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記録の余白

挿絵(By みてみん)

初めて正式な賭約に参加した夜。

カイは自室の机に、賭約院から受け取った記録を広げていた。


結果だけなら簡単だった。

カイの勝ち。

それだけだ。


けれど記録には、それ以外のことも残っている。

各ラウンドで出された札。

宣言。

選択。

点数の移動。

立会執行官による確認。


カイは最初から順番に読み直した。


「ここ……」


指が止まる。

第四ラウンド。


勝負の最中、カイはリグが自分の弱い札を読んだと思っていた。

だから、その前提で次の手を選んだ。


結果として勝った。


けれど、記録だけを見ると別の可能性もあった。

リグが見ていたのは札そのものではなく、それまでにカイがどんな時に迷ったかだったのかもしれない。


カイはしばらく記録を見つめる。


記録に残っているのは、実際に行われたことだけだ。

なぜそうしたのかまでは残らない。


自分の理由も。

相手の理由も。


「同じ記録でも、見方が違うのか」


勝ったことより、その方が気になった。


翌朝。

カイはいつものように父の店を手伝っていた。


小型魔道具の修理店。

棚から部品を取り、依頼票と照らし合わせる。


父が修理を終えた携帯照明を作業台へ置いた。


「昨日の勝負、また行くのか?」

「まだ分からない」

「勝ったんだろ?」

「勝ったけど、それと次もやるかは別でしょ」


父は少し黙ってから笑った。


「お前らしいな」


放課後。

カイは中央市場の賭約院へ向かった。


今度は偶然通りかかったわけではない。

自分から来た。


公開卓では、昨日とは違う参加者たちが勝負をしている。


カイはしばらく立ったまま見ていた。


誰が何を選んだのか。

その前に何をしたのか。

どの情報が公開されていたのか。

立会執行官がどこで確認を入れたのか。


昨日とは見る場所が少し変わっていた。


そのあと、受付へ向かう。


「質問してもいいですか?」

「はい」


受付の女性が顔を上げる。


「同じルールでも、立会執行官が違ったら裁定は変わりますか?」

「勝敗条件そのものは変わりません。開始前に確定した規定が優先されます。ただ、確認の取り方や進行速度には担当者ごとの差が出ることがあります」

「それも記録される?」

「必要な進行記録は残ります」


カイは頷いた。


完全に同じ人間が裁定するわけではない。

それでも、後から確認できる。


公開卓へ戻ると、聞き覚えのある声がした。


「今日はやらないのか?」


振り向く。


リグだった。


昨日負けたばかりだというのに、機嫌は悪くなさそうだった。


「今日は見てる」

「慎重だな」

「昨日と同じことしても、また勝てるとは思ってないから」

「そこは分かってるんだな」

「リグも昨日と同じことしないでしょ?」

「もちろん」


リグが少し笑う。


しばらくして、公開卓の奥を指した。


そこには、同じ大きさの小さな箱が三つ並んでいた。


「じゃあ、あれ知ってるか?」

「知らない」

「明日、やらないか?」


カイは箱を見る。

それからリグを見る。


「ルールは?」

「そこから聞くのかよ」

「知らない勝負に参加するか決められないから」


リグは呆れたように笑い、受付に置かれていた説明票を一枚取った。


「ほら。読んで決めろ」


カイは受け取る。


まだ参加すると決めたわけではない。

断るとも決めていない。


まず読む。

条件を確認する。

それから決めればいい。


昨日は偶然、勝負の前を通った。


今日は自分からここへ来た。


その違いだけは、記録を見なくても分かった。

【今回のルール補足】


今回は新しい勝負はしていません。

カイが見直していたのは、前回の正式賭約の記録です。


賭約院の正式記録には、勝敗だけではなく、

使った札、宣言、選択、点数の移動、立会執行官の確認なども残ります。


ただし、残るのは「何をしたか」まで。

なぜそうしたのか、何を考えていたのかまでは記録されません。


だから同じ記録を見ても、

本人と相手では違う意味に見えることがあります。


立会執行官が変わっても、開始前に決めた勝敗条件は変わりません。

確認の仕方や進行速度に多少の違いが出ても、必要な内容は記録に残ります。

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