残った選択
翌日。
カイは勝負をする前に、賭約院の規約掲示の前へ立っていた。
隣にはリグがいる。
「今日は卓に行かないのか?」
「その前に見るものがある」
カイが見ているのは、昨日使った勝負の説明票ではない。
公開卓全体に共通する規約。
参加条件。
裁定方法。
記録される内容。
個別の賭約で変更できる範囲。
昨日までにも目を通したことはあった。
でも今は、読む場所が違う。
以前は、
何ができるのかを確認していた。
今日は、
何が書かれていないのかを確認している。
リグが横から掲示を見る。
「昨日の件、まだ気にしてる?」
「気にしてる」
「四種類あったら一枚ずつだと思うだろ」
「思った」
「じゃあ仕方ないだろ」
「でも、書いてなかった」
カイは説明票を開く。
昨日の勝負。
四枚の札。
正点。
零点。
負点。
倍点。
その説明だけを見ると、
四種類が一枚ずつあるように感じる。
けれど、そうとは書かれていない。
カイは紙に二つ書く。
『書いてある』
『書いていない』
リグが見る。
「また増えたな」
「今回は減らすため」
「何を?」
「勝手に足すもの」
規約掲示を上から読む。
公開卓では、
開始前に勝敗条件を確定する。
使用する道具。
参加人数。
賭け対象。
終了条件。
変更できない部分と、
個別の賭約で決められる部分が分けられている。
カイは一つずつ説明票と照らした。
昨日の勝負では、
開始点。
札の枚数。
札に入る可能性のある効果。
ラウンド数。
そこまでは書かれていた。
一方で、
各効果が何枚ずつ入るのか。
それは書かれていなかった。
カイはそこへ印をつける。
「ここ」
リグが覗く。
「昨日間違えたところ?」
「うん」
少し下を見る。
別の公開卓の説明票が置かれていた。
カイは手に取る。
参加人数は二人。
使用札は六枚。
三種類の記号が使われる。
カイの目が止まる。
「……これも」
「何?」
「三種類、六枚」
リグが笑う。
「今度は二枚ずつだと思った?」
「一瞬」
説明票を読む。
配置数は毎回抽選。
同じ記号が複数入ることもある。
今回は書いてある。
カイは頷いた。
「こっちは分かる」
「昨日より親切だな」
「親切っていうより、条件が違うから必要なんじゃない?」
リグが少し考える。
「それもそうか」
次の説明票。
四つの箱。
一つだけ当たり。
残りは外れ。
これは明確だった。
次。
五枚の札。
二枚が正点。
一枚が零点。
二枚が負点。
これも明確。
カイは何枚か見比べる。
書き方は同じではない。
でも必要な条件は、それぞれ違う。
全部を細かく書けばいいわけでもない。
その勝負で判断に必要なものが書かれていればいい。
「難しいな」
リグが言う。
「何が?」
「お前のやってること」
「そう?」
「全部疑い始めたら、何も決められなくなるだろ」
カイは少し黙った。
確かに。
書いていないことは、
いくらでもある。
卓の色。
椅子の高さ。
参加者の服。
観客の人数。
全部を確認する必要はない。
勝負に影響するものだけでいい。
でも。
何が影響するかを、
最初から全部知ることもできない。
カイは掲示を見たまま言う。
「全部確認する必要はないと思う」
「じゃあどこまで?」
「それを考えてる」
リグが笑う。
「結局また増えたな」
「増えた」
カイも笑った。
少し離れた公開卓で、
新しい参加者が説明票を読んでいる。
途中で首を傾げ、
もう一度最初から読み直した。
カイはその様子を見る。
以前なら、
迷っていると思ったかもしれない。
今は違う。
読んでいる。
戻った。
そこまで。
何に引っかかったかは分からない。
リグが聞く。
「あいつ、何か分からないところあると思う?」
「あるかもしれない」
「ないかもしれない?」
「うん」
「便利になったな、その答え」
カイは苦笑する。
規約掲示へ視線を戻す。
勝負の前には、
選択肢がいくつもある。
参加する。
参加しない。
質問する。
そのまま始める。
書かれた条件を読む。
自分の中で補う。
そして。
分からないことを、
分かったことにするか。
分からないまま残すか。
カイは昨日の説明票を折りたたんだ。
「俺、最初は勝負が始まってから考えるものだと思ってた」
「違った?」
「始まる前から、もう選んでる」
リグは少しだけ笑う。
「今さら気づいたのか」
「リグは分かってた?」
「そこまで言葉にはしてない」
カイが見る。
「じゃあ同じじゃん」
「一緒にするな」
二人は笑った。
そのあとカイは、
すぐには卓へ向かわなかった。
今日のところは、
説明票を何枚か読むだけでいい。
勝負に参加しないことも、
残っている選択の一つだった。
【今回の補足】
今回は新しい勝負には参加していません。
第10話でカイは、
「実際に書かれている条件」
「自分が勝手に補った条件」
を混ぜていたことに気づきました。
今回はその続きで、
勝負が始まる前の説明票や規約を見直しています。
ただし、
「書かれていないことは全部確認する」
という話ではありません。
卓の色や椅子の形など、
勝敗に関係しないものまで毎回確認する必要はありません。
大事なのは、
何が勝敗条件として確定しているのか。
何が個別ルールなのか。
どこから先を自分で補っているのか。
その境目を見ることです。
そして今回はもう一つ。
勝負が始まる前にも、
参加する。
質問する。
確認する。
分からないまま始める。
今回は参加しない。
という選択があります。
カイは少しずつ、
勝負そのものだけではなく、
「勝負が始まるまでの仕組み」も見るようになっています。




