閲覧の跡
翌日の放課後。
カイは、また記録閲覧区画にいた。
第十二話の記録を見るためではない。
あの記録はもう直っている。
修正履歴も残っていた。
原記録も正しい。
今のところ、それ以上の異常は見つかっていない。
だから今日は、別のものを見ていた。
閲覧履歴。
自分が参加した賭約の記録には、
誰かが閲覧した事実だけが残る。
名前までは表示されない。
一般公開された記録なら、
参加者以外が見ることも珍しくない。
最初の賭約。
閲覧数、十二。
カイは少し驚いた。
「こんなに見られてるんだ」
次。
三箱選択。
閲覧数、二十一。
四札。
十八。
最近になるほど増えているわけでもない。
勝った勝負だから多いわけでもない。
カイは紙に数字を書いていく。
第一戦、十二。
三箱選択、二十一。
四札、十八。
そこまで書いて手が止まる。
数字だけでは何も分からない。
誰が見たのか。
何のために見たのか。
同じ人が何度も見たのか。
全部分からない。
カイは端末の説明を開いた。
閲覧履歴について。
公開記録を開いた場合、
閲覧した日時と閲覧区分のみが保存される。
閲覧者本人の詳細情報は、
通常の参加者には公開されない。
カイはもう一度数字を見る。
「見られたってことだけか」
その時。
一つの記録に目が止まった。
第十二話の三人勝負。
閲覧履歴。
昨日。
自分。
今日。
自分。
その間に、一件。
カイの指が止まる。
昨日、
記録のずれを見つけて申告したあと。
そして、
修正が完了する前。
誰かが一度見ている。
カイは時刻を見る。
自分が窓口を離れたあとだった。
「……誰だろ」
すぐに考え直す。
誰でもいい。
公開記録だ。
他の参加者かもしれない。
観戦していた人かもしれない。
偶然記録を見ただけかもしれない。
自分の記録だけを狙って見たとは限らない。
カイは紙に書く。
『修正前に一件閲覧』
その下。
『閲覧者不明』
そこで止める。
理由は書かない。
少し考えて、
職員へ質問した。
「閲覧履歴って、同じ人が何回見ても全部残るんですか?」
「はい。閲覧操作ごとに残ります」
「職員が確認した場合も?」
「職務上の確認は一般閲覧とは別区分です」
カイは画面を見る。
問題の一件。
区分。
一般閲覧。
職員ではない。
「参加者かどうかは分かる?」
「通常表示では分かりません」
「じゃあ、本当に誰かが見ただけ?」
職員が少し笑う。
「そういうことになります」
カイも頷いた。
その程度の情報だった。
でも。
今まで自分は、
記録を読む側のことをほとんど考えていなかった。
記録には、
勝負をした人間だけが残ると思っていた。
実際には違う。
勝負が終わったあと。
その記録を見る人間がいる。
自分もそうだ。
相手の記録を見る。
過去の勝負を見る。
知らない参加者の選択を見る。
そして。
誰かも、
自分の記録を見ている。
カイは他の自分の記録も開いた。
第一戦。
閲覧履歴。
数件。
時間はばらばら。
三箱選択。
こちらも複数。
四札。
同じ。
特別おかしいものはない。
むしろ、
第十二話の一件だけを気にする方が変かもしれない。
カイは紙へ書く。
『他の記録にも一般閲覧あり』
少し考えてから、
『第十二話だけ特別とは限らない』
と続けた。
それで一度、紙を閉じる。
帰ろうとした時だった。
端末の端に、
小さな表示が出た。
『新規閲覧 一件』
カイは足を止める。
今開いていた記録ではない。
三箱選択。
自分が閉じた直後に、
誰かがその記録を開いた。
カイは画面を見る。
数秒。
それだけ。
誰かが同じ時間に、
同じ記録を見ただけ。
賭約院には多くの人がいる。
不思議ではない。
偶然で説明できる。
カイはそのまま端末を閉じた。
外へ出る。
中央市場はいつも通りだった。
人が歩き、
店が開き、
公開卓には観客が集まっている。
何も変わっていない。
でも。
カイは途中で一度だけ、
後ろを振り返った。
誰かがついてきているわけではない。
知っている顔もない。
それでも。
今まで自分が一方的に見ていた世界の中に、
自分を見る側もいる。
その事実だけが、
少し前よりはっきりしていた。
【今回の補足】
今回は、賭約記録を「誰が見るのか」という部分です。
公開された記録には、
参加者本人だけではなく、
条件を満たした他の利用者もアクセスできます。
ただし通常の参加者から見えるのは、
「閲覧された」
「いつ閲覧された」
といった範囲まで。
誰が見たのか、
何のために見たのかまでは分かりません。
カイ自身もこれまで、
他人の記録を何度も見てきました。
なので、
自分の記録を誰かが見ていること自体は
特別な出来事ではありません。
それでも今回、
カイの中では少し見え方が変わりました。
これまでは、
自分が相手を見る。
自分が記録を見る。
という方向が中心でした。
そこへ初めて、
自分の記録も誰かに見られている。
という逆向きの視点が加わっています。




