5.オークは生理的に無理だったようです
「千影さん、本当に助かったよ!ありがとう!」
島村さんを家の方までお送りして、私はその場を後にします。
島村さんの家は団地の二階で、一応飛び降りることはできますが、怪物に包囲でもされたらやはり逃げ場がありませんし、早々に避難することをお勧めしておきました。
ご病気のお母さまがいるとのことだったので、避難所まで護衛することも提案したのですが、さすがにそこまで迷惑をかけられないと、断られてしまいました。別に迷惑など気にしなくてもいいのに、優しい方ですね。
「ふむ………しかし、いよいよすることがなくなってしまいましたね。どうするべきでしょうか」
このまま魔物を狩り続けるというのもいいですが、私が手に負えないような存在がいた場合、命を無駄にすることになります。
まあ正直、私は家庭の事情で体のつくりが若干他人と違うので、大抵は負けないと思うのですが。
それでも、そうですね………武装した自衛隊員一個小隊(最大で五十人程度)が手に負えないようなものが相手だと、さすがに厳しいかもしれません。
「まあ、母様や姉様ならそのようなものも余裕でしょうが………おや?」
あちらに、初見の魔物がいますね。
あれは………そう、おそらく、
「ブビヒヒイ………」
そう、所謂オークというやつでしょう。
ファンタジー系の定番モンスターですが、多くの作品で雑魚に分類されています。
ですが、それは浅はかな考えだったと思わざるを得ません。
体長は三メートル近く、見ただけで重いとわかる棍棒を持ち、それを軽々と振り回している。人間とは比較にならないほどの膂力を有していることは間違いありません。
動きは鈍いですが………あのこん棒で殴られたりしたら、普通の人はグロテスクなひき肉になることは避けられないと思います。
少なくとも、ゴブリンより圧倒的に強い、人間を超えた存在であることは確かなようです。
「ブビッ?」
おっと、こちらに気づいたようです。鼻がいいのでしょうか。
豚がベースの魔物ですし、可能性は高いですね。
「ブヒビイイ!!」
何か叫びながらこちらへ走ってきました。走ったとはいっても、人間の早歩き程度の速度のようですが。やはり動き自体は鈍い。
まあ、強さを試すいい機会です。乗りましょう。
「ブヒッ、ブヒッ、ブヒッ」
………なんでしょう、今背中がぞっとしました。
生理的嫌悪感、というものでしょうか。そういえば、オークはゴブリンと同じく、人型の生物を苗床として繁殖するモンスター。性欲旺盛で、女騎士やエルフと相性がいいんでしたね。
うちの門下生の寝所を姉様が好奇心で漁って、そこから出てきた猥本の中にそういうのがあったから知っています。
確かタイトルは、『悪逆のオーク~姫騎士とエルフのダブル………
「ブヒャアアア!!」
「………せっかく思い出しかけてたのに、忘れてしまったではないですか………」
なんてうるさい。
近所迷惑を考えてほしいものです。
「千影流、『波紋連衝』」
ブヨブヨのオークの腹部に掌を押し込み、一気に力を籠めます。
波紋が広がるように連続して放たれる衝撃波は、生物を内部から破壊する。
この技を極めた者は岩盤すら砕きますが、未熟な私では樹を破壊するくらいが関の山です。
ですがまあ、
「グギュア………」
このオークをしとめるには十分だったようで。
内臓がぐちゃぐちゃになったのでしょう、恐ろしいほどの量を吐血し、体の穴のあちこちから血を吹き出し、オークはその場に倒れました。
「………思ったよりは強くなかったですが、やはり頑丈ですね。この程度の出血とは」
以前、母様から聞いた話では、私の熟練度で本気でこの技を人間に対して放つと、衝撃であちこちの皮膚が破れ、穴の開いた水風船がごとく、血が飛び出るそうです。
しかしオークは皮膚が破れた気配はなく、血管に近い穴から血が多少吹いたのみ。
人よりも皮膚と脂肪が厚いのでしょう。
まあ、これであのコンビニのヤンキーさんに渡す情報が一つ増えました。
これは、普通の人間では勝てませんね。銃であれば通じるでしょうが、マシンガンでもない限り無理です。拳銃では太刀打ちできないでしょう。
「しかし………ゴブリンに続いて確認した雑魚系モンスターすらこの強さとは。よく見たら結構な数がいますし。本当に大丈夫なのでしょうか、人類?」
このままだと、私の家族とか我が家の門下生とか、あとは千影と肩を並べる、他の流派の皆さんくらいしか生き残れないのでは。
「まあこのような事態に陥っているのがこの辺一帯のみという可能性はありますが、それであればとうに自衛隊などがやってきているはず。自衛隊のトップクラスの実力者は、ほぼ全員が『四天流派』のいずれかの門下生ですから、このような事態でも問題なく対処でき………おや、何でしょうかこの音は」
大きな音がこちらへ近づいてきます。これは………トラックでしょうか。
音のする方を見ると、道路をトラックが爆走しています。まだ無事な車両があったのですね。ですがあんな大きなものに乗っていては、襲ってくださいと言ってるようなもの。
実際、そのトラックと同じくらいの速度でモンスターがトラックを追いかけまわしています。あれは………狼のような風貌をしていますね。すごいスピードです。
あ、トラックの前に同じモンスターが。回り込んでいたようです。
反射的にハンドルを切ってしまったトラックは横転し、そのまましばらく慣性に従って地面を這い、やがて動かなくなりました。
狼たちは、虎視眈々とトラックの中身の人間を狙っているようです。狼なのに虎視。………あまり面白くありませんね。
まあそれはともかく、このまま見過ごすのは酷というもの。せっかくなので、あの狼の強さも確認しておきましょう。
数は六体。………ですが、トラックを追っていた狼たちの歩みが、心なしか遅いような気がします。
もしかしたら、チーターと同じように、最高速を出せる時間が短いのかもしれません。
だとしたら、対処は簡単です。まずはあの三体を一気に仕留めましょう。
「グルルルル………」
「千影流『水斬・三連』」
「「「ギャンッ!」」」
流体術の基礎技、手足を水圧の刀に変える技で狼の首を切断します。
やはり速度が速い分、防御力は落ちるようですね。
おっと、残りの三体もこちらに向かってきます。ですが先ほどのような速さは見せていません。普通に対処可能でしょう。先ほどと同じように『水斬』ですれ違いざまに斬り裂きました。
さて、周りにモンスターはもういないようですね。トラックの運転手を救出しましょう。
まずは、横転したトラックを元に戻すところからです。
「よっと………………………さすがに重いです、ね」
『千影流流体術』の使い手は、その全員が普通の人と比較にならない身体能力を持ちますが、流体術はどちらかといえば防御主体の体術。力は他の流派と比べて低い方です。
私も、このトラックを起こし上げる程度で、持ち上げるほどの力はありません。これを持ち上げるには、姉様くらいの実力が必要でしょう。
さて、中の人はご存命でしょうか?
「もし………おや、気絶していますね。まあ当たり前ですか」
中には一人しかいませんでした。四十代半ばほどの男性です。
頭から血を流していますが、出血は止まっています。命に別状はないと思いますが、一応応急処置をしておきましょう。
***
「うう………」
「おや、気づかれましたか」
「ここは一体……………」
「あなたは、トラックが横転した際に頭を打って気絶してしまっていたんですよ。奇跡的に打ち所が良かったため、命に別状はないと思いますが、脳震盪は起きていると思いますのでしばらくは安静にするべきかと」
運転手さんは起き上がろうとしましたが、私の言葉を聞いて再び倒れました。
「………夢じゃ、なかったんだな」
「ええ、残念なことに。その状態でトラックの運転は危険かと思いますので、徒歩で帰宅いたしましょう。私が付き添います」
「………君は一体?それに、あの狼はどうしたんだ?」
「申し遅れました、千影空と申します。狼は私が対処しておきましたので、ご安心を」
「君のような小さい子が………?」
小さいことは失敬な。
「これでも高校一年生です。追い払えたのは、実家が武道の家系で、体術を幼いころから仕込まれているからです」
「そ、そうなのか。………なんにせよ助かったよ。ありがとう」
「お気になさらず。貴家は近いのですか?」
「い、いや。俺は今は家じゃなくて、この先の高校に避難してるんだ。だが君にこれ以上迷惑は………うっ!」
立ち上がろうとした運転手さんですが、そのままふらふらと倒れそうだったので、体を支えました。
「そんな体でどうしようというのですか。遠慮することはありません。………この先の高校ですね?そこならば私の学校です。行きましょう」
「………すまない」
というわけで、学校に向かうことになりました。
まさか登校ではなく、こんな形になるとは思いませんでしたが。




