7.やはり世の中は理不尽だらけです
既に散りつつあるモンスターの群れ。
別に散開されても、私は時間をかければ殲滅できますが、校舎の中にいる方々はそうはいきません。
ゴブリンは気づきさえすれば楽に倒せますが、オークに関しては、彼らでは太刀打ちできないでしょう。
ですから私が囮になって、モンスターたちを引き付け、一網打尽にする必要があります。
「ゲヒャ?………ゲキャキャキャ!」
おっと、気づかれましたか。しかし向かってきたのはゴブリン四体。私の敵ではありません。
「千影流〝流体術〟『緻核白糸』」
最小の動きで、最速で、正確に、相手の急所のみを貫く技。
ゴブリンといえど、人体の急所は人間と変わらないことは確認済みです。
頸動脈、心臓部、脳天、鼻。四体のゴブリンの急所を二本の指で突き、絶命させます。
「グギア………!」
急所を貫かれても、場所によってはしばらくは生きていますが、それは人間の場合。体が小さく、えぐられる体積が大きいゴブリンでは、どこを突いても三秒あれば絶命します。
私の所業に、他のモンスターたちも気が付きましたが、すでに私が距離を詰めた後。
「千影流『破田水車・暴回』」
地に手をつき、カポエイラのように回転しながら放つ『破田水車』。
無策に突っ込んできたゴブリンの首を、すべて跳ね飛ばします。
「あと、ゴブリン三体にオーク二体………おっと」
私を危険と判断したのでしょう、オークがこん棒で同時に私をつぶしにかかってきました。
避けるのは間に合いません。千影の流体術は、速度重視ではないため、速さを鍛えることはほとんどないのです。
ですが、問題ありません。
「「ブギャアアア!!」」
「流体」
「「ブギイ!?」」
なぜならこの程度の攻撃、避けずとも受け流せるからです。
そもそも、人間が攻撃を受ける際に、打たれた部分やその周囲に痛みを感じるのは、自らの身に力を入れ、硬直させるからです。
それでは、相手の攻撃を多少分散させることはできますが、所詮柔らかい人の身、限界があります。
ならばどうすればいいか。話は簡単、力を入れるのではなく、その逆。限界まで力を抜けばいいのです。そうすれば衝撃はやわらかい体に吸収され、やがてそのほとんどが脱力した脚部から地に流れます。
千影流流体術の極意は、『軟体と脱力』。自らの体を、どれほどまでに『液体』に近づけることができるかという発想から生まれた体術。私への攻撃は、殴っても殴ってもすぐに元に戻る水に対しての攻撃と同義。この程度の攻撃、私には通用しないのです。
「千影流『弓形露』」
「ブギャッ………」
私を襲ったオークの一体に、私は指で攻撃を放ちます。ですが。
「ブギャア………」
「………耐えましたか」
まあ、不思議なことではありません。『弓形露』は指さえ無事ならどのような体制からでも素早く放てるという利点と引き換えに、威力は他の技と比べて落ちるのです。
ですが、技を打った場所の骨はヒビだらけでしょう。モンスターに痛覚があるかはわかりませんが、骨が砕けていれば動けないのは、生物として当たり前のことです。
ですので、そのオークと残っていたゴブリン、まとめて『波紋連衝』で討ち取りました。
「さて、もう一体………あなたにはもったいない技ですが」
「ブギイイ!!」
せっかくの機会です。本気のこの技がどれほどのものなのか、試してみましょう。
「千影流〝奥義〟『激流岩砕』」
私の拳は、オークの鳩尾を正確にとらえ。
そしてそのまま、オークの体は爆散し、勢い余って私の拳による衝撃は、校庭にあったゴールポストを吹き飛ばし、木々の数本をなぎ倒しました。
***
「………なぜでしょうか」
結論から言えば、私はあの高校を追い出されてしまいました。
全ての敵を殲滅し、後処理までして報告に行けば、あれはなんだ、お前は本当に人間かと尋問に近い質問攻めを受け、実家の生業なのだと説明しても信じてもらえず、挙句の果てには篠田先生が『お前はあのモンスターの仲間ではないのか』と意味不明なことを言ったことで、私はすっかり怪物扱いされ、追い立てられてしまいました。
別に恩に着せる気はありませんが、一応は命を救った立場であるはずの私に対して、さすがにあんまりな態度だと思います。恩を仇で返す様な大人にはなりたくないものです。
結局、最後に山野さんにだけ挨拶をして、出ていくことに。山野さんが申し訳なさそうな顔をして、トラックの中の食品を持って行っていいと言ってくださったことだけが、せめてもの救いでした。
「………ハア。食べ物だけがどんどん増えていきますね。まあ、あって困るものではありませんが」
まさか、自分が怪物扱いされる日が来るとは思ってもいませんでした。確かに私の流体術は常人離れした力ではありますが、私はそんなにも他人とかけ離れているのでしょうか?
確かに人の骨を素手で砕くのは容易ではないのかもしれませんが、何も体術を心得ていない方だって、それなりに重い鈍器を使えば不可能なことではありません。ただ、凶器を用いるか否かの違いではありませんか。
私が怪物ならば、母様や姉様、父様はなんなのでしょう。
「仕方がありません、一旦家に戻りますか………」
数か月前に越してきた我が家に、私が帰ろうとした時でした。
「父さん!父さあああん!!」
「パパ!いやあああ!!」
「わたしに構うな!………真司、これからはお前が家族を支えるんだ」
………何故、私の周りではこう、ピンチな人が度々現れるのでしょうか。前世で何かしたんでしょうか。
とにかく今、私から五十メートルほど後方で、生を手放そうとしている男性と、その子供と思しき男の子と女の子が嘆いています。
遠くてよくわかりませんが、何やら私も初見の魔物に襲われています。四足歩行ということはわかるのですが、狼ではありませんね。いえ、フォルムは似ているのですが、色が違います。狼は黒が目立ちましたが、あれは全身灰色です。
「見過ごすわけにはいきませんが………」
何しろ、遠すぎます。流体術は速度重視の体術ではないため、速さは二の次。私も、五十メートル走は本気で走っても、せいぜい五秒フラットです。
ですが、おそらくあと三秒くらいで彼は噛みつかれるなりして絶命するでしょう。
………仕方がありません。あまり得意ではありませんし、そもそも千影の技ですらなく、ただただ技を究めるための修行の一環ということでやらされたために身に沁みついただけなのですが………あれをやりましょう。
手ごろなものはいくらでもそこらに落ちているため、その中で一番手におさまりがよさそうなものを拾い、体制を整えます。
「ガルルルル!!」
「来るなら来い、化け物お!!」
「父さあああん!!」
―——ヒュッ!
「ギャン!?」
「………え?………え?え?なんだ?」
まあ、なんてことはありません。
要するに、投石です。
母様から聞いた話曰く。『人間とは、地上で最も投石能力に優れた生物』だそうです。
人間を食物連鎖の頂点足らしめた力であるともいわれ、それに気づいた我がご先祖様は、これを使わない手はないと、千影の技にこそ取り入れなかったものの、重要な訓練、技の応用の一環として、投石を取り入れたと伝えられています。
………ですが、失敗です。やはり投石は苦手です。
目を狙ったにもかかわらず、四センチも外れた上に、威力が足りなくて絶命させることはできず、逃がしてしまいました。あれでは、再び人を襲うかもしれません。
「こうなるとわかっていれば、父様の鬼の投石千本ノック訓練を受けたのですが………」
「………あの」
「はい?」
声がした方を振り向くと、さっきまで悲壮な雰囲気を醸していた親子三人がいました。
「………さっきの怪物を追い払ってくれたのは、君なのか?」
「ええ、まあ。仕留めるつもりだったのですが、逃がしたことを反省しているところです」
「………そうか。なんにせよ、ありがとう」
「ありがとう!父さんの命の恩人だ!」
「あ、ありがとうございました………!」
………まあ、私は正義のヒーローでもゲームの中の勇者でもないのです。
こうやって目の前の人だけでも救えただけ、よしとしましょう。




