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夢の中:きのこちゃんが主人公を案内するシーン



気づくと私は森の中にいた。


夕方の光が木々の間から差し込み、落ち葉が金色に見える。




「こっちだよ」




声がして振り向くと、小さな影が立っていた。


赤い傘のような帽子。白い斑点。丸い体。




「……きのこ?」




「きのこ“ちゃん”でいいよ。迷ってるでしょ」




きのこちゃんは、ちょこんと腰に手を当てた。


その仕草に、私はなぜか胸がざわついた。




「案内するから、ついてきて」




「え、どこに?」




「君が行きたいところ」




そう言って、きのこちゃんは落ち葉を踏まないように歩き出した。


その歩き方が、どうしても先輩に似ている。




「……あなた、誰かに似てる」




「そうかな」




「うん。会社の先輩に」




きのこちゃんは、少しだけ上を向いて考えるような仕草をした。




「その人、優しい?」




「優しいです」




「じゃあ、似てるのかもね」




翌朝。


私はいつものように少し早めに出社した。




パソコンを立ち上げて、メールをざっと確認する。


それが終わると、自然と視線が先輩の席の方へ向かった。




毎朝、先輩に「今日、私の作業はどこから入ればいいですか?」と聞きに行く。


それが、私の一日の始まりであり、ささやかな楽しみだった。




先輩はまだ席にいなかったので、私はメモ帳を持って立ち上がる。


休憩スペースの方から、先輩の声が聞こえた。




「昨日さ、変な夢見たんだよ」




同僚と話しているらしい。


私は「終わるまで待とうかな」と一瞬迷ったけれど、


どうせ作業の確認は必要だし、途中で会話が切れるタイミングもあるだろうと思って、そのまま歩いていった。




「どんな夢です?」と同僚の声。




「森の中にいてさ。自分がきのこになってるんだよ」




その言葉を聞いた瞬間、足が止まりそうになった。




きのこ。




昨日、夢で私を案内してくれた、あの子。




でも、ここで立ち止まるのも不自然だ。


私は何でもないふりをして、少し距離を保ったまま近くのテーブルでメモ帳を開いた。


あくまで「作業の相談に来た人」という顔をして。




「でさ、前を歩いて誰かを案内してるんだよ。顔は見えなかったけど」




先輩の声が、いつもより少し楽しそうに聞こえる。




昨日の夢の光景が、胸の奥で重なった。


落ち葉の道。


小さな背中。


「ついてきて」と言われた声。




同じだ──と思った。




「珍しいですね、そんな夢」と同僚。




「だよな。でも妙にリアルでさ。なんか、誰かに似てたんだよな」




私はメモ帳に、まだ何も書けないままペンだけを握っていた。




誰かに似てた。




きのこちゃんの仕草。


腰に手を当てる癖。


考えるときに少し上を向く癖。




全部、先輩と同じだった。




会話が一段落したところで、先輩がこちらに気づいた。




「あ、ごめん。待たせた?」




「い、いえ。あの、今日の私の作業なんですけど……」




ようやく本来の用件を口にする。


それはいつもの朝のやりとりのはずなのに、心臓の鼓動だけがいつもと違っていた。




「今日はね、午前中はこの前の資料の続きお願いしてもいい?午後は打ち合わせ入るかもしれないから、そのときまた声かけるよ」




「はい、分かりました」




メモを取りながらも、頭の中はさっきの会話でいっぱいだった。




先輩は「きのこになって、誰かを案内する夢」を見ていた。


私は「きのこちゃんに案内される夢」を見ていた。




役割が、ぴったり噛み合っている。




偶然だと片づけるには、少しできすぎていた。




(……やっぱり、先輩が、きのこちゃん?)




そう思った瞬間、胸の奥がじんわり熱くなった。




その夜、私はまた森にいた。


昨日と同じ、夕方の光。落ち葉の匂い。




「……来たんだね」




振り向くと、きのこちゃんが立っていた。


赤い帽子が光を受けて、ふわっと揺れる。




「うん。また会えた」




「そっか」




きのこちゃんは、


少しだけ眉が動いた。


照れたときに先輩がよくする、あの小さな動き。




そのまま、きのこちゃんは立ち位置を整えるように


ほんの少しだけ後ろに重心をかけた。


リラックスしたときの先輩の立ち方と同じだった。




「今日は、歩けそう?」




「歩けるよ」




「じゃあ……」




きのこちゃんは、次の言葉を探すように


一瞬だけ目を上に向けた。


考えるときの、先輩の癖。




「行こっか」




その声は、昨日よりも少し柔らかかった。




きのこちゃんは、落ち葉の道をゆっくり歩き始めた。


私はその少し後ろをついていく。




森の奥へ進むほど、光が柔らかくなる。


風の音も、昨日より静かだった。




「今日はね、ちょっとだけ遠くまで行けるよ」




きのこちゃんがそう言ったとき、


眉がふわっと動いた。


言葉を選ぶときの、先輩のあの癖。




胸の奥がまたざわつく。




「遠くって……どこまで?」




「うーん……」




きのこちゃんは立ち止まり、


ほんの少しだけ後ろに重心をかけた。


その姿勢は、仕事中に先輩が休憩するときの立ち方と同じだった。




「行ってみないと分からないけど……たぶん、君が知りたいところ」




「知りたいところ……?」




きのこちゃんは答えず、


落ち葉を一枚拾って、指先で軽く払った。




その仕草が、


先輩が資料を整えるときの“無意識の手つき”にそっくりで、


私は思わず息をのんだ。




「ねえ、きのこちゃん」




「なに?」




「あなた……やっぱり、誰かに似てる」




きのこちゃんは、少しだけ笑った。


その笑い方は、


喉の奥で小さく息が混じる、先輩の照れ笑いにそっくりだった。




「そうかもね」




「……誰に似てるか、分かってる?」




「うん」




きのこちゃんは、落ち葉をそっと地面に戻した。




「でも、まだ言わないよ」




「どうして?」




「君が自分で気づく方が、きっと嬉しいから」




その言い方は、


先輩が仕事を教えるときの“急がせない優しさ”と同じだった。




胸がじんわり熱くなる。




「行こっか。もう少しだけ奥まで」




きのこちゃんは、


また少しだけ後ろに重心をかけてから歩き出した。




私はその背中を追いながら、


もうほとんど確信していた。




(……やっぱり、先輩だ)




でも、きのこちゃんは振り返らない。


名前も言わない。


ただ、静かに案内してくれる。




その距離が、


夢の中なのに、どうしようもなく愛しかった。



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