三つの箱と選択
翌日の放課後。
カイは昨日渡された説明票を、賭約院の入口で最後にもう一度読み返していた。
三つの箱。
各ラウンド、正点、零点、負点の札が一枚ずつ入る。
参加者はそれぞれ一つだけ中身を確認できるが、確認した箱は自分では選べない。
残る二つから一つを選ぶ。
単純に見えて、思ったより面倒だった。
「まだ読んでるのか?」
顔を上げると、リグがいた。
「ルールは読んでからじゃないと嫌だから」
「昨日もそんな感じだったな」
「昨日は偶然通りかかっただけだから」
「今日は?」
「自分で来た」
リグは少しだけ笑った。
公開卓には、すでに三つの箱が並べられていた。
青、赤、緑。
装飾は違うが、大きさも形も同じだ。
箱の後ろには立会執行官が立っている。
「参加者は席へ」
カイとリグは向かい合って座った。
執行官は説明票を確認しながら、開始前の条件を読み上げる。
「各ラウンド、三つの箱に正点、零点、負点の札を一枚ずつ入れます。参加者はそれぞれ一箱だけ中身を確認できます。ただし、確認した箱はそのラウンドでは本人は選択できません。残る二箱のうち一箱を選んでください。質問はありますか?」
カイはすぐに聞いた。
「確認した内容を相手に言ってもいいですか?」
「構いません。真実でも虚偽でも制限しません」
「箱を見た時の反応や視線も情報として使っていい?」
「通常の観察範囲なら問題ありません。相手の視界を意図的に妨害する行為は禁止です」
「分かりました」
横でリグが笑う。
「細かいな」
「最初に聞いておかないと後で困るから」
「そういうところ、変わらないな」
第一ラウンドが始まった。
カイが確認した箱には負点札が入っていた。
つまり、自分が選べる残り二つは正点と零点。
リグは中央の箱を確認したあと、一瞬だけ右へ視線を流した。
カイはその動きを覚えておく。
癖か。
偶然か。
まだ分からない。
二人は同時に箱を選んだ。
結果。
カイは正点。
リグは零点。
初手はカイが取った。
「へえ」
リグが少し笑う。
「たまたまだよ」
「そういうことにしとくか」
第二ラウンド。
今度カイが確認した箱は正点だった。
つまり、自分が選べるのは零点か負点。
「最悪だな」
「何が?」
「別に」
二人は同じ箱を選んだ。
結果は零点。
点は動かない。
第三ラウンド。
カイは少しずつ、リグの視線を気にするようになっていた。
リグが箱を確認する。
その直後、また別の箱へ視線が動いた。
今度ははっきり見えた。
(やっぱり)
カイはその視線を避けるように別の箱を選んだ。
結果。
負点。
リグは正点だった。
「今、俺の目を見てただろ」
リグが笑う。
カイは答えなかった。
第四ラウンド。
またリグの視線が動く。
本当に癖なら使える。
けれど、第三ラウンドで自分がそれを見ていることに、リグも気づいたはずだった。
一度当たった情報。
一度外れた情報。
それでも、まだ捨てきれない。
選択。
同じ箱。
零点。
最終ラウンドを前に、差はほとんどなかった。
カイが確認したのは零点。
残る二つは正点と負点。
向かい側で、リグが箱を閉じる。
今度は、どこも見なかった。
カイは少しだけ眉を動かす。
「それ、わざと?」
「何が?」
「いや」
分からない。
だからこそ気になる。
カイは最後の箱を選んだ。
箱が開く。
カイは負点。
リグは正点。
勝負は終わった。
「一勝一敗だな」
リグが椅子にもたれる。
カイは開いた箱を見つめたまま、小さく息を吐いた。
悔しい。
でも、それだけではなかった。
第一ラウンドで見えたものは何だったのか。
第三ラウンド以降、リグは自分に見せていたのか。
それとも、最初から全部偶然だったのか。
「途中から、わざとやってた?」
「どうだろうな」
「記録を見れば分かる?」
「行動は分かるだろ。でも、俺が何を考えてたかまでは残らない」
その言葉に、カイは少し笑った。
昨日、自分で気づいたばかりだった。
行動は残る。
理由は残らない。
「じゃあ、自分で考えるしかないか」
「負けたのに楽しそうだな」
「分からないことが増えたから」
リグは少し呆れたように笑った。
「変な奴」
初めての敗北だった。
けれどカイの中には、悔しさと同じくらい、次に記録を見返す時の興味が残っていた。
【今回のルール補足】
今回は「三箱選択」という勝負です。
三つの箱には、
正点、零点、負点の札が一枚ずつ入っています。
参加者は毎ラウンド、一つの箱だけ中身を確認できます。
ただし、確認した箱は自分では選べません。
残った二つから一つを選びます。
二人が別々の箱を選べば、それぞれが選んだ箱の点を受け取ります。
同じ箱を選んだ場合は、その箱は二人とも零点扱いです。
確認した内容を相手に話すのは自由です。
本当のことを言ってもいいし、嘘をついても構いません。
表情や視線、手の動きなど、普通に見える範囲の情報も使えます。
今回は五ラウンド勝負。
最後に合計点が高い方が勝ちです。
ルールだけ見ると単純ですが、
「相手が何を見たか」
「その反応が本物か」
「わざと見せているのか」
まで考え始めると、かなり読み合いが増えるゲームです。




