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これからの話し

 日記を読み終えたとき、言葉にできないような感覚が私を襲った。胸がずしんと重たくなるような、そうかと思えば、肩がふっと軽くなったような、不思議な感覚だった。


「……とりあえず、おばあさんの名前はベアトリスでした」


 私が呟くと、ノアは呆れたように笑った。


「そこかい?」

「ごめんなさい。何だか、色んなことが一気に分かって混乱してしまいました」

「まぁ、そうだね。僕もけっこう混乱してる」


 私たちはお互い見つめあったまま、へらへらと笑った。少しだけ気まずい感じがする。

 私たちの出会いは本当に偶然だった。不思議な呪いの話が王家で語り継がれていたのも、おばあさんの弟子だった私が店を開いていたのも、すべては偶然だった。それが巡りめぐって私たちが出会い、遠い過去の真実を知る結果を生むなんて誰が想像しただろう。


「…‥私、少しほっとしました」

「え?」

「私を育ててくれたおばあさんが、私が思っていた通りの魔女で、よかったなぁと」


 もし、おばあさんが王家に呪いをかけた魔女だったら。私は、今のようにノアと向かい合って座ることなんてできなかった。きっと、もっと小さくなって、申し訳なくなって、まともに顔も見れなかったはずだ。だから私がこうして、彼の優しい目元を見つめることができるのは、すべて優しいおばあさんのおかげだった。


「それに、ノアの依頼を無事に終えることができました」

「………うん、そうだね。終わってみれば、意外とあっさりしたものだった」


 どこか遠い目をしながら、ノアは目を細めた。視線の先には、美しい緑が静かに横たわっている。まさか『王家の呪い』だなんて恐ろしい依頼の先に、こんなに穏やかな結末が待ってるなんて、出会ったころの私たちでは考えもしなかった。けれど今は、こんなあっけない終わりを当然のように受け入れている私たちがいる。きっと千年を生きた魔女も、この締まりのない私たちの顔を見ながら天国で笑っているんじゃないだろうか。そんな風に思えた。


「──王家にかかっていたのは、呪いなんかじゃなくて祝福だったのかもしれない」

「祝福?」

「そう。偉大な魔女リリーがかけた本当の、最後の魔法だよ」


 首を傾げる私に、ノアはいたずらっ子のような顔で笑った。


「僕はずっと不思議だったんだ。王家は一度、完膚なきまでに国を疲弊させた罪がある。国民は怒って当然だった。……それなのに四百年前から今に至るまで、反乱が起きたという歴史はないし、民は王家に信頼を寄せてくれている。そのおかげでこの国は、現在の豊かさを取り戻すことができたんだ。これを魔法と言わずに、何というんだろう」


 彼の静かな微笑みに、私も微笑みで返した。

 いいえ。それはきっと、歴代の王が頑張ったからですよ。いくら魔女が魔法をかけたって、損ねた信頼は取り戻せないし、無限の黄金を生み出すこともできない。できるのはせいぜい小さな幸運を招くことと、ほんの少しの勇気を与えるくらい。

 だけど私は何も言わなかった。彼のなかでこれが魔法なら、それが正しいことのように思えた。何より、王家には本当に魔女の祝福がかかっているようにも思えたからだ。四百年前に大木に姿をかけた偉大な魔女リリー、そして、その弟子ベアトリス、二人の魔女の手によって。


「さて。壮大な真実を前に、エマ。君はどうする?僕は王家の人間だ。君の師匠の、そのまた師匠の仇とも言えるかもしれない」

「そうですね。確かに受けた傷を忘れないことも成長には必要です。だけど私は、過去の傷に囚われて目の前の友人を失いたくはありません。……そもそも、正直私には遠い過去の出来事すぎて、いまいちピンときませんし」


 ノアは穏やかな目をしていた。私の答えを、当然のように受け入れているようだった。


「そうだね。君はそう言うだろうと思ってた」

「じゃあどうして聞いたんですか?」

「こういうことさ、ちゃんと確認しておいた方がいいんだよ。何も言わなくたって分かり合える関係には、そりゃあ憧れるけど、そう簡単にはいかないものさ。お互いの気持ちはちゃんと言って、聞いて、分かり合えるようにしていこう。少なくとも僕らはさ、そういう関係になろうよ」


 私は頷いた。

 当たり前のように語ってくれる私たちのこれからが、ただひたすらに嬉しくて、愛おしく思えた。


「だけど、ノアの依頼は終わりました。もう店に来る必要もなくなるんじゃないですか?」

「君って意外とドライなんだね……。だけど、残念。新しい依頼だよ。日記で分かった通り、魔女と人間は決して分かり合えない存在同士なんかじゃない。だけど色んなものが、圧倒的に足りないんだ。僕は、人間と魔女が、共に安心して暮らせる国にしたい。四百年前の優しい王子がそう願ったようにね」


 私は驚いた。それから声を出して笑った。やっと大きな問題を解決したというのに、彼はまた厄介な問題を私に投げかけるらしい。とても骨の折れる依頼だけど、どこかわくわくする感じがした。


「きっとその依頼には長い時間が必要になりますよ」


 私がそう言うと、彼はふっと笑った。


「いいじゃないか。幸い、僕らの背後に戦火は忍び寄ってはいないし、病に苦しむ人々が教会に駆け込むこともない、いたって平和な時代だ。時間ならたっぷりあるさ。──さぁ、長い話をしよう。人間と、魔女と、僕らの話しを」

一部はこれでお終いです。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

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