別の視点
公開卓を見終えたあと。
カイはそのまま賭約院を出るつもりだった。
「それ、持って帰るのか?」
後ろからリグが声をかけてくる。
カイの手には、さっきまで書いていた紙があった。
「うん」
「見せて」
「なんで?」
「気になるから」
カイは少し考えてから紙を渡した。
『見えたこと』
『考えたこと』
二つに分けられた記録を、リグが上から順に読む。
「ずいぶん面倒なこと始めたな」
「そう?」
「普通はここまで分けない」
「でも、混ぜると分からなくなるから」
リグの指が一か所で止まった。
『札を出す前に卓を二回叩く。三回連続』
『四回目は叩かなかった』
「これ、何だと思った?」
「分からない」
「本当に?」
「考えたことならいくつかあるよ。でも、見ただけじゃ決められない」
リグが紙から顔を上げた。
「じゃあ、別の場所から見たら?」
カイが首を傾げる。
「別の場所?」
「同じ卓を、反対側から見た奴の記録」
賭約院には、正式な勝敗記録とは別に、公開卓の進行確認用資料が残っている。
すべての観客の視線まで記録されるわけではないが、立会側が確認した行動や進行上必要な情報は後から閲覧できる。
二人は資料閲覧用の机へ移った。
リグが端末を操作する。
「さっきの卓、これだな」
表示された記録を、カイは自分の紙と並べた。
第三ラウンド。
カイのメモには、
『札を出す前に二回叩いた』
とある。
正式記録には、
『参加者A、交換札を受領』
『参加者A、約四秒後に提出』
それだけだった。
「叩いたことは?」
「勝敗に必要ないから残ってないんだろ」
カイは頷いた。
今度は第四ラウンド。
自分のメモ。
『叩かなかった』
正式記録。
『参加者A、交換札を受領』
『参加者A、一秒以内に提出』
カイの目が止まる。
「時間が違う」
「そこ見るのか」
「三回目までは?」
確認する。
第一ラウンド。
五秒。
第二ラウンド。
四秒。
第三ラウンド。
四秒。
第四ラウンド。
一秒。
カイは自分の紙に書き足した。
『卓を叩かなかった』
『提出までの時間も短かった』
リグが横から見る。
「で?」
「まだ分からない」
「またそれか」
「だって、分からないから」
カイは少し考える。
「俺は指を見てた」
「うん」
「でも記録を見たら、時間も変わってた」
「うん」
「同じ場面なのに、見る場所が違うと別の変化が見える」
リグは椅子へもたれた。
「だから一人で見てると危ないんだよ」
「リグも誰かと確認する?」
「必要ならな」
「いつも?」
「そんな面倒なこと毎回するかよ」
カイは少し笑った。
別の卓も一つ確認してみる。
今度は、カイが観戦中に気にならなかった参加者だった。
正式記録を追う。
札の交換枚数。
提出時間。
宣言。
得点。
途中でリグが言った。
「この人、三回目から宣言が短くなってる」
「本当だ」
カイは気づいていなかった。
「見てた?」
「見てたけど、そこは見てなかった」
「俺は札より喋り方見てたからな」
カイはリグを見る。
同じ卓。
同じ時間。
同じ参加者。
それでも、二人が持ち帰った情報は違う。
「じゃあ、誰が正しいの?」
「知らん」
「両方間違ってることもある?」
「あるだろ」
「両方合ってることも?」
「ある」
カイはしばらく黙った。
記録を一つにまとめれば、答えが出ると思っていたわけではない。
でも、自分が見えていないものがあることは、思っていたより簡単に確認できた。
カイは紙の一番下に新しく欄を作った。
『別の視点』
リグがそれを見る。
「増えたな」
「うん」
「また面倒になったぞ」
「でも、その方が分かりやすい」
カイはそこへ書く。
『自分が見なかった変化もある』
その横に、少し考えてからもう一つ。
『他人が見たものも、その人の見方を含んでいる』
リグが読む。
「俺の話も疑うのか?」
「もちろん」
「可愛げないな」
「リグだって俺の話、そのまま信じないでしょ?」
「まあな」
二人とも少し笑った。
同じものを見ても、
同じものが見えるとは限らない。
だから別の視点は使える。
でも、それも答えそのものではない。
カイは紙を折りたたんだ。
見るものが増えた。
同時に、
簡単に信じていいものは少し減った。
【今回の補足】
今回は新しい勝負はしていません。
第5話でカイは、
「実際に見えたこと」
「そこから自分が考えたこと」
を分けて記録し始めました。
今回はそこへ、もう一つ
「別の人が見たこと」
が加わっています。
同じ卓を見ていても、
カイは指の動きを見ている。
リグは宣言や話し方を見ている。
正式記録には提出までの時間が残っている。
というように、拾える情報はそれぞれ違います。
ただし、別の人の見方を加えれば必ず正解になるわけでもありません。
リグが見たものにもリグ自身の解釈が混ざりますし、
カイの観察にも同じことが言えます。
なので今回は、
「視点を増やすと情報は増える」
でも
「視点が増えても、それだけで事実が確定するわけではない」
というところまで進んでいます。




