FILE No.078 硲ノ原の合戦
照羽徳臣薨去……。
そう布告されてより、二年の歳月が流れていた。
幼き若君、徳幽を戴く照羽の御世は、表向きには揺るぎなく続いているように見える。
されど、その水面下では、修復叶わぬ亀裂が静かに広がり始めていた。
五大老筆頭•豊川家吉は、若君を戴く政の中で、否応なく天下の中心へと押し出されていく。
家吉が、揺らぎ始めた天下を支えんと進める政も、見る者によっては別の景色として映った。
太閤が築き上げた天下を、己が手へ引き寄せようとしている……そう映るのも、また必然であった。
その動きを最も危ぶみ、冷徹な眼差しで見据えていたのは、五奉行筆頭•磐岐継成である。
継成は、家吉の権勢が強まれば、照羽の天下そのものが失われると感じていた。
守るべきは若君•徳幽と、太閤が日ノ本に築いた御世である。
その想いに呼応するかのように、旧恩を重んじる諸大名は、次第に継成の下へと集まり始めた。
一方で、家吉の器に惹かれ、新たな時代を見出す者も、また増えていった。
諸大名は二つの奔流へと分かれ、天下には再び、昏い戦雲が垂れ込めようとしていた。
○☆○☆○☆
景長五年(西暦1600年)、初夏。
『奥州の雄•上江家に、不穏な動きあり。』
その一報は、瞬く間に都へと届いた。
国境近くで進められる城普請。
異様なまでに蓄えられる兵糧。
そして、領内各地へ下された兵の召集。
それらは全て、戦を前提とした軍備に他ならなかった。
これは最早、単なる備えなどではなく、上江輝勝は、明確な意思をもって兵を動かし始めている。
家吉は直ちに、輝勝に真意を質す書状を送った。
しかし、輝勝からの返書は、疑念を払う所か、余りにも曖昧で、家吉の胸中にさらなる疑念を残すだけであった。
「……ならば、儂が直接赴き、この目で確かめる他あるまい。」
家吉は、自ら奥州へ赴く事を決断した。
それを契機に、天下の流れを大きく変える軍勢が、北へ向けて動き始めたのである。
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出立当日。藤御城の奥深く。
若君の御座所には幾筋もの御簾が掛けられ、その奥に一人の少年が座していた。
生まれてより、まだ二年余り……。
されど、その姿は既に十三〜四ほどの少年へと成長している。
整い過ぎた顔立ち、黄金に輝く双眸、白磁のような肌には、生き物のように蠢く漆黒の紋様が浮かんでいた。
太閤•照羽徳臣の嫡子、徳幽。
その姿は少年そのものでありながら、そこに宿る氣配は到底人の子とは思えず、家吉がゆっくりと顔を上げると、不氣味な黄金の双眸と視線が重なった。
その刹那、遠い日の記憶が不意に家吉の胸をよぎった。
それでも家吉の表情は微塵も揺らがず、深く頭を垂れていた。
「照羽の御世を、この家吉、必ずやお守り致しまする。」
家吉の瞼の裏には、まだ人として天下を憂いていた頃の徳臣の姿が残っていた。
あの日の面影と、御簾の奥に座す少年が重なる事はない。
徳幽は何も語らず、ただ黄金の双眸で、去りゆく家吉の背中を見つめていた。
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家吉率いる軍勢が、都を離れて十数日が過ぎた頃……。
天下の均衡を揺るがす一報が、日ノ本を駆け巡る。
磐岐継成、挙兵。
天下を支えていた二つの柱が遂に袂を分かち、その隙を突くように、継成は藤御城を瞬く間に掌中へと収めた。
継成はただちに五大老の一翼•八握景元を家吉討伐の総大将に据え、諸大名へ向け、連名で檄文を発した。
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檄
内府豊川家吉、近年政道を専断し、照羽家の御定めを顧みず、天下の政を己が意のままにせんとする由、其の沙汰これ有り候。
此の儀、太閤殿下が日ノ本に築かれし御政道を乱し、幼き照羽徳幽公の御世を危うくするものに他ならず候。
依って、照羽徳幽公の御旨を奉じ、内府を討ち、照羽の御家を守護すべく、此度軍を起こすもの也。
天下に忠節を存ずる諸将に於かれては、御大義を察し、速やかに御旗の下へ馳せ参ぜらるべく候。
奉 照羽徳幽公 御旨
八握景元
磐岐継成
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この檄文が天下へ掲げた大義は、ただ一つ。
照羽の御世を逆臣の手より守る事のみ。
やがて、徳幽を奉じる軍勢が各地で整えられ、馳せ参じた諸大名は、御簾の奥へ向かって一斉に額づいた。
だが、諸大名の胸中を満たしていたのは、忠義だけではない。
御簾の向こうに座す徳幽の身から、人ならざる魂氣が淡く滲み出ていた。
その氣配に触れた瞬間、誰もが本能的に悟る。
この若君は、ただ掲げられるだけの旗印ではない。
その身に宿る何かは、人の理解の及ぶものではないのだと……。
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一方、奥州へ向けて進軍を続ける家吉の軍勢に……。
「伝令〜っ!」
泥に塗れた急使が、進軍中の家吉の軍勢へと駆け込んできた。
「申し上げます!京にて政変にございます!磐岐殿が兵を挙げ、八握殿を総大将に据えたとの由にございます!!」
家吉は、届けられた急報の書状に目を通すと、しばし瞼を閉じた。
脳裏に浮かぶのは、あの日、漸く対面を果たした老陰陽師•氷御角清鸚の姿である。
『天下を背負わされる者は、決して多くはございませぬぞ。』
あの時、語られた言葉の重みが、今になって胸へと迫る。
家吉は、ゆっくりと目を開いた。
「……全軍、転進。」
その声に迷いはない。
「西へ向かう。」
進路を西へ転じれば、奥州方面に残した敵勢力に背後を突かれる危険がある。
されど、藤御城を奪われ、徳幽を奉じる新たな旗が掲げられた今、一刻の猶予もない。
号令一下、十万余の軍勢は馬首を返し、西へ進軍した。
その大軍が向かう先は、天下の命運を分ける戦場であった。
一方、家吉の転進を知った照羽勢も、東へ向け進軍する。
二つの大軍が岐濃国へと近づくにつれ、諸大名もまた大義と利を胸に、己が立つべき陣営を定めていった。
徳幽を奉じるのか。或いは家吉に従うか……。
天下の行方を左右する決断が、静かに積み重ねられていく。
--岐濃国•硲ノ原--
西へ転進した家吉率いる軍勢と、それを迎え撃つ照羽勢が、続々とこの地に集結した。
照羽勢は景元の本陣を中心に、継成、五大老の一人•富治多秀宗、小寺行成、大槻吉光、国津仁弘らの諸大名が陣を連ねた。
対する家吉の側にも、九壁清虎、鬼巻正隆、黒瀬長綱、橋川盛興、池尻重政らが参陣した。
東と西。二つの軍勢は、天下の行方を懸け、硲ノ原に陣を構え、睨み合う。
その光景は、まさに天下分け目の戦を予感させるものであった。
だが、人の世を揺るがす、この大きな変事は、やがて人の目にも届かぬ闇へも、静かに波紋を広げていった。
それは街道の脇や、幽深なる山野に至るまで、人の世と異形の世を隔てる臨界の彼方へと、一つ、また一つと影が揺らめいていた。
人の目には映らぬ場所で、異形達もまた、各々の立場を定め始めていたのである。
―硲ノ原 東の陣 未明―
夜明けは、まだ遠い。
家吉の眼下には、幾重にも連なる旗幟が闇の中へと続き、夜風を孕んで自陣の彼方まで翻っていた。
家吉は、未だ闇に閉ざされし西の彼方へ、じっと目を向けた。
その時……。
「……壮観じゃのう。」
不意に、家吉の真横から声がした。
「……っ!?」
家吉が息を呑むと、その傍らには、朧沙門が立っていた。
その赤く妖しい眼で、家吉には未だ闇しか見えぬ西の彼方を、まるで昼間の如く見通していた。
「朧沙門殿…!?」
その姿は、まるで散歩の途中で立ち寄ったかのように氣軽で、手にした煙管からは白い煙が静かに燻っていた。
「……じゃが、随分と厄介じゃのう。」
「兵の数だけなら、恐るるに足り申さぬ。向こうは一つの旗の下に集ったとはいえ、その胸中まで一つではござらぬ。戦となれば、必ずや隙が生じ申す。ゆえに、我等に勝機が無いとは思えぬ。」
家吉の言葉に、朧沙門はゆっくりと顔を向けた。
「内府、お主よもや、氣付いておらぬのか?」
その言葉に、家吉の眉が僅かに動く。
朧沙門は闇の中の敵陣を見つめたまま、ただ淡々と告げた。
「野良の妖幻どもは、この機に照羽徳幽へ取り憑ろうと躍起じゃぞ。じゃから今、向こうの兵の中には、相当数の妖幻が混じっておるわ。」
「な…!!」
これまで人の軍勢だと思っていたその中に、人ならざるモノまで紛れている。
家吉の表情が、初めて変わった。
「しかも噂によれば、かの"戦場渡りの鬼野伏"……大高頭四郎木村丸まで、向こうに加わっておるらしいからのう。」
「四郎木村丸……!!戦ある所、いつしか姿を現すという、あの鬼野伏か……!?古の世より、その名が伝わるというが……。よもや、此度の戦にまで……。」
家吉の顔が、一層強張った。
「人の世は、人の手に任せればいいものを……。」
朧沙門は煙管の煙を燻らせながら、再び西の彼方へ目を向けた。
天下の行方を懸けたこの戦は、最早、人間だけのモノではない。
その事実が、この時初めて、家吉の胸に刻まれた。
「ならばコチラも、コチラの手を使うとするかのう。」
朧沙門が、フーッと煙を吐き出すと、闇の中より影が歩み出てくる。
小綺麗な商人風の男が、帯に差した銭差しをジャラ付かせ、いやらしい笑みを浮かべている。【守銭鼠 治郎鉄】
破れた笠帽を被り、縞模様の上衣をだらしなく纏った細身の男が、肩を揺らしてヘラリと笑う。【邪獺 濡吉】
老婆の顔をした提灯が、宙に浮かびながら、ベロリと舌を出す。【提灯御婆 呵落呵落】
闇の奥で黒一色の鬼が、両手の指先に連なる鋏の刃を、ゆっくりと開く。【髪切鬼 黒鋏】
細い紐を指先に絡め、奇妙な形を器用に編み上げる童が、何かを見透かしたような笑みを浮かべる。【小捻鬼 惹々丸】
青白い女の姿をした悪絹の化身が、誰とも目を合わせぬまま、音もなく宙を漂う。【悪絹醜女 異織】
黒い小袖に肉付きのよい巨躯を包んだ、年嵩の女が悠然と一歩を踏み出す。【黒鬼姥 嵐瀬】
闇の中から、岩塊のような巨躯がぬっと立ち上がり、巨大な一つ目がゆっくりと開く。【一眼大怪漢 座空入道】
「こ…これは……。」
家吉の顔からは血の気が引いていく。
闇の奥には尚も、幾つもの氣配が蠢いていた。
人の姿をした者、または獣の姿をした者……。
そのどれもが、これから始まる戦を前に、思い思いの姿で、家吉の顔を覗き見ていた。
朧沙門は、悠然と煙管を燻らせた。
「これが、ワシの百鬼夜行•阿房一家じゃ。」
その言葉とともに、闇の中には、尚も無数の異形が浮かび上がった。
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東の空が白み始める……。
硲ノ原を覆っていた闇が、ゆっくりと退いていき、辺りを包んでいた朝靄も晴れ始める。
東西、二つの大軍が、その全容を露わにし、互いの旗幟が朝風に大きく翻った。
両軍、天下の命運を懸け、ついに刃の届く距離で相対する。
世に云う『硲ノ原の合戦』が、幕を開けたのである。
鉄砲の轟音が朝靄を撃ち抜き、両軍の先鋒が一斉にぶつかり合い、鬨の声が上がった。
槍が交わり、刀が閃き、馬蹄が大地を揺らす。
戦は瞬く間に、硲ノ原全土へと広がっていく。
初めは照羽勢が押す。
だが、豊川勢も崩れない。
押し返し、押し戻され、両軍の旗幟が幾度となく入り乱れる。
だが、その均衡が崩れたのは、戦が始まって幾許も経たぬ頃であった。
照羽勢の一角が、豊川勢の側面に殺到したのである。
たちまち豊川勢の一角が崩れ、兵達が押し込まれていく。
「む……?」
家吉が目を細めると、戦場のあちこちで、人とも獣ともつかぬ異形の影が、次々と兵の間を駆け抜けていった。
人間同士の合戦だったはずの硲ノ原が、いつしか、人と妖幻が入り乱れる、異様な戦場へと変わり始める。
そんな遥か彼方の乱戦の中、無数に蠢く兵の向こう側に、一際異質な巨影が浮かび上がった。
「あれは……?」
「戦場渡りの鬼野伏、大高頭四郎木村丸じゃのう。」
その声に、家吉だけが恐れ慄く。
「戦場渡りの鬼野伏!!?」
家吉の声に、本陣内の将兵達は一斉に顔を強張らせた。
そんな中…。
「……お館様。」
家吉が振り向くと、黒い具足を纏う武者が、静かに歩み寄ってきた。
「アレなるは、某が抑えまする。」
家吉には、過ぎたるものと云われし武者、猿樹奉勝。
その巨躯は、並み居る兵達の中にあっても、一際目を引くモノであった。
「……。」
家吉は、しばし奉勝を見つめていた。
「このままアレを放置致せば、前線は持ちませぬ。」
奉勝の言葉と眼差しに、迷いはない。
家吉の胸中には僅かな懸念がよぎるが、それでも小さく頷き、奉勝の顔を見た。
「……甚八、頼む。」
奉勝は一礼すると、大身槍を携え、本陣を後にした。
「そろそろ、ワシらも動くかのう。」
朧沙門は静かに煙管を燻らせ、その視線が戦場の各所へ巡る。
その度に、闇の中から一つ、また一つと異形の影が消えていく。
ある者は照羽勢の陣中深くへと潜り込み、またある者は前線の敵兵の群れへと紛れ込む。
その直後、照羽勢の各所で下知が届かず、指揮が乱れ、動くべき軍勢が動かない……。
その僅かな綻びを、家吉は見逃さなかった。
押し込まれていた前線が一斉に攻勢へと転じ、照羽勢を押し返し始めた。
さらに、その隙を突くように異形の影が、照羽勢の陣中深くへと躍り込んだ。
指揮を乱された一隊は、たちまち混乱に陥り、崩れた一角の余波が、隣の陣へと波及していくのだが……。
それでも照羽勢は、容易に崩れる事がなかった。
別の陣から、随時、兵が送り込まれ、たちまち豊川勢を押し戻していったのである。
「継成め。やりおるのう。」
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押して押される乱戦の只中にあって、黒い具足を纏う奉勝は、騎馬を駆り、戦場を大きく跳ねる。
三間余り(約6m)の大身槍が唸りを上げ、周囲の兵達を一瞬で吹き飛ばしていく。
その槍の穂先には、奉勝の倍以上はあろうかという巨躯……大高頭四郎木村丸がいた。
二つの異形が、戦場の一角で激しくぶつかり合った。
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激戦渦巻く前線。豊川勢は尚も、照羽勢の戦列へと喰らい付く。
幾度となく陣を押し崩すが、その都度、後方から兵が送り込まれ、乱れた戦列は、随時立て直されていく。
「……まだ、決め手が足りぬか。」
家吉は本陣から戦場を見渡し、ふと、その視線を敵陣の高台へと向けた。
そこには、未だ動かぬ一軍があった。
豊川勢と照羽勢が死力を尽くし争う中、ただ戦況を見下ろし続けるだけの軍勢。
その旗印を、家吉は知っていた。
小速瀬徳秋。
澄政所(郁々)の甥として生まれ、幼くして照羽家の養子となった後、八握一族の小速瀬家へ迎えられ、その家督を継いだ男である。
照羽家とは浅からぬ縁を持ちながらも、未だその軍勢を動かさず、ただ戦の行方を見定めていた。
〈アレが、どう動くかで決まる……。〉
家吉がそう思った時、朧沙門の煙管からは、ひと筋の煙が立ち昇った。
朧沙門の視線が、高台に陣取る小速瀬の陣へと向けられた刹那……。
「咒詛式煙爆。」
煙が突如、弾けて消えた。
轟〜ッ!!!
凄まじい轟音が硲ノ原を揺るがし、土砂が天高く噴き上がる。
小速瀬の陣の眼前で、大地が大きく抉れ、黒煙と土煙が渦を巻き立ち昇っていた。
だが、その轟音も戦場を満たす鬨の声に掻き消され、誰一人として、そちらを振り返らなかった。
高台に陣取る、徳秋とその軍勢を除いては……。
兵達が騒然となる中、徳秋は声も上げられず、ただ土煙の向こうを見つめた。
今の一撃が何なのか……。
徳秋は、幾重もの戦列と無数の兵を隔てた遥か彼方へ目を向ける。
「まさか、内府殿配下の…。あの術師が……。」
徳秋の脳裏に、あの大茶会で目の当たりにした光景が蘇った。
轟ォ〜ンッ!!!!!
二度目の衝撃。
今度は、高台の陣を囲む兵達のすぐ手前で、土砂が舞い上がり、大地が大きく震えた。
徳秋は、思わず身を屈め、眼下を見下ろす。
その視線の先には、未だ死闘を繰り広げる、二つの軍勢と……。
その遥か彼方では、煙管を燻らせ、高台をジッと見つめる朧沙門の姿があった。
徳秋の背中に悪寒が走る。
「内府殿が、私に決断を迫っておる……。」
コレは威嚇ではない。次は、自分達のいる場所が標的だ。
そう言われているような氣がして、ほんの僅かな間、徳秋は目を閉じた。
「全軍……。」
傍らの将兵等は、息を呑んだ。
「殿……?」
徳秋は、眼下の戦場を見据えたまま告げた。
「我が旗を内府殿の陣へ向けよ!」
小速瀬家の旗印が、ゆっくりと翻る。
「我等は、これより内府殿に御味方致す!!」
小速瀬の陣が、漸く動き始める。
鬨の声を上げながら山を駆け下り、地鳴りを響かせ、照羽勢の大槻の陣へと殺到していった。
それまで辛うじて保たれていた均衡が、ココで一気に崩れ出す。
旗が倒れ、兵達が押し流されていく。
「今ぞ!!」
家吉の号令が轟き、豊川勢が、さらに正面から押し込んでいった。
照羽勢の諸陣は次々と崩壊していき、それまで硲ノ原を埋め尽くしていた両軍の激突も、まるで何かに断ち切られたかのように、終わりを向かえていた。
最早、勝敗は決した。
戦場のあちこちで、照羽勢の敗走が始まる。
大打撃を受けた大槻吉光は戦場に果て。
富治多秀宗、小寺行成は敗走。
国津仁弘は敵中を突き破り戦場を離脱。
継成の軍勢もまた総崩れとなり、戦場から姿を消し……。
総大将•八握景元は、動く事もなく、そのまま戦場から退いていった。
戦場を埋め尽くしていた兵達が、次々と姿を消していく。
そんな中、大高頭四郎木村丸の巨躯もまた、いつしか戦場の彼方へと消えていった。
かくして、天下の命運を分けるはずだった大戦は、その日のうちに、呆気なく終わりを迎えたのである。




