心臓のありか
「リロイの胸に穴が空いたって聞いたわ」
店に入ってからテーブルに着く間もなく、ケイトさんはそう言った。驚きはしたものの、私は彼女をテーブルに案内して、そのまま紅茶とクッキーをキッチンから持ってくる。ケイトさんは特に反発する様子もなく、大人しくクッキーをひとつ摘んで口へ運んだ。
ケイトさんのお手伝い期間は、春の訪れとともにおしまいになった。他意がまったくなかったとは言えないとしても、もともとは薬の調合の依頼と、店の両立が難しいから頼んだことだ。騒動がおさまれば、必然的に店の手伝いを頼む必要はなくなる。そうして彼女は、もとの暮らしへと戻っていった……はずだった。
おかしなことに、店の手伝いから解放されたはずのケイトさんは今でも店の手伝いにやって来てくれている。以前ほどではないにしろ、「遊びに来るついでだから」と掃除やらお茶だしやらをしてくれるので、ほとんど従業員のようになっていた。
「呪いのことはリロイさんから?」
「うん、そう。でも自分から言ったっていうのとは違うかな。この間たまたま街で会った時に、リロイからなんだか変な感じがしたの。だから『呪われたの?』って聞いたら、『よく分かったね』って。私、魔女の中でもそういうのに敏感な方みたい」
ケイトさんの落ち着いた態度に、リロイさんから呪いを打ち明けられた時の自分の反応を思い返して少し恥ずかしくなった。年下の彼女でさえ毅然としているのに、私の慌てぶりったら、思い出しただけで情けない。もうほとんど一人前の魔女のような気でいたけれど、私もまだまだ未熟だったということだ。
「それで、呪いのことは何か分かった?協力することがあったらいつでも言ってほしい」
「うーん。進展は、あるにはありました。だけど、むしろ余計にややこしくなった気もします。一応、リロイさんにも声をかけたのでそろそろ……」
そう言ったところに、コンコンと扉をノックする音が聞こえた。
(リロイさんが来たのかも)
そう思って玄関へ向かい扉を開けると、そこに立っていたのはにこやかな笑顔で手を振るノアだった。「ノア?」と首を傾げると、彼の後ろから別の人の声が聞こえた。
「ちゃんと俺もいるよ。城を出る時に見つかってしまって」
「見つかったとは心外だな」
不服そうな顔をするノアは文句を言いながら店へ入って、その後ろから苦笑いのリロイさんが続く。リロイさんは先に店にいたケイトさんに気がついて軽く手を振ってから窓際の席へと腰を下ろした。
「やぁケイト。君も来ていたんだね」
「うん。エマを手伝ったらリロイの呪いが早く解けるかと思って」
「はは。それはありがとう」
そんなほっこりするような会話を尻目に、ノアは近くのソファに腰を下ろした。私がお茶を届けると、彼は「あの二人、ちゃんと仲良くできてるみたいだね」と、妹の成長を喜ぶ兄のような顔をしていたので、私はひっそりと笑った。
「それで、エマから呼び出しなんて珍しいけど何か分かったのかな」
「正直、呪いを解く手がかりはまだ見つかっていません」
「……そうか。いや、気にしないでくれ。前も言ったように痛みはないし、人前で着替えができないこと以外は特に支障はないんだ。それに、エマの顔を見たら少し元気になった気がする。それだけでも十分だよ」
本当に、リロイさんは優しい人だ。私を傷つけないように言葉を選んでくれているのが伝わって、私は改めて彼の人柄の良さを思い知った。そんな彼を騎士というだけで苦手だった私は、なんて幼稚な魔女だったのだろう。
「話は最後まで聞くものだよ、リロイ。エマはまだ君を呼んだ理由を言っていない」
横からノアに注意を受けて、リロイさんはハッとしたように目を開いた。それから困ったように眉をハの字にしながら、
「ご、ごめん。焦ってしまったみたいだ」
と言った。
私は「いえ、気にしないでください」とリロイさんに返事をしながら、内心はノアに感心していた。ノアはいつも私の気持ちを、考えを、理解して尊重してくれる。その気遣いがとても心地よかった。
「どこから説明したらいいのか……。とにかく、順番にお話ししますね。まず、昨晩のことです。一人の魔女が私を訪ねて来ました。結局、訪ねた理由はよく分かりませんでしたが、お腹が空いたようだったので夕ご飯をご一緒したんです」
「なんだって?」
そこでノアが口を挟んだ。
「まさか家にあげたのかい?」
「え?……あぁ。少し、軽率だったかもしれません」
「少しじゃないだろう!」
珍しく声をあげるノアに驚いたものの、彼の言葉は紛れもない正論だった。それにリロイさんもケイトさんも、「それは褒められた行動ではないね」「知らない人を家にあげちゃだめよ」と私を責めるので、私はただ小さくなって「すみませんでした」と謝るしかなかった。
「ひ、ひとまずこの話は置いて、話を続けましょう。……それで、一緒にご飯を食べている時に、私は彼女に『呪いについて詳しいですか』と尋ねました。呪いを解くヒントが得られるかもしれないと思ったからです」
「でもヒントは得られなかった?」
ケイトさんの言葉に私は頷いた。
「はい。残念ながら彼女は呪いに詳しくはありませんでした。ですが気になることを言っていたんです」
「気になること?」
「『自分で自分を呪ったのかしら』と」
ケイトさんの反応は、私が魔女に対して見せた反応とよく似ていたと思う。『自分で自分を呪うなんてことがあるはずがない』といった顔だ。
けれどリロイさんは、難しい顔で顎に手を添えながら何やら考え込んでいる様子だった。そしてその少し離れたところでは、ノアが澄ました顔でお茶を飲んでいる。二人の反応は、少し特殊だった。
「それで、エマは俺が自分で自分を呪ったと思ったってことかな」
「いいえ。たとえ自分で呪ったとしても、人間のリロイさんでは自分の胸に穴を空けるようなことはできないでしょう。ですが彼女の話を聞いたあと、私は遠くばかりを見ていたことに気がつきました」
そう。私は遠くばかりを見つめていた。
リロイさんを呪った見知らぬ魔女の影を。得意ではない呪いの解き方を。そうやって出来ないことばかりを嘆いていたけれど、私がしなくてはいけないことはそんなつまらないことではなかった。
今、リロイさんが求めていることは呪いを解くこと?それは間違いないけれど、具体的ではない。彼は呪いを解きたいのではなくて、失われた胸の穴を埋めたいのだ。私は呪いを解くことはできないけれど、だからといって何もできないわけではなかった。
「それで、リロイさんの心臓がどこにあるのを占ってみました。そうすれば、おのずとリロイさんに呪いをかけた魔女に辿り着くだろうし、呪いを解いてもらえればすべて解決しますし」
「ちょっと待ってくれ。エマの占いって……」
言いにくそうに、ノアはそこで口をもごもごとさせた。私は少しむっとなったけれど、彼の言いたいことは百も承知だったので反発するようなことはなかった。
「まぁ……そうですね。私は占いが苦手ですし、この手をすぐに思い至らなかったのは、苦手意識が強すぎたからなのかもしれません。実際、占っても前と同じようにぼやっとしたものしか見えませんでした」
「じゃあ……」
微妙な顔で言葉を濁すノアに、私は人差し指をピンと伸ばした。
「見えたのは、猫と、たくさんの本、そして緑です」
「やっぱり曖昧じゃ………ん?それって、」
ノアも私と同じ考えに思い至ったようだった。当然だ。これは以前の占いの結果とまったく同じものだし、何よりその時の依頼主もリロイさんだったのだから。
私は秘密の話でもするように声のトーンを少し下げた。三人の目が、私に私に集まる。
「おそらくリロイさんの心臓はこの店にあります」




