表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/63

人間のふりなんてしない

 いくつかの孤児院を訪ねては肩を落とす日々が続いたある日、やけに機嫌のいい顔をしたノアが店を訪ねてきた。その瞬間、なぜだか私は“ピン“ときた。いつもならそのまま彼を店の中へ招くのに、私は彼を玄関先に立たせたまま、尋ねた。


「もしかして、ケイトさんが見つかりましたか?」


 私の質問に、ノアは不意をつかれたような顔をしたあと、つまらなそうな顔で唇の先を尖らせた。


「サプライズのつもりだったんだけどなぁ。そんなに分かりやすかったかな?」


 拗ねた顔に、私は思わず笑ってしまった。

 確かに、出会ったばかりの頃に比べて、ノアは随分と分かりやすくなったと思う。いろんな顔を見せてくれるようになったとも言えるかもしれない。いつでも飛び立ってしまいそうだった鳥が、いつの間にか庭に巣を作って、いつの間にか棲みついたような、私にとってノアはそういう人だった。

 それに、変わったのはノアだけではなかった。知らず知らずのうちに、輪郭を柔らかく、丸くしていたのは私も同じだ。ノアが私の淋しさや、恐れや、不安によく気づいていくれるように、私も彼の些細な変化をよく見つけるようになったと思う。たとえば話し方、声のトーン、表情の硬さや柔らかさ、目の動き。そういう日常に散りばめられた些細なことが、彼の気持ちを察するのに大いに役立った。


「私は魔女ですからね。なんでもお見通しです」


 あなたが私を変えてくれたからですよ、と言葉にするのは流石に照れくさかった。


「何だか釈然としないけど、まぁいいか。それより孤児院にはいつ行く?許可はとってあるから、早ければ明日にでも行けるけど」

「では、ノアがよければ明日にしましょう。時間をかけるものでもないですし」


 ノアは「そうだね」と返事をしてから、「一先ず中に入れてもらってもいいかな?」と言って笑った。つられて私も「どうぞ」と言いながら笑ったけれど、いつも勝手に入ってくる彼を今さら畏まって迎え入れるのは何だかくすぐったかった。





 ケイトさんが暮らす孤児院は、30人ほどの子どもが生活しているそれなりに大きな施設だった。とはいえ、施設の雰囲気は決して暗いものではなく、寧ろ穏やかで明るいもののように見えた。わたしは内心ほっとしつつ、辺りを見渡した。柔らかな午後の日差しが降り注ぐ庭。そこで遊ぶ子どもたちのなかに、ケイトさんの姿は見つけられなかった。

 本当は、そんなこと分かっていた気がする。あの輪の中に入れるのなら、ケイトさんはきっと瞳の色を変えたいだなんて思わなかったはずだ。そうだとすれば、彼女の居場所にはおおよその検討がついた。一人でいられる場所。けれど誰かとの繋がりを捨てられないケイトさんならきっと、みんなが集まる場所をひっそりと眺められる、そんな場所を選ぶ気がした。


「お久しぶりです。ケイトさん」


 普段は使われていないであろう、埃っぽくてちょっとカビ臭い、そんな薄暗い部屋にケイトさんは一人で佇んでいた。窓辺に置かれた机の上に腰掛けて、手元にはくまのぬいぐるみを抱いて。まるで寂れた教会のように、その場所は穏やかな沈黙に守られていた。そんな神聖ささえ感じられるような空間を壊すようにして、私たちは部屋に入った。ケイトさんはびくりと肩を震わせて、私たちをまっすぐに見つめた。


「…‥あの時の、魔女?どうしてここに?」


 戸惑いで揺れる彼女の瞳は、窓から覗く庭の緑と同じ色をしていた。薬を使わなかったのだろうか。それとも今は効果が切れてしまっているだけなのだろうか。何にせよ、話を聞いてみないことには何も分からない。


「あなたに会いに来ました。もう一度、あなたの話が聞きたくて」

「話って、依頼のこと?」

「はい。今度はちゃんとケイトさんの願いを叶えられるように、」


 そこまで言うと、ケイトさんは私の言葉を遮るようにして「もういいの」と強く否定した。不意をつかれた私は、思わず言葉の続きを飲み込んで、彼女の項垂れた横顔を見つめた。


「もういいの。もう人間のふりをしたいなんて馬鹿なことは考えない」


 少し苛立ったように、ケイトさんは顔を歪ませる。思いもしなかった返答に、私は目を丸くした。

 言葉の輪郭だけを見るのなら、それはとても前向きな言葉のように思えた。ありのままの自分。飾らない自分。それらはとても素敵な響きをしている。人間のふりなんてやめて、魔女のまま生きていく。その決意はとても力強く、美しい。

 だけど違う。今度こそ私は見逃してはいけない。彼女の睫毛に隠された揺れる瞳を。そこに潜む暗い影を。


「何があったのか聞いたら、ケイトさんは困ってしまいますか?」


 私の問いかけに、ケイトさんは一瞬言葉を詰まらせたけれど、静かに首を振ってゆっくりと口を開いた。


「会えたの。彼に。たまたま街を歩いているところを見かけた」

「見かけた?変な言い方をするね」


 ノアが口を挟んでも、ケイトさんは大して気にしていない様子でもう一度首を振った。


「変じゃないよ。見かけただけだもん。声はかけていないし、彼も私に気付いてなかった」

「それならどうして……」

「彼ね、騎士だったの。腰に剣が差してあった。雨で相手をよく見てなかったのは、私も同じだったみたい」


 今にも泣いてしまいそうな顔で、彼女は腕の中のぬいぐるみをぎゅっと力強く抱えた。私は彼女の気持ちがほんの少しだけ分かる気がして、必死に頭の中で彼女にかける言葉を探した。けれど先に口を開いたのは、隣に立っていたノアだった。


「騎士だと駄目なのかい?」


 彼の素直な疑問に、ケイトさんは非難の瞳で見つめ返した。


「あなたには分からないわ。だって人間にとって騎士は正義で、味方だもの。でも魔女にとっては恐怖そのものよ。あの冷たい鉄が私の心臓を貫くかもしれないと思うと、怖くてたまらない。少なくとも本の中で魔女は、いつだって正義に倒されるわ」


 ノアは予想外の返答に目を丸くした。考えもしなかった、という顔だった。

 まったく贔屓がないかと言われると言葉を濁してしまうけれど、ノアは悪くない、と私は思う。どうしたって、魔女と人間の間にはすれ違いがあるものだ。魔女が人間を理解し切れないように、人間だって、そう。

 けれどケイトさんを否定することもできなかった。私だって、魔女が正義の人によって倒される場面を眺めながら、何度ため息を吐いたか分からないのだから。


「そういえば!」


 私はわざと大きな声を出した。この重たい雰囲気を、どうにかして打ち破ってしまいたかった。


「私、お店のお手伝いをしてくれる人を探していたんです。ね、ケイトさん。どうでしょう。しばらくの間、お店のお手伝いをしてもらえませんか?」


 突然に出された提案に、ケイトさんは分かりやすく驚いていた。それはノアも同じだったようで、美しい瞳をこれでもかと開いて、私の顔を見つめていた。


「え?いいのかい?そんなことを言い出して」

「いいんです。お手伝いがいてくれたらなって思っていたのは本当ですし」


 小声で話しかけてくるノアにつられて、私も小さな声で返事をした。ケイトさんはそんな私たちを気にする様子もなく、何やら思案に耽っている様子だった。

 ノアは心配そうな視線を私に送るけれど、彼に言ったことは嘘ではない。最近、風邪が流行っていることもあって風邪薬の注文がいつもよりも多くなっていた。おかげで私は工房にいることが多くなったのだけど、調合中は店の接客ができないため店を閉めることも度々ある。『closed』の看板を見てもなお、構わずに店に入ってくるのはノアだけだ。


「……私、何もできないけどいいの?」

「私が手を離せない時に、お茶を出してくれるだけで助かります。どうでしょう。頼めるでしょうか」


 そう言うと、ケイトさんは一瞬、唇をきゅっと結んで、それから小さく首を縦に振った。


「わかった。やってみたい」


 彼女がそう言うと、ノアは仕方ないと言ったように苦笑いをして、それから「彼女のことは僕が孤児院にかけあってみるよ」と言ってくれた。「持つべきものは友ですね」と私が笑うと、ノアは呆れたような顔で「調子のいいことばかり言って」と言いながら笑った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ