十一日目の賭約
十一日間。
カイは賭約をしなかった。
賭約院へ行かなかったわけではない。
学校が終われば父の店を手伝う。
部品を届ける日もあった。
修理票を整理する日もあった。
その帰りに賭約院へ寄ることもあった。
記録を見る。
公開卓を見る。
説明票を一枚取って、
途中まで読んで戻す。
それだけの日もあった。
第22話で見つけた、
参照対象が表示されない履歴も何度か確認した。
同じ表示がないか探した。
二日目。
なし。
四日目。
一件。
ただし時刻も区画も違う。
六日目。
なし。
そこでカイは追うのをやめた。
意味がないと思ったわけではない。
今ある情報では、
そこから先へ進めなかった。
分からないものを、
分からないまま置いた。
八日目。
公開卓で三箱選択を見た。
参加はしなかった。
九日目。
リグと賭約院で会った。
「最近やらないな」
「うん」
「負けるの怖くなった?」
「それなら最初から来ないよ」
「じゃあ何で?」
カイは少し考えた。
「見てるだけで分かることが多かったから」
「じゃあ全部分かった?」
「全然」
リグは笑った。
「ならやればいいじゃん」
「それも違う気がする」
「面倒くさいな」
「うん」
その日は、
それで別れた。
十日目。
カイは賭約院へ行かなかった。
父の店で、
修理途中の計測具を一つ分解した。
故障箇所は見えていた。
でも、
なぜ壊れたのかは分からない。
交換すれば直る。
原因まで分からなくても、
修理はできる。
それを見ながら。
カイはふと、
賭約のことを思い出した。
分からないままでも、
選ばなければならない時がある。
翌日。
十一日目。
放課後。
カイは賭約院へ入った。
久しぶりに、
記録閲覧区画ではなく公開卓の方へ歩く。
人が多かった。
いくつもの卓で、
勝負が始まり、
終わっている。
その一角に、
まだ参加者が決まっていない卓があった。
卓上には六枚の札。
赤。
青。
白。
それぞれ二枚ずつ。
カイは説明票を取った。
『三色選択』
二人用。
各参加者へ、
赤・青・白の札が一枚ずつ配られる。
三ラウンド。
各ラウンド、
まだ使っていない札から一枚を伏せて出す。
同時に公開。
赤は青に勝つ。
青は白に勝つ。
白は赤に勝つ。
同色は引き分け。
勝った側が一点。
使った札は再使用できない。
三ラウンド終了時、
得点の多い方が勝者。
カイは最後まで読んだ。
単純だった。
相手が何を残しているかは、
ラウンドが進めば分かる。
最初は三択。
一枚使えば二択。
最後は一択。
でも。
最初の選択が、
次の条件を変える。
「やるのか?」
横から声がした。
リグだった。
「たぶん」
「たぶん?」
「説明は分かった」
「じゃあやるだろ」
「相手がまだ」
リグが椅子を引いた。
「いるじゃん」
カイが見る。
「リグがやるの?」
「俺じゃ不満?」
「別に」
「じゃあ決まり」
受付へ申請する。
参加登録。
賭け金は小額。
十一日ぶりの正式賭約。
立会執行官が二人へ札を渡した。
赤。
青。
白。
カイは三枚を並べる。
相手も同じ。
ここまでは完全に同じ条件。
第一ラウンド。
カイは札を見る。
何を出しても、
相手にはそれを上回る札が一つある。
逆も同じ。
相手を読むしかない。
いや。
そう考えること自体が、
また一つの決めつけかもしれない。
カイは赤を伏せた。
リグも出す。
同時に開く。
カイ。
赤。
リグ。
白。
白は赤に勝つ。
リグ一点。
「久しぶりなのに弱いな」
「一回だけで言う?」
リグが笑う。
第二ラウンド。
カイに残るのは青と白。
リグに残るのは赤と青。
見えている。
ここは違う。
第一ラウンドとは、
選択肢そのものが変わっている。
カイは考える。
リグが赤なら、
白で勝てる。
青なら、
白は負ける。
青を出せば。
相手が赤なら負け。
青なら引き分け。
どちらにも完全な正解はない。
カイはリグを見る。
リグもこちらを見ていた。
「何?」
「いや」
カイは笑った。
前なら、
視線に意味を探していたかもしれない。
今は。
見た。
それだけ。
カイは白を伏せた。
開く。
カイ。
白。
リグ。
赤。
白の勝ち。
一対一。
最終ラウンド。
残った札は一枚ずつ。
カイは青。
リグも青。
もう選択はない。
二人とも札を伏せる必要すらない。
立会執行官が確認する。
青。
青。
引き分け。
最終得点。
一対一。
賭約全体も引き分けだった。
リグが椅子にもたれる。
「なんだそれ」
「何が?」
「最後、何も考えることないじゃん」
「前の二回で決まったからでしょ」
「地味だな」
カイは三枚の札を見る。
第一ラウンド。
三択。
第二ラウンド。
二択。
第三ラウンド。
一択。
情報は増えている。
でも。
選択肢は減っている。
それでも勝敗は、
最後まで決まらなかった。
「面白い?」
リグが聞いた。
「うん」
「どこが?」
カイは少し考える。
「最初が一番分からないのに、一番選べる」
リグが札を見る。
「逆じゃない?」
「何が?」
「分からないなら選べないだろ」
「でも三枚ある」
「最後は全部分かってる」
「でも一枚しかない」
リグが黙った。
カイは記録票を見る。
三ラウンド。
赤対白。
白対赤。
青対青。
結果だけなら短い。
でも。
その間に、
二人が何を考えたかは残らない。
十一日前と同じ。
そこは変わらない。
でも。
カイ自身は少し変わっていた。
分からないところを、
無理に埋めなくなった。
見えたものだけで、
次を選ぶ。
それでも。
勝負はできる。
カイは記録票を畳んだ。
十一日ぶりの賭約は、
勝ちでも負けでもなかった。
引き分け。
でも。
賭約院を出る時。
カイは、
しばらく離れていたものへ戻ってきた感覚があった。
記録を見るだけではなく。
自分で選び。
結果を受け取る側へ。
【今回の賭博ルール|三色選択】
今回は二人で行う三ラウンド制の賭約です。
使う札は、
赤・青・白を一人一枚ずつ。
勝敗関係は、
赤は青に勝つ。
青は白に勝つ。
白は赤に勝つ。
同じ色同士は引き分けです。
各ラウンド、
まだ使っていない札から一枚を同時に出します。
勝った側が一点。
一度使った札は、
その賭約ではもう使えません。
そのため、
第一ラウンドは三択。
第二ラウンドは二択。
第三ラウンドは残った一枚。
と、進むほど相手の手札は分かりやすくなりますが、
同時に自分が選べる札も減っていきます。
三ラウンド終了時に得点の多い方が勝ち。
同点なら賭約全体も引き分けです。




