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あなたのための

 私たちが孤児院を訪れた次の日、ケイトさんはさっそく店を手伝いに来てくれた。とても嬉しかった。本当は、不躾にも会いに行ったことを、彼女は怒っているのではないかと心配していたからだ。

 内心ホッと安堵のため息を漏らしてから、そのまま店に立とうとするケイトさんにストップをかけた。ケイトさんは不思議そうに首を傾げて「何?」と返事をした。


「その装いもとっても素敵ですが、接客には向きません。新品がなくて申し訳ないのですが、昔、私が来ていた服を着ていただきます」


 私がそう言うと、ケイトさんはちょっとムスッと顔を歪ませた。


「どうして?」

「『よい魔女とは、身だしなみに気をつけるものよ』と、おばあさんがよく言っていました。私もそう思います。今のままでもケイトさんは十分素敵ですが、その服のサイズが合うようになるにはあと数年かかります。なので今は、私の昔の服で我慢してください」


 ケイトさんは渋々といった形で頷き、かつておばあさんが私のために縫ってくれた服に袖を通した。ピッタリと言わないまでも、さっきの服よりは随分と彼女の体に馴染んでいるように思えた。


「それでは私は工房で薬を調合しているので、ケイトさんはお店の掃除をお願いできますか?」

「掃除?接客ではないの?」


 ケイトさんの純粋な質問に、私の胸はぐさりと痛んだ。


「いえ……この店はあまり繁盛していません」

「じゃあどうして私を呼んだの?もしかして、同情?」


 非難するようにじっと私の目を見つめるケイトさんに、私は首を振った。同情なんてされても嬉しくないことは、私がよく分かっている。


「繁盛はしていませんが、たまにフラッとお客さんが来てくれることがあります。その時に、お店が汚れていたら嫌でしょう?それに私の手が空くまで待たせてしまうのも良くありません。せめてこの店にいるときは、気持ちよく過ごしてもらいたいんです」


 ふぅん、とケイトさんは興味のなさそうな返事をした。それがかつての私を見ているようで、少しだけ面白かった。

 おばあさんはあまり人間を好きではなかった。普段、生活している中で、おばあさんはそんな気配など微塵も感じさせなかったけれど、あの古い日記を見て取るに、複雑な思いを抱いていたのは明白だった。それなのに、おばあさんは人と接するのがとても丁寧な魔女だった。相手の動きや仕草、時にはその日の天候や気温にさえ気を配って、その都度、話し方や接客の仕方、出す紅茶の温度すら変えていた。

 まだ幼かった私には、それが面倒にしか思えなかった。ぜんぶ一緒の方が楽ちんに決まってる。それに誰もおばあさんの優しさに気づいていない。それが一番、いやだった。


「やってほしいことのリストは作っておきました。すべて出来なくてもいいので、ひとまずこれでお願いします」


 そうしてわたしは工房に、ケイトさんは店に残り、それぞれするべきことに取り組んだ。午前が終わり、お昼には一緒にご飯を食べて、少しの休憩を挟んでまた作業に戻り、3時になれば一緒におやつを食べた。

 今日、この店にやってきたばかりの時は借りてきた猫のように固まっていた空気のようなものが、この頃になるとすっかり解けて落ち着いていた。よかった、とひっそりと思った。


「さて、今日はこれでおしまいです。今日一日、お疲れ様でした。ケイトさんのおかげでお店は綺麗だし、中庭の手入れもしていただいてとても助かりました」

「え?私、もうちょっといてもいいのに」


 その一言は、私にとって何よりのご褒美だ。少しでも彼女の心に温もりを与えられたのなら、私はとても嬉しい。


「いいえ、ケイトさん。こういうものは、一日に全てやってしまえばいいというものではありません。一番大事なのは、長く続けることです。特に日々の生活に関わるものが綺麗になっていると、けっこう気分がよくなるでしょう?」


 そう言うと、ケイトさんは「うん」と小さく頷いた。


「なので、ケイトさんさえよければ、またお手伝いをしてくれると助かります。明日じゃなくても、明後日でも、一週間後でも、何なら遊びに来てくれるだけでも、私は嬉しいです」


 ケイトさんは笑った。「なぁに、それ」とおかしそうに笑う姿が、あまりにも普通の女の子そのもので、私は何だか胸がじんわりと温かくなった。


「あぁそれと、渡したいものがあります」


 私はそう言って席を立って、それから一つの服を持ってきた。


「合間を見て、ケイトさんに合わせて仕立て直しておきました。本当は採寸するべきなんですが、知り合って間もないのに採寸されるのは嫌かなと思いまして……。あっ、でも気に入らなければ」


 そこまで口にして、ケイトさんのエメラルドの瞳がキラキラと輝いていることに気がついた。私が目を丸くしていると、彼女はそれを受け取って、腕の中でぎゅっと包み込む。まるで宝物をもらったように、頬をほんのりと染めて、柔らかく瞼を下ろした。


「この服、もらっていいの?」


 しばらくして、彼女の瞳が私を見つめた。うるうると艶めく瞳だった。


「はい。といっても私の服を仕立て直したものですが」

「いいの。嬉しい。すごく。だって私、今まで自分のための服ってなかったの。私に合わせた服なんて、宝物みたい。こんなに嬉しい贈り物、初めて」


 それからケイトさんは自分の体に服を合わせながら、「見て、ぴったり」「あぁ、早く帰って着てみたい」と、まるで舞踏会を前にした令嬢のようにひとしきりはしゃいだ。それから「どうもありがとう」と溶けるような笑顔を見せたあと、浮かれ足のまま彼女は孤児院へと戻っていった。「気をつけてくださいね」と声をかけたけれど、今のケイトさんの耳に届いたかはわからない。

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