と一緒に煮込みます。その煮込んだものを飲めば、リロイさんの呪いは解けるはずです」
「でもそのイヤリングは大切なものじゃないのか?いつも身につけているだろう」
今度こそ嘘をつきたくなくて、私はおずおずと首を縦に振った。
「おばあさんからの贈り物です」
「やっぱり大切なものなんじゃないか」
「はい。思い出の品です。でも私は、思い出と友人、どちらの方が大事なのかを見誤るほど愚かな魔女ではありません」
ノアの言うとおり、これはとても大切なものだ。この世にたった一つしかない、大切な人から贈られたものなのだから。このイヤリングを受け取った時の胸の高揚も、耳に飾ったときのうっとりするような甘い気持ちも、おばあさんの優しい微笑みも、いまだに私の瞼に残る鮮明な記憶だ。簡単に手放せるようなものではない。
けれど見知らぬ誰かの言葉を借りるなら、「何かを選ぶということは、何かを捨てること」なのだそうだ。幼い頃では理解できなかった言葉も、今なら少しは分かるような気がする。人だろうと、魔女だろうと、きっと神様ですらすべてを手に入れることはできない。だから選ぶのだ。本当に欲しいものを、譲れないものを、別の大切なものと天秤にかけながら。
「他に方法はないのかな。エマはそう言ってくれるけど、大切なものは手放さないのが一番だ」
リロイさんはそう言ったけれど、私は黙って首を横に振った。
「もう一度魔女に会うことができれば、イヤリングではない別の入れ物に移し替えることができるかもしれませんが、残念ながら次はいつ魔女に会えるか分かりません。それに、失ったのは心臓です。今は大丈夫だとしても、解決方法が分かったのなら速やかに呪いを解いたほうが賢明です」
今度こそ、誰も何も口にしなかった。ただ何かを言いたげに、けれど何も言えずに、じっと溢れてくる感情を堪えているような雰囲気だった。
私もそれ以上は何も言わなかった。喧嘩をしたわけでもないのに、引きずるような蟠りを感じながら、私はイヤリングを手に工房へ向かった。
◯
数十分後、それは出来上がった。
小瓶に入った夕暮れの色をした液体を、リロイさんはゆらゆらと揺らす。そのたびに小瓶の中の液体は光をきらきらと反射させて、夕日を浴びた海のように輝いていた。
「これを飲めば、呪いは解けるはずです」
私がそう言うと、リロイさんは静かに頷いた。そして疑うようなそぶりも見せずに、それを一気に呷る。次の瞬間、リロイさんは「うっ」と小さな呻き声を出して胸を強く押さえた。嫌な考えが頭を過ぎりながらも、祈るような思いで彼を見つめていると、次第に彼の表情はゆっくりと和らいでいった。リロイさんの表情が完全に戻ったあと、彼は確かめるように服のボタンを外して広げてみせた。
「……戻ってる」
そこには彼の逞しい胸が、当然のように埋まっていた。今までの苦労が嘘のような光景だった。私はやっと肩の荷が降りたような心地になって、ほっと息を漏らす。
「本当にありがとう、エマ」
きっとリロイさんも不安だっただろう。いつ元に戻れるのかも、そもそも呪いは解けるのかも分からない煮え切らない状態を一週間以上もの間、耐えたのだ。普通の人だったら気がおかしくなっていただろう。それはまさしく、騎士の精神力あってこそ成せたことだった。
「いいえ。私こそ、頼ってもらえて嬉しかったです」
本音を口にすれば、リロイさんはふっと柔らかく笑って、「うん」とだけ答えた。
「でもどうしてリロイの心臓が、エマのところにあったのかな。それに、呪いをかけた魔女は呪いをかけたことも、解いたこともないと言っていたんでしょう?嘘だったってことかな」
「そのあたりは本人に聞いてみないと分かりませんね。……ねぇ、ノア?」
ずっと黙っているノアに声をかけると、彼は何か別のことを考えていたらしく、
「え?……あぁ、うん。そうだね」
と、素っ気なく返事をした。
それから他に違和感はないか、別の箇所に異常が起きていないかを確認したあと、私たちは程なくして解散した。店を出る彼らを見送る時、結局ノアだけは最後まで目を合わせてはくれずに、私は初めて彼と気まずいまま「また今度」と別れた。




