夢の森の奥で見える“先輩の記憶の断片”
きのこちゃんの後ろ姿を追いながら、私は森の奥へ進んでいった。
光が少しずつ薄くなり、代わりに静けさが濃くなる。
「もうすぐだよ」
きのこちゃんはそう言って、
言葉の前にほんの一瞬だけ眉を動かした。
先輩が、何か大事なことを言う前にする癖。
胸がまたざわつく。
やがて、木々が途切れた。
そこだけぽっかりと空が開けていて、
落ち葉ではなく、柔らかい苔が一面に広がっていた。
「ここ……?」
「うん。座ってみて」
きのこちゃんは、
少し後ろに重心をかける立ち方で私を待っていた。
その姿勢が、先輩が休憩中に立っているときと同じで、
私は胸の奥がきゅっとなる。
私は苔の上に座った。
すると、風がふっと吹いて、
目の前の空気がゆらいだ。
次の瞬間──
景色が変わった。
森の奥に、小さな光の粒が浮かんでいる。
それは、まるで“記憶の欠片”のように見えた。
「……これ、なに?」
きのこちゃんは答えない。
ただ、私の隣に座った。
光の粒がひとつ、ふわりと近づいてくる。
触れた瞬間、胸の奥に映像が流れ込んだ。
──先輩が、誰かの資料を直してあげている。
眉が少し動く。
優しい声。
あの、落ち着いた話し方。
光が消える。
次の粒が近づく。
──先輩が、廊下で誰かを待っている。
立ち方は、少し後ろに重心がいっていて、
片足に軽く体重を預けている。
その姿勢は、きのこちゃんと同じだった。
光がまた消える。
最後の粒が近づく。
──先輩が、誰かの話を聞いている。
考えるときに、ほんの一瞬だけ目を上に向ける。
その癖が、きのこちゃんとまったく同じだった。
光が消えた。
私は息を呑んだまま、動けなかった。
「……これ、全部……」
きのこちゃんは、私の方を見た。
そのとき、
眉がふわっと動いた。
まるで「気づいたね」と言うみたいに。
でも、何も言わない。
私は震える声で言った。
「……先輩、だよね」
きのこちゃんは、
否定も肯定もしなかった。
ただ、
考えるときの癖で、ほんの一瞬だけ目を上に向けた。
それだけで十分だった。
私は確信した。
翌朝。
私はいつものようにメモ帳を持って、先輩の席へ向かった。
今日の作業の流れを聞くためだ。
「おはようございます。今日の私の作業なんですけど──」
先輩は資料を見ていた手を止め、
少し後ろに重心をかける立ち方でこちらを向いた。
その癖は、いつもと同じ。
「ああ、おはよう。えっとね……」
言いかけて、眉がふっと動く。
先輩が何か思い出すときの癖。
そして、ほんの一瞬──
先輩の視線が私の顔で止まった。
その一瞬の“見つめる間”が、いつもより長かった。
「……最近さ、夢が変なんだよ」
先輩自身が驚いたように、
考えるときの癖で目を上に向けた。
「あ、いや……ごめん。今の、別に言うつもりじゃなかった」
先輩は少し照れたように眉を動かした。
「夢……ですか?」
私は自然にそう返していた。
聞こうとしたわけじゃない。
ただ、先輩の声が“迷ったまま出た”のが分かったから。
「うん。なんか……森の中でさ」
先輩は、言葉を探すように目線を少し上げた。
「自分がきのこになって、女の子を案内してる夢」
胸が跳ねる。
でも、先輩は続けた。
「その女の子がさ……」
眉がまた小さく動く。
言いにくそうに、でも隠せない感じで。
「……一瞬だけ、君に似て見えたんだよ」
私は息をのんだ。
先輩は慌てて手を振った。
「あ、いや、ほんと“一瞬だけ”だよ。気のせいだと思うし。
なんか……寝ぼけてたのかもしれない」
そう言いながら、
また少し後ろに重心をかける癖が出る。
落ち着こうとしているときの姿勢。
「で、今日の作業だけど──」
先輩は仕事の話に戻った。
でも、さっきの言葉は消えなかった。
(……似て見えた?)
胸の奥が、静かに熱くなる。
夢の中で案内してくれたきのこちゃん。
現実の先輩の癖。
そして、先輩が見た“女の子”。
全部が、ひとつの線でつながり始めていた。
午後。
オフィスは昼食後の静けさに包まれていた。
キーボードの音だけが、一定のリズムで響いている。
私は午前中に頼まれた資料の続きを作っていた。
画面に集中しているつもりなのに、
先輩の「似て見えた」という言葉が、何度も胸の奥で反響する。
(……なんで、私に似て見えたんだろう)
そんなことを考えていたときだった。
ふと、視線を感じた。
顔を上げると、
少し離れた席で先輩がこちらを見ていた。
驚いたように、先輩の眉が小さく動く。
“見ていたことに気づかれた”ときの、あの癖。
「あ……ごめん」
先輩はすぐに視線をそらし、
資料に目を戻した。
そのとき、ほんの一瞬だけ
考えるときの癖で目を上に向けた。
まるで、自分でも理由が分からないように。
私は胸が熱くなるのを感じながら、
そっと画面に視線を戻した。
でも、手はすぐには動かなかった。
(……なんで、見てたんだろう)
理由なんて聞けない。
距離が近いわけじゃない。
ただ、先輩が“ふと”こちらを見た。
それだけなのに、
夢の中のきのこちゃんの仕草と重なって、
心臓が静かに跳ねた。
その後、先輩は何事もなかったように仕事を続けていた。
でも、私は知ってしまった。
先輩は、
今日、二度も私を見た。
夢の中と、現実で。




