第4話 逆転への一手
大きな満月が葉の隙間から見え隠れする。
あ、と思って位置を変えた。
月が視える場所ってことは、私の姿が照らされてるってことだから。
「いいものがあったっス、姐さん」
戻ってきたユグナレア、冒険者の青年が月明かりの手前で足を止め、周囲を見回す。
「……こっちです」
「おっと。ははは、いい隠れ方っスよ」
「どもっス」
「うス」
木の窪みに隠れていた私を見付け、彼は手にしていた大きな葉を掲げてみせる。
またどこかから怒声が聞こえて来たけど、ちらりと目を向けただけで気にした様子はなく、私の前で膝を付く。
「わらじ草って呼ばれてる奴でしてね。葉肉が分厚く頑丈で、短剣一本あれば靴の代用品が作れるんスよ。ちょっと失礼」
形を調整する為だろう、私の素足にわらじ草を並べてみて、それから手早く加工を始める。
履いていた靴は逃げる時に壊れちゃったからね。
「ありがとうございます」
「うス」
手際よく無駄な葉を切り落とし、間の茎を使って靴紐にする。
そういうのを見ていると冒険者というより職人さんって印象だけど、コレも培ってきた経験によるもの、だよね?
「どぞ。固いっスけど」
地面に置かれた盾へ促され、大人しく従った。
座り込んだ私が脚を差し出すと、彼はちょっとだけ照れた様子だったけど、気にしないように努めて靴を履かせてくれた。
ぎゅっと絞めた茎の靴紐と、聞いた通りに肉厚な葉肉とが良い具合に足を包んでくれる。
「へー、すごいです。普通の靴みたい」
「耐久性は流石に劣ります。けど、素足で森を走るのは流石に危ないんで」
「ありがとうございます」
重ねたお礼に彼は「うス」とだけ答えて自分も木の根に身を寄せた。
そういえば、海賊の怒鳴り声が結構遠ざかってきてる。
「今の内に状況を確認しておきましょう。本来、護衛対象には聞かせないような、不安要素も含めて……ミクリ姐さんには知っておいて貰った方がいいと思うんで」
「だったら、改めて私の事情を説明させて下さい。巻き込んでしまっている以上、ユグナレアさんにとっても無関係じゃありませんから」
助けて貰えたことは嬉しい。
彼のような、戦いに慣れた人が居てくれるだけで安心も出来る。
けど、だからといって都合良く守られているだけなのは、何か違う気がした。
命を懸けて貰う以上、こちらも差し出せるものは差し出したい。
私の言葉に彼は口端を広げ、頷いてくれた。
※ ※ ※
で、なんだけど。
「……………………………………………………はぁぁぁぁぁああああああ?」
手短に済ませた私の話を聞き終えて、ユグナレアからは大きなため息が飛び出してきた。
「なんなんスか、ソレ。っ、すんません。今は状況確認するべきっスけど、はあああ? なんなんスかソレ?」
「あはは、二度言っちゃうか~」
なんて私が軽く言ってみせると、再びおっきなため息が出た。
「つまりテメエらの都合で尻尾切りに利用しただけじゃなく、居場所も奪って、あまつさえ大人しく従ってた姐さん追いかけて亡き者にしようとしたってことっスよね?」
「状況確認、状況確認っ」
「……………………うス」
全然納得してなさそうな返答を貰ったけど、私にとっては少なくとも国外追放は過ぎた話だよ。
追いかけてきて口封じされそうなのは、まあ、大問題なんだけどね。
とはいえユグナレアも冒険者、優先順位を切り分けたみたいで一先ず話題を引っ込めてくれた。
「そんな姐さんに言うのも心苦しいんですが」
「多少は覚悟してる」
「うス……。けど、正直かなりキツいっスね」
「やっぱりか~」
彼がじっと観察してきているのが分かった。
その手の視線は、むしろ宮殿でいつも浴びてたからね。
けど値踏みや底意を図るようなものとは違い、ユグナレアのものは気遣いや心配の類に思えた。
本当はもっと動揺すると思ってたんじゃないかな。
大丈夫だよと示す為にも、こちらからも話を振ってみる。
「入り江に入って来てたのは二隻だけだったよね?」
「……はいっス。残る三隻は入り江を囲うように陣取ってるんで、脱出は最初から考えてません」
ここは大洋。
西大陸と東大陸を隔てる海のど真ん中で、流石に小舟作って漂流しようなんていうのは最後の手段としても最悪だ。
「じゃあ、仮に上陸した海賊を全員どうにか出来たとしても、報復で大砲でも撃ち込まれたら大変だよね。陸上と海上、その連絡を絶った状態でどちらともを無力化しないといけないのかな?」
と、素人過ぎる意見だったのか、ユグナレアが固まってしまっている。
「あ、ごめん。あくまで素人意見で」
「いえ……というか、結局目指すのはソコしかないと思うんで…………けど大抵の人はそういう不可能そうな目標を真っ先に除外しがちっスよ」
「そうかな? いやぁ、荒唐無稽だとは思ったけど、まず欲しい結果に向けて目標を立てて、可能か不可能かはそこから検討すべきかなって」
別に指先一つで弾けば船が沈むと思ってない。
ただ、生き残りを前提とするなら海賊を追い払うか、無力化するしかないんだから。
なら結果ありきで考えて、方策を組み立てていくのは秘書としてもよくやっていた思考法だ。
「例えば島のお酒に薬を混ぜて、それを島外の船にも運んで貰って、皆で酒盛りしたらぐっすり。というのは偶然に頼りすぎだけど」
「酒に薬を、ってのはいい案っス。わらじ草だけじゃなくて、この島には結構、西大陸や東大陸の植物も多いんで、探せば使えるものがあるかもしれません」
ほら。
こうやって組み立てていけばいい。
最初は一番欲しい結果を目指し、徹底して夢想と検証を繰り返す。
ひたすら詰めて、それでも駄目なら初めて次点の目標へ切り替える。案外、最初に考えつくした方法がそこで使えることもある。
「他には何日も潜伏を続けていたら、嵐の日もあるかもしれない。そこを狙って脱出するとか?」
「あぁ、それについては懸念が一つ」
うん?
「口封じなんて引き受けてる海賊連中が、お上品に振舞ってくれるとは思わない方がいいっス。時間が経っても見付けられないとなったら、人質を取って脅してきます」
「そっか……乗客が捕まっちゃってるんだもんね」
私が逃げてきたことで、船長の覚悟まで踏み躙ってしまっている。
本当は金品だけを差し出して、今夜はぐっすり眠れた筈なのに。
「皆、無事かな」
「そこに責任を負うのは護衛の俺や、船長船員っスよ。襲撃の原因になったからと言って、ミクリ姐さんが意図した訳でもない。こういうのはどこまでいっても襲ってくる側が悪いっスよ」
ユグナレアの言葉は嬉しかったけど、全て割り切れるほど状況は軽くない。
私は少しだけ目を閉じて、ここまでの航海で接してきた人達を思い浮かべた。
関係性と言われたら確かに数日、最大でも十日の付き合いだ。けど、初日からしばらく、様子のおかしかった私を受け入れて、仲良くしてくれた人も居る。
うん。
巻き込んで、苦しめたくはない。
開ける直前の瞼に、宮殿で別れを告げた平民出身者達の顔が浮かんで、決意も固まる。
「ありがとう。でも、時間を掛けるとしても人質を取られるまでにしたい。付き合わせちゃって、頼り切りで言えたことじゃないけど、どうしてもね」
じっとユグナレアの瞳を見詰めた。
船ではとぐろを巻いていて、舞台上ではおもちゃにされて、けど海賊に襲われる私を助けてくれた時には冒険者の顔をしていた彼は。
「…………うス」
ちょっとだけ嬉しそうに応じてくれて、ここに居合わせたのか彼で本当に良かったと思えた。
※ ※ ※
さて、更なる縛りを設けたことで、私達の採れる手立ては大きく絞られた。
けどやる気は出るよ。
他がどうなっても良いから逃げ続けて、例えばあの小柄なマダムやその子ども達が犠牲になるなんて考えるより、ずっと士気は上がる。
「じゃあ、俺からもミクリ姐さんへ、秘策を提示しようと思いやス」
言ってユグナレアが取り出したのは、古びた布に包まれた小さな枝だった。
釘のような細さで、手の平に収まる程度の大きさ……月明かりが遠いけど、灰色に見える。
これは?
「すんません。実はお名前聞いた段階で気付いていたんですけど、姐さんは……先代のお孫さん、ですよね?」
あ、と一気に理解が繋がった。
彼は冒険者。
船でも何かを、誰かを探しているようなことを言っていた。
そして先代のお孫さん、と来た。
今は荷物に収めていて手元にはないけど、祖父から数年前に送られてきたと思われる手紙の内容についてはよく覚えている。
――――我が孫娘ミクリ=クルエットに、
冒険者ギルド『トネリコの灰枝』の全権を委譲する。
冒険者ギルド。
そして目の前に、冒険者が居る。
「どうして……?」
思わず月並みな問いが出た。
けど、仕方ないじゃない。祖父が死んだのはおそらく数年前で、私は手紙を受け取ったばっかり。返信も出来ていなかったとはいえ、その関係者が直接乗り込んできていたなんて思いもしなかった。
ユグナレアは灰色の枝を差し出したまま、少しだけ顔を俯かせた。
頭を下げた、ようにも見えたけど。
「今、俺達『トネリコの灰枝』は窮地に立たされています。ギルドマスターを継承出来る人が他に見付からず、大慌てで遺言の相手を探しに来るくらいには。ただ、現状には関係のないことなんで……もしギルドを継ぐつもりが無かったのなら、無事に切り抜けた後でソイツは破棄して貰って大丈夫です」
「待って。ええと、助けてくれた理由については分かったけど、それと秘策とが何か関係あるの? 私は、どうすればいい?」
暗闇の中で、彼の手のひらにある灰色の枝が、仄かに光を帯びたような気がした。
トネリコの灰枝。
ギルドの名前がそのまま頭に浮かんでくる。
「一時的にでもミクリ姐さんがギルドを継承してくれれば光明が視えます。俺自身の不足については承知していますが、全力を尽くすつもりっス。あと、後継者だから助けたってより、姐さんの啖呵が気に入ったからっスよ」
「そこは、分かったけど……」
我ながら無茶をした自覚はある。
ただ、事態について行けてない。
私の知らないことを前提に話されている気がする。
じゃあ決断出来ないのかと言われたらそれも違う。
何故か、妙に身体が熱くなってる。
何が起こるの?
冒険者ギルド。ギルドっていうのはあくまで、特定職に就く人達の組合だ。そこに所属することも、ギルドを受け継ぐことだって、経済的政治的理由以上のことはない、筈なのに。
初めて見た実戦での魔術が目に焼き付いている。
恐ろしかった。
同時にそれを不思議な剣で切り払った彼のことも。
そのユグナレアの瞳に浮かんでいるのは、私の向こうに見えているのは。
先代……お爺ちゃんが成してきたのだろう、何かなんだろうか。
身体を震わせた私に、彼は小さく笑ってみせた。
怖気たと、思われた訳じゃないのはすぐに分かった。
「やっぱ、姐さんは冒険者に向いてますよ。俺程度の評価で申し訳ないっスけどね」
「そう、かな……?」
「えぇ。だって」
風が吹いた。
木の葉が揺れて、隠されていた月明かりが私達を照らし出す。
灰色の枝が仄かに光を帯びていた。
「何が起こるんだって、わくわくした顔してますよ、ミクリ姐さん」
あぁ…………そうだった。
なんとなれば最初から。
海賊達が現れてから、元同僚が現れてから、
理不尽さに怒りこそすれ、彼らを脅威に感じこそすれ、
恐怖を前に、暴力を前に、成す術なんて碌に持てなかったくせに。
私は絶望なんてしていなかった。
嘆くより、諦めるより、どうすればいいってずっと問いかけている。
ユグナレアと一緒に策を考えている時なんて、冒険小説のページを捲っているみたいにわくわくしていた。
私は今の状況を、楽しんでいる……?
なら、結末がどうであれ、腹を括って立ち向かおう。
「教えて、ユグナレア。私に何が出来る? 貴方に何が出来る? 私達『トネリコの灰枝』で、あの理不尽をぶっ飛ばせるの?」




