魔女と友だちに
寒い寒い冬の気配が近づいて来た。
朝、だんだんとベッドから出るのが辛くなって、起きたら起きたで顔を洗うまでにいつもの倍の時間をぐだぐだと過ごしている。冷たい水で顔を洗ったらやっと顔がシャキッとなって、そこからは歯を磨いたり、店の準備をしたりして、いつもの毎日が始まる。
「おはよう。エマ」
ケイトさんはいつも早い時間から店を手伝いに来てくれる。多分、朝ごはんを食べたらすぐに店に来てくれるのだろうけど、無理をしていないか心配だ。
「おはようございます。ケイトさん。今日もよろしくお願いします」
ケイトさんは「うん」と頷いて、今日も店は開店した。
・
「魔女と友だちになりたい?」
店を開店してしばらく後にやって来たのは、ジャックという名前の一人の少年だった。歳は12、3歳くらいで、ケイトさんと同じくらいだと思う。そんな彼の依頼に、私も、そしてケイトさんも目を丸くした。
「う、うん。ダメかな?」
控えめな視線に、私は思わず首を振った。
「し、失礼しました。少し驚いてしまって」
素直に謝ると、ジャックさんは「いいよ。気にしないで」と優しく笑った。
「僕もおかしなことを言ってると思ってる。だけど、時間がないんだ。魔女の店ならなんとかならないかなって」
探るような不安定な瞳にすぐに頷いてあげたいところではあった。けれど何事も安請け合いというのは禁物だ。私は慎重に言葉を選びながら、彼の後ろに隠れている事情を知ることに努めた。
「よければ、もう少し詳しく教えていただけますか?魔女といっても、私たちとお友達になりたい、というわけではないようですが」
私の質問に、ジャックさんはハッとしたような顔をして口を開いた。
「あっ、そうだね。ごめん。魔女っていうのは、僕の近所に住む女の子のことなんだ。時間がないって言ったのは、その子がもうすぐ引っ越しちゃうから……」
そこまで言って、ジャックさんは目を伏せた。眉をひそめて、打ちひしがれるように首を垂らしている。
「そうでしたか。でもそれなら、素直に声をかけてみてはいかがでしょう」
私の提案に、ジャックさんは力なく首を振った。
「無理だよ。魔女は人間のことを嫌ってるんでしょう?」
ジャックさんの言葉に、私は、私たちは、一瞬、息をするのを忘れた。
嫌っている?私たちが?あなたたちが、ではなくて?
決して責めたいわけではない。だけどそれが本心だった。
私は喉元で引っかかっている言葉を飲み込んで、笑顔を見せた。
「どうしてそう思うのですか?」
努めて穏やかに、優しく、丁寧に。
「だって魔女はいつも僕らに壁を作ってる。近づこうとしたら離れていくし、にこりとも笑ってくれない。僕は声が聞きたいだけなのに、素っ気ない態度ばかりで淋しいよ」
そんなこと、と言おうしたけれど、やめた。心当たりがあることばかりだったからだ。とくに彼の中にある魔女のテンプレートは、昔の私とそっくりだった。
「……淋しかったんですね」
あなたも。
『だけどさ、本当に魔女って嫌われてるのかな?』
いつかの日、ノアが言っていた言葉が頭をよぎった。
もしかすると私たちは、お互いに淋しい思いをしているだけなのかもしれない。あと一歩を踏み出す勇気が持てないまま、気がつけば何百年と過ぎてしまったのかも。
魔法があれば、と思った。私に魔法が使えたなら、この人間と、魔女の間に生まれた数百年の孤独を埋めることができただろうか。……きっとそんなこと、できやしないのだけど。
「……さっきおっしゃっていた魔女の女の子とは、どうして友だちになりたいと思ったのか聞いてもいいですか?」
ジャックさんは頷いた。
「一度だけ、笑った顔を見たことがあるんだ。僕がうんと小さい頃、人間とか魔女とか、そんな違いをまだ知らない小さい頃ね。何を話したのか、どうして話したのかは忘れてしまったけど、彼女の笑顔がすごく可愛かったのを覚えてる。でも気がついたら、僕は人間と魔女は違うんだって知ってたんだ。何がどう違うのかはよく分からないままだけど、見えない線みたいなものがあるってことは分かるよ」
見えない線。
それは私もよく知っているような気がした。
「でもさ、友だちなら線なんて関係ないでしょう?話がしたいって言っていいし、一緒に遊ぼうよって声をかけられる。それに、離れていても手紙を送ってもいいんだ。だから僕は彼女と友だちになりたい」
きらきらと輝く瞳に、私はなんだか涙が出そうだった。声が詰まるのを、うんうんと相槌を打ちながら何とか誤魔化して、落ち着いたところでもう一度深く頷いた。
「そうですね。きっとあなたなら、素敵な友だちになれると思います」
私の言葉に、ジャックさんはホッとしたように表情を柔らかくさせた。
「友だちに、というより、相手に好感を抱いてもらえる薬は作れます。……ですが、もし私が相手の魔女なら、薬なんて使わずにあなたの口から聞きたいと思うはずです」
「なんて?」
「『友だちになって』と」
ジャックさんは心細い目で私を見つめながら、「それだけ?」と口にした。それに対して、私は笑って頷いた。
「それだけです。頷いてもらえないかもしれないし、逃げてしまうかもしれません。でもきっと最後には、いい返事がもらえると思いますよ。これはあくまでも私の勘ですが、魔女の勘はよく当たるんです」
それでも疑いのまなざしを向けるジャックさんに、私も負けじと言葉を重ねた。
「私の友人はもっと強引でした」
「どんなふうに?」
「初対面で無理難題をふっかけてあげく、一週間に一回は店に入り浸るんです」
「えぇ?それ本当に友だちなの?」
「ふふ。私も最初は驚きました。でも、今では友人が強引な人でよかったと思います。そうでないと私は、誰にも心を開けなかった」
感謝している。いつも。
朝、目が覚めたら、今日は店に来るだろうかと楽しみにしたり、夜、眠るときも淋しさに埋もれたりすることはない。
彼はすごいのだ。私が孤独に埋まってしまう前に必ず会いに来てくれる。ちょっと強引に、図々しく。そうしたら、私は少し楽になる。ホッとする。
「……うん。言ってみる。おじいちゃんも、大事なことは自分で伝えなさいって言ってたし」
「はい。きっと大丈夫です」
ジャックさんは力強く頷いて、駆けていくように店を去っていった。
「こんなことしてるからこの店は儲からないんだと思う」
「……すみません」
ケイトさんの言葉にぐさりと胸を貫かれたけれど、後日、嬉しい手紙が届いた。差出人は、ジャックさん。
『魔女の勘、当たったよ』
という短い文をケイトさんと一緒に眺めながら、ティーカップで乾杯をした。




