最後の謎解き
「なるほど。それで魔女の木に目をつけたってわけだ」
ノアの言葉に私は頷く。
この病は王都から離れた地域に患者が集中したわけではなく、王都を中心とした患者が異様に少なかったのではないかと私は考えた。そしてもし私の考えがあっていたなら、それは広場に植えられた『魔女の木』にあるはずなのだ。
「この病は人間の間で流行っているもので、今のところ魔女が感染したという話は聞きません」
「うん、そうだね。僕の方でも魔女が感染したという情報は入っていない。人間の方が数が圧倒的に多いというのもあるだろうし、名乗りづらいという背景があるのかもしれないけど、一人も出てこないというのはおかしいと僕も思っていたんだ」
そう。魔女の患者については不自然なほどに情報が入ってこなかった。患者のために大きな教会がいくつか解放されたし、敷地の一部を患者と治療のために貸している領主もいると聞く。もしそのなかに魔女の一人でもいれば必ず噂が立つだろうに、そういった話はさっぱり聞かなかった。
「そこで考えました。もしかしたら、この病に魔女は罹らないんじゃないかと」
「えぇ?そんなことってあるのかい?」
「正直分かりません。魔女と人間はよく似ているけれど、違う部分もあります。分かりやすい例でいえば、瞳の色や魔法を扱う才能の有無ですね。この国が誕生してから何百年もの間、お互いはお互いのことを知ろうとしませんでした。なので私の考えが正しいのか、それとも間違っているか、私たちの間にある違いはなんなのか、それらを知るには私たちが無視しあった分だけの時間が必要になるでしょう」
諦めてはいけなかった。
たとえ理解できなくても、相手のことを知り尽くすことなんてできなかったとしても、知ろうとすることを諦めてはいけなかった。そうすればいつか、私たちの間あると思っていた大きな崖のような溝が、思っていたよりもずっと小さく、呆気ないほど軽く飛び越えられるものだっと知ることができる日が来るかもしれないのだから。
「とにかく、この考えが正しいか間違っているかを検証する時間はありません。ただこの考えが正しいとするなら、どうして魔女の木がある王都を中心に被害が少ないのかを、説明できるかもしれません」
ノアは黙って私の言葉に耳を傾けてくれている。その信頼を裏切らないように、私は真っ直ぐに言葉を繋げた。
「私たち二人だけが知っている四百年前の秘密です。広場にある魔女の木は、もともとリリーという名前の魔女でしたね。この病が魔女に対して無効なら、魔女の木に同じ効果があっても不思議ではありません。特に、おばあさんの日記のとおりならリリーさんは千年を生きた魔女です。魂が天国へ旅立ってからも、その力が魔女の木に残り続けるなんてこともあるでしょう」
ノアはちょっと考えるような素振りで顎に手を添えながら「一理あるね」と答えた。まだ心許ない推理ではあるものの、今は細い糸に希望を託す他に道はない。
「それにしても魔女の木かぁ。関係あるかは分からないけど、あの木には伝説があるんだよ。エマは知ってる?」
私は首を横に振った。ノアはちょっと勿体ぶるように紅茶を一口飲んでから、まるでおとぎ話でも語るようにゆっくりと話を始めた。
「──むかしむかし、不治の病に侵された男がいた。この世のすべての薬を試したが、男の病は治らない。それでも死にたくなった男は魔女の木の噂を聞きつけた。『世にも珍しい永遠の緑を持つ木だ。これなら自分の病も治るかもしれない』そう思った男が葉っぱを一つちぎって口にすると、みるみる病は治っていった。けれど喜んだのも束の間、しばらくすると男は胸を押さえて苦しんだあと、心臓はぴたりと動くのやめてしまった」
静かな部屋にノアの声が響く。不気味な話だった。
確かに関係ありそうな話ではあるものの、死んでしまっては意味がない。私が諦めて自分のカップに口をつけた時、ノアは人差し指をピンと伸ばして、内緒話でもするように声を顰めながら「この話にはまだ続きがあるんだよ」と言った。
「男が死んだあと、一人の魔女がやってきた。そしてその亡骸を見つめながら、こう言った」
ノアの真っ直ぐな瞳に、私は思わず息をのむ。
「『魔女の木の呪いを解くことができるのは、偉大な魔女だけ』」
まるで謎かけだった。魔女の言葉の意味をノアが語るのを待っていたら、それに気付いたのかノアは肩をすくめて力なく笑った。
「これだけだよ。魔女の木の伝説はここでおしまい」
そんな、と私は肩を落とした。これでは手がかりになるかも分からないし、何より肩透かしを食らった気分だった。
「この話でよかったことは男の病が治ったことですね。死んでしまっては意味がありませんが、原因は栄養の過剰摂取ってところでしょうか」
「過剰摂取?」
ノアの疑問に私は頷いた。
「何事も適量が大切ということです。少なくても駄目、けれど多すぎればそれは毒にもなりうる。たとえば人間に塩分は必要だけど、摂りすぎると様々な健康リスクに繋がるでしょう?千年も生きた魔女の力は、たとえ葉っぱ一枚だとしてもそれほどまでに大きいということです」
ノアは「ふぅん」と納得したような、していないような微妙な表情を浮かべながら紅茶を一口飲んだ。彼も相当疲れているのだろう。背中が丸くなって、頬杖までしている。
「いま薬として使っている鎮まり草も似たようなものですね。こっちは名前の通りあらゆるものを鎮めてくれます。熱や痛み、炎症を鎮めてくれますが、多く摂取すれば意識が薄れて睡眠薬にもなるし、さらに多く摂れば心臓が止まることもあります」
そう言うと、ノアは少し笑って「それをケイトに言ってはいけないよ」と言った。
「なぜです?」
「鎮まり草が睡眠薬になると知ったら、いつまでも休んでくれない君にケイトが盛るからさ」
冗談にしては少し現実味があって私は苦笑いをした。
「──さて。冗談はここまでにして、ノアこれを見てください」
そう言って私はローブの中から一枚の封筒を取り出した。それをテーブルの上に置くと、ノアが「これは?」も尋ねて、まだ封も開いていない手紙を見つめた。
「ノアが来る前に魔女の木の手がかりを見つけておこうとおばあさんの日記をもう一度開いてみました。すると最後のページにこれが挟まっていたんです。前に見た時はなかったはずなので、おそらくおばあさんがこのタイミングで見つかるように魔法をかけたんだと思います」
ノアが「おばあさま……」と呟く。それから苦笑いを浮かべながら、「嫌な予感がするんだけど」と言った。
「まぁ、まずは開いてみましょう」
「まだ中身は見てないの?」
「はい。ノアと一緒に見たかったので」
私の言葉にノアは微笑んだ。「そうか」と言ったので、「はい」と答えるとノアはもう一度わらった。
「では開きますね」
そう言ってから鋏で封を切って、中から一枚の紙を取り出す。そのままテーブルの上に置いて、私たちはその紙を覗き込んだ。手紙の内容はこうだ。
『眠る彼の手は二つ、胴体は一つ。
魔女の手は一つだけ。
王家の頭からは三つ。
それらを捥いで、干して、すり潰す。
どうか恐れないで。一つ間違えても、二つ間違えても、きっと神様は許してくれるはずだから』
「やっぱり君のおばあさまは一筋縄ではいかないみたいだね」
私たちは顔を合わせて笑った。そうだ、ベアトリスという魔女はこういう魔女なのだ。
「では、魔女からの問題を解きましょうか。きっとこれがこの危機を乗り越える最後の謎解きです」




