6.学校に到着しました
「では行きましょうか。少し揺れるかもしれませんが、ご容赦を」
「ああ、すまないな。肩を貸してくれれば………ってうおおっ!?」
私の高校、今は避難所になっているらしい場所は、ここから徒歩で十分ほどの距離にあります。
とはいえ、運転手さんを背負っていくので、ほんのわずかなロスはあるかもしれませんが。
「身長差があるので、バランスにお気を付けください。肩をつかんでいれば、大丈夫だと思いますが」
「あ、ああ、そうか………(お、俺、七十キロあるんだが………なんで軽々と持ち上げられるんだ、この子………!?)」
七十キロ、といったところでしょうか?
実家で『水と一体になるのです』と言われ、巨大なガラス球に入った四百キロの水を持たせられた時に比べれば、軽いものです。
「さあ、向かいましょう。持っていかなければならない荷物などはありますでしょうか?」
「いや、大丈夫だ。このトラックの中身は重要ではあるが。俺は見ての通りトラックの運送業者なんだが、今日はスーパーにこの中の食品を運ぶ予定だったんだ。だからこの中には………」
「なるほど、大量の食品が入っているのですか。高校に避難した人は、おそらく高校からごく近い距離にいる方々でしょう。それも、モンスターが周辺に現れるよりも前に。あの辺は住宅街ではありませんが、一軒家などはあったはずなので………避難した方々は五十人といったところですか」
「………驚いたな、正解だ。俺は異変に気が付いたんだが、もうトラックからだいぶ離れてしまっていたんだ。しかもモンスターに見つかりかけたりして、やっとの思いで学校にたどり着き、避難させてもらったんだよ。でも食料が少ないって言うから、トラックごと食料を持ってこようって思って」
………その思いやりには感心しますが、なぜ彼一人で向かったのでしょうか。
いえ、大方の想像はつきます。
「もしかして、誰かに食品の調達を依頼されましたか?」
「?ああ。篠田さんっていう人からな」
「『早く行かないとモンスターに食べ物を食べられるかもしれない』などのことを言われませんでしたか?」
「………なんで君は、そんな見てきたように物事を言い当てることができるんだ?
おそらくその方、『口減らし』を考えたのでしょう。そしてそこに、この町にとって部外者である彼を選んだ。
食べ物を持ってくれば儲けもの、途中で襲われても一人は食べる者が減る。そんな風に考えたのだと思います。
その方は警戒する必要がありそうですね。
※※※
歩くこと十分、高校の校門が見えてきました。
入口には二人の男性が立っていて、周囲を見張っているようです。
「帰ってきたぞ!」
「山野さん、大丈夫か?っていうか、その子は………?」
「この子は俺の命の恩人だ。モンスターに襲われていたところを助けてくれた。入れてやってくれないか」
運転手さん、山野さんとおっしゃるのですね。
山野さんの言葉に彼らは校門を開けてくれました。
「初めまして、千影と申します。山野さんは脳震盪を起こしているようなので寝かせたいのですが、保健室のベッドを使わせていただいてもよろしいでしょうか?」
「ああ、じゃあ俺が付き添おう」
私はここの学生ですから、別にわからなくはないのですが、せっかくのご厚意ですし、無碍にするのはやめておきましょう。
保健室にたどり着き、山野さんをベッドの上に寝かせます。
「すまないな………何から何まで、ありがとう」
「いえ、私は自分ができることをやっただけです」
私の言葉に安心したように、山野さんは寝息を立て始めました。
疲れがたまっていたのでしょう。運送業者ということは夜中から働いていたはずですし、精神的な疲労も計り知れないはずです。
「さて、君はこれからどうするんだい?ご家族は?」
「一人暮らしです。家族は遠方に」
「そうか。君もここに避難するんだろ?ここのリーダーに会わせるから、ついてきてくれ」
「まだこのような事態になってからわずかしかたっていないのに、もうすでにリーダーがいるのですか」
「ああ、ここの先生なんだが、てきぱきと指示をくれる人だよ。篠田さんっていうんだがな」
篠田さん。山野さんにトラックを取りに行くように言った人ですか。警戒対象です。
***
四階まで上がって、一番角の教室。そこに、会議室のような場所が設けられているようです。
「篠田さん、新しい避難の子だ」
そう言われた先には、いかにも「自分はインテリです」とでも言いたげなメガネとスーツを着た、三十代半ばほどの男性がいました。
篠田という、珍しくはないけど多くもない名字、てきぱきとしているということから大体は予測していましたが。
「………やはり、篠田さんというのは篠田先生でしたか」
「千影か。お前も無事だったんだな」
やはりこの方でしたか。
篠田先生は、私の担任です。担当は古典。生徒からの人気はありませんでしたが、教え方は上手なので、彼の受け持つクラスはテストの平均点が高いという話を先輩から聞いたことがあります。
ただ、見ての通りプライドの高い風貌をしていて、実際その通りなので、彼を苦手としている生徒は多くいました。かくいう私もその一人です。
「先生、ご無事で何よりです。私も少しの間、ここに滞在させていただくことにしました。よろしくお願いいたします」
「少しの間?すぐに出ていくのか?」
「いえ、実家に戻るめどが立ち次第、そうしようかと。家族が心配なもので」
「そうか。まあそれは君の好きにしろ。ところで山野さんを救ったそうだが、彼のトラックはどうした?」
運転手さんの心配より食べ物の心配。現実が見えているという観点から見れば正解ですが、彼の場合は自分の心配しかしていないのでしょう。
交換条件があったとはいえ、他人を助ける気はあったあのコンビニのヤンキーさんよりもたちが悪いと言わざるを得ません。いざとなれば、彼は他人を盾にしてでも逃げると思います。
「………ここから十分ほどの道のりのところにあります」
「持ってこなかったのか?」
「山野さんが脳震盪を起こし、トラックの運転などできない状態でしたので、やむを得ず」
一瞬。ほんの一瞬、篠田先生が露骨に顔しかめたのを、私は見逃しませんでした。
今の状況は、彼の考えの中でも最悪の結果と言っていいはずです。食べ物は手に入れられず、口減らしの山野さんは無事。挙句、私という口が増えてしまったのですから。
「………わかった。山野さんが回復次第、彼に取りに行ってもらうことにしよう。それと千影、ここで暮らす以上、わたしの言葉には従ってもらう。いいな?」
「………どうしても従えない場合は無視する、という条件付きであれば」
「………………………私が信用できないと?」
「率直に言えば、はい」
「ならば出ていけ、と言ったら?」
「質問を質問で返して申し訳ないのですが、先生はあのモンスターを倒せますか?」
「馬鹿を言うな!あのような醜悪な存在、見ただけで鳥肌が立つ」
「私はこの道中、あのモンスターを十体以上倒してきました。この服が証拠です」
私の言葉に、部屋の中にいた全員が信じられないという顔をしました。
ですが、私の衣服には今、モンスターの返り血が飛んでいます。それに、私の手足にも多少。
「少なくとも………小さな緑色のモンスター、狼のようなモンスター、それに豚を擬人化したようなモンスター。その三種類であれば、私は対処できます。家がそういう家系なんです。これでも私を置けないというならば、私は潔くここを去りましょう」
私の言葉に周辺の大人の方々は絶句し、篠田先生は考え込んでいます。
しかし結論が出る前に、外から叫び声がしました。
「大変だあああ!!怪物が中に入って来たああ!!」
「なんだと!?」
窓から外を見ますと………なるほど、オークが二体にゴブリンが十五体ほど。
問題なく対処可能です。ですが………分散されると面倒ですね。
「………ちょうどいい。千影、あれを倒せるというならば、今ここで証明してみせろ。あの化け物どもを全部倒して見せてくれ」
………自分で言いだしておいてあれですが、この先生は生徒を守ろうという気持ちがないのでしょうか。
本当に心の底から、自分だけ助かればいいという雰囲気を感じます。
ですがまあ、いいでしょう。
「分かりました。私がすべて倒します」
「は?おい、本気………な、何をしている!?」
篠田先生の言葉を背に、私は四階の窓から飛び降りました。この程度であれば朝飯前です。
さて………対処しましょうか。まずは雑魚から。




